1-04『櫻井大輝は反省点を探る』
そのあとフラれたんですよね(笑)。
時間は飛んで日曜日。
大輝、陽菜がそれぞれのデートを終え、見事にフラれた翌日である。
「あした付き合ってくれるって言ったじゃんかよおぉぉぉ……っ!」
地鳴りみたいな呻きを上げる陽菜。
テーブルに突っ伏し、未練がましくそんなことを言う。
「……それは買い物に付き合うって意味で、お前に付き合うって意味じゃねえだろ」
「うるさい知ってるわ、ばかぁ……。正論を言うんじゃないよフラれたくせにぃ……!」
「ぐ……お前、ブーメランだってわかってる台詞、この状況で言うか?」
「もうなんだっていい……」
捨て鉢だった。気持ちがわかりすぎるため、大輝としても何も言えない。
――正直なことを言おう。
このふたり、フラれるだなんてまったく思っていなかったのだ。
俺/私が告白すれば、まあ断られはしないだろう。
そんなことを結構マジで考えていた。実際、それは客観的にもそこまで間違ってはいない。
このふたりはモテる。
本当にモテる。
学校では間違いなくいちばんモテる男女だったし、その枠を世間にまで広げてもやっぱりモテる。
そりゃ、すでにパートナーがいる人間から略奪までできるとは言わないにせよ。ていうかやらないにせよ。
普通にフリーだったら、よっぽどじゃない限り、まあ「試しに付き合ってみよう」程度は最低限思わせるくらいのモテ力というものを持っている。
はずだった。
恥ずかしいですね。
「え、マジか。マジでフラれたんだ、私? うっそ。マジかー……昨日のあれ夢だったりしない?」
「やめろ、できもしない現実逃避すんな。より虚しくなるだけだぞ、それは」
「……そうだね。よく知ってんじゃん……」
「昨日、家に帰ってから、もう試したからね……」
「聞きたくなかった、そんなエピソード」
「そういうお前はどうなんだよ」
「……昨日、家に帰ってからの記憶……ない」
「聞きたくなかった、そんなエピソード」
しあわせになれると確信していた状態からの、この落差である。
ダメージは大きい。立ち直れるかどうかも怪しい、そんなレベルに。
何より、ただフラれただけ――ではないところが問題だ。
絶縁状を叩きつけられたのである。
恋人どころか、友人、幼馴染みという枠すら、ふたりは失ってしまっている。
よっぽど嫌われていなければ、こうはならないだろうという顛末だ。
そんな相手と付き合えるとすら思っていたのだから、もう道化以外の何者でもない。
「もう、幼馴染みだとは思わないでほしい――か。まさか、そこまで言われるなんてな……」
小さく呟く、いや呻く大輝。
もう心が非常に厳しい。
それなりに親しかった先輩が陰で悪口言っていたのを聞いたときより万倍つらい。
「ああ、それ私も言われたわ……。もう学校では話さない、他人同士に戻ろう――だってさ」
喉が鳴る。慟哭したかった。
陽菜の心は折れている。
他クラスの女子が鳴海は一万でヤらせるって嘘を流していたときより億倍つらい。
そのとき女性の店員が、お代わりの水差しを持って席まで来た。
一瞬で外面を回復したふたりは、笑顔で店員に応対する。
「あ、お冷は結構です。ありがとうございますー」
「すみません、俺は貰いますね。あ、そうなんです、いつもお世話に。店員さんは、新人さん、ですよね?」
「そうなんです。結構よく来るんですよー。ほら大輝、邪魔しちゃ悪いから」
「っと、ごめんなさい邪魔しちゃって。お仕事、がんばってくださいね。ありがとうございましたー」
しれっと普通に会話をして、店員と親しくなって別れる。
常連の店なので、馴染みの店員も多いのだ。だからって折れているところを見せるわけにもいかない。
声をかけられることは、実際よくあることでもあった。
店員が去ってから、ふたりはぼそぼそと話す。
「お前、目元メイク崩れてんぞ。店員さん気づいたんじゃねえの」
「大丈夫だっての、どうせ大輝のほうしか見てなかったし。つかあんたこそクマできてるけど」
「昨日まったく寝れなくてな……いやでも、一徹くらいでクマできたの初めてだわ」
「ちょっとお手洗い」
「バレないんだからいいんじゃなかったのか?」
「いいとは言ってないでしょ。別に時間かけないから黙って待っててよ」
「……あいよ」
心が折れて、せめて唯一相談できる奴と話したくて会ったのだが。
まさか相手も死の淵とは思わなかったし、そのせいで逆に気が滅入ってしまった。
――これでも他人の感情の機微には敏いほうだ。
少なくとも大輝はそう自覚している。嫌われている場合、なんとなくそれはわかるものだ。
だから陰口だのなんだので、あまりダメージを受けないのだとも思っていた。
けれど、まさか幼馴染みの気持ちをわかっていなかっただなんて。
背もたれに体重を預け、大輝はほうっと息をつく。
わずかに目元にかかった前髪が、重力に従ってゆっくり流れた。
短く清潔に揃えられた髪を、主張しすぎない程度に整え、服装もこれといった特徴のないシンプルなものだ。それでも、今こうして憂いのある顔をしているだけで、さきほどの新人女性店員が憧れるような目を向けている。
まあ、フラれて泣いていると知れば目も変わるだろうが。
その辺り、おそらく大輝と陽菜をカップルだと勘違いしているのだろう。
――昔から、仲がよかったのだ。
陽菜のことではない。幼馴染みである小野七海のことだ。
家が近所であり、親同士も親しかった。引っ込み思案だった七海を、よく連れ出しては遊んだものだし、逆に七海に付き合ってインドアの遊びも覚えた。ほとんど、家族同然に連れ添ってきた相手である。
そんな幼馴染みを、初めて異性として見たのはいつの頃だっただろう。
正直、よく覚えていない。
いっしょにいることが当たり前で、彼女のことが大好きだなんて感情は、生まれたときから持っている気がする。
それでも最近、疎遠になっていたことは事実だ。考えてみれば。
家が近いし、家族の付き合いはある。休日に顔を合わせれば話もしたから、そんな意識はなかったけれど。
クラスも違ってタイプも違う。
だから、学校ではほとんど話さなくなっていたのは確かだ。
避けているつもりはなかったし、そのことに問題があるとも思っていなかった。
そんなことで、ゼロになってしまうような薄い関係では――なかったはずなのだ。
それが甘えだったのだろうか。
何か気づかないうちに、彼女を傷つけるようなことをしていたのだろうか。
……話すら、最近ではほとんどしていなかったのに?
それが悪かったというのか。
わからない。
「……ただいま」
思索の海で迷走していた意識を、陽菜のひと言がすくい上げた。
顔を上げ、戻ってきた陽菜を大輝は見る。
「……メイク落としてきたのか」
「そういうの、別に男は気づかなくていいよ。キモいし」
「うざ。なんでだよ、むしろよく見てるほうが女子喜ぶんだけど」
「それ相手によるから普通に。いいんだよ、私はすっぴんでも超かわいいから」
「……さいですか」
刺々しい会話だが、別にお互い、この程度で気を悪くしない。
思えば、陽菜との関係性は割と不思議なものだな――なんて大輝は思う。
これまでも仲のいい女子なら大勢いたが、ここまで隠しごとなく話す相手なんて陽菜以外にいない。
考え方が合った――いや、そのレベルが近かった、というのが理由だろうか。
別に、自分がレベルの高い話をしているという意味ではなく。なんとなく波長が合う。そういうことだろう。
「――ねえ」
と、正面の席に座り直した陽菜が、そう口火を切る。
視線を向けて続きを促すと、果たして彼女は、目の前の大輝に向かって。
「なんかさ。――ムカついてこない?」
そういえばこいつは、性格が悪かったな。大輝は思う。
それはつまり、自分も同じだということなのだが。




