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1-03『櫻井大輝は実は不器用』

 ――いろいろと言いたいことはあるけれど。


 と、櫻井大輝は思う。

 あるけれど、それでも陽菜は、想い人である幼馴染みをデートに誘うことに成功した。

 それ自体は祝うべきだし、大輝も友人として素直に喜ばしい。


 ――まあ、そのままいっしょにメシ食うくらいはしてこいよとも思ったが。


 それよりも今は自分のことである。

 ここまで言って、自分のほうがデートに誘うことすら失敗しては笑い話にもならない。

 たぶん陽菜ですら笑わない。

 え、あ、そうなんだ……なんかごめんね? みたいな空気になること請け合い。


 そんな事態は、絶対に避けるべきなのである。


 というわけで放課後になった。

 浮かれポンチの陽菜は、「それでは明日の準備がありますのよオホホ」みたいなテンションで早々に帰宅している。

 ネット小説の悪役令嬢みたいな奴だな、と大輝は思ったが、そんなことを言ってもどうせ、しばちーたちオタクグループ以外には通じないので言わなかった。


 大輝は多趣味である。

 多趣味であることが趣味、と言い換えてもいい。


 さておき、大輝が放課後になるまでデートの誘いをしていないのには意味があった。

 放課後になれば、必ずそのチャンスが訪れることを彼は知っていたからだ。


 というのも。


「ふう。――よし、行くか……!」


 目の前にそびえ立つ《図書室のドア》を睨んで、大輝は言った。

 別にそびえ立ってはいないのだが、まあメンタル的な意味で高いハードルなのだ。間違ってもない。

 ドアをスライドし、大輝は放課後の図書室を訪れた。


 彼の想い人。幼馴染みの少女――小野七海はいつも放課後の図書室にいる。

 図書委員であることが大きな理由だが、委員の仕事がなくても毎日のように通っていることを大輝は知っていた。


 七海は《文学少女》という表現の似合うお淑やかな少女だ。

 いつも穏やかで物静か。大輝の周りに多くいる友人とは少し違うタイプと言えるだろう。

 大輝が昔から小説や漫画を読むのが好きで、サブカル趣味も気に入っている辺り、七海の影響も大きい。

 幼い頃はよく、彼女に薦められた本を読んでは、その感想を共有していた。


 今日――金曜日は七海が当番の日だと、もちろん大輝は知っている。


 がらりと戸を開け一直線。

 カウンターの奥にいるはずの七海に大輝は声を――


「おっす、七――」


 かけようとして、そして、硬直した。

 すでに七海が、別の人間と会話をしているところだったからだ。


 いや。

 それが誰であれ硬直することはないだろう。本来なら。

 なのに大輝が固まった理由。


 それは会話の相手が、何を隠そう陽菜の想い人――安藤翔太その人だったからだ。


 まさか翔太と七海が友人同士とは知らなかった。

 いやだが、考えてもみれば、ふたりは同じB組である。知り合いでないほうがおかしいだろう。

 だが、だからってこうも仲睦まじげに笑顔で会話する間柄だとは――、


「あ、大輝くん。来てたんだ」


 入口で棒立ちの大輝に気づき、七海が言った。

 ――来てたんだ。

 存在にすら気づかれないなんて滅多にない経験である。やったね。

 大輝の精神に5ポイントのダメージ。


「……あ、うん。来てたんだ……よっす、七海。元気?」

「うん。わたしは元気だけど。ていうかそれ、どういう質問?」


 軽く微笑む七海。惚れた少女の笑顔で、大輝もあっさり精神の調子を取り戻した。

 そんな大輝を、カウンターのすぐ前にいる青年が不審そうに見つめる。


「……櫻井、大輝?」


 フルネームで呼ばれる自分の名前。

 その意味に、含みをあえて感じないようにして、大輝は答えた。


「そう、櫻井大輝。そういう君は安藤翔太くんだろ? あんま話したことなかったけど、よろしく!」

「……知り合いなのか?」


 と、その質問を大輝にではなく、七海に対してする翔太。

 再び精神に5ポイントのダメージを喰らったが、何。噂だけで嫌われることには慣れている。

 そういう奴と、むしろ仲よくなってやることが大輝の楽しみだった。


「うん。昔から知り合いなんだ」


 答える七海。それに、大輝も乗って。


「そうそう。いわゆる幼馴染みってヤツでさ。小さい頃から家が近かったんだ」

「……幼馴染み?」

「ああ。そういう安藤くんも、うちのクラスの陽菜と同じクラスだって聞いてるぜ」

「……え」


 大輝の言葉に、なぜか目を丸くする翔太。

 何か悪いことを言っただろうか。表に出さず焦る大輝に、翔太は目を細めて。


「それ、誰から聞いた? なんで知ってるんだ」

「え。いや、普通に陽菜からだけど」

「陽菜が……言ったのか? 俺と、幼馴染みだなんて」

「――――」


 ふむ、さては嫉妬だろうか? 大輝は予想する。

 本当は幼馴染みだという繋がりを、陽菜が他人に漏らしたことが気に喰わないのかもしれない。

 気持ちはわかる。

 正直、自分もただ話しているというだけで今、ちょっと翔太に嫉妬しかけたくらいだ。

 これは陽菜の奴にはプラスの情報だろう。いずれ教えてやるべきか?


 そんなふうに考えつつ、警戒を解くように大輝は言った。


「まあ、俺も七海と幼馴染みだからさ。同じ学校に幼馴染みがいるってことで、そんな話をしたんだよ。ほかにはあんま、知ってる奴いないんじゃないか? 俺たちはたまたま」

「……そうか」

「あ、うん。まあそう」

「ところで、大輝くんは図書室になんの用なの?」


 七海にそう問われる。

 別に図書室に用件があるわけではなく、どちらかといえば七海に話があるのだが。

 が、さて、少し困った。


 デートに誘うなら、ふたりきりで話したいところ。

 この状況で口火を切るのは避けたい。

 とはいえ先にいた翔太に、まさか遠慮してくれとは言えない。

 まあ最悪、帰りの時間まで待ってもいいか――そんなふうに大輝は考えたが。


「……小野さんと話があんなら、俺、どっか行ってるけど」


 迷っている間に、翔太のほうがそんなことを言った。


「あ、いやでも、それは悪くないか?」

「……いいよ、別に。盗み聞きの趣味はない」

「そうか。じゃあお言葉に甘えて。悪いね、安藤くん。すぐ済ませるから」


 翔太はそのまま、図書室の隅へと去っていった。本を手に持っていたから、読んで待つのだろう。

 申し訳ないが好都合だ。さっさと誘って、彼に声をかけて帰ろう。

 ある意味で踏ん切りがついたため、大輝はさっそく七海を誘う。


「なあ、七海。明日、土曜もし暇だったら、ちょっといっしょに遊びに行かない?」

「え、……大輝くんと? 別にいいけど、どうしたの。珍しい」

「まあ、久々に遊びたくなって」

「そうなんだ?」

「ていうのは本音半分。もう半分は、ちょっと話があるから聞いてほしいってことなんだけど」


 少し攻めた。反応を窺う大輝に、七海はなるほどと呟いて。


「わかった。それじゃあ明日、空けておくよ」

「そ、そうか……! ありがと、七海。詳しいことはまた連絡すっから!」

「いいよいいよ。実は、わたしからも言おうと思ってたこと、あるから。ちょうどいい機会かも」

「……!」


 ――これは勝ちましたね。

 大輝は思った。いやこれは勝ったでしょう。だってもう、そんなのそういう意味じゃないですかこれ。

 俺にもついに春が来ますよ皆さん。

 モテ男だのヤリチンだの散々言ってくれたものだが、そんな俺もついに名実ともにここまで到達いたしました。これまでのご愛顧に感謝いたします。ひゃほう。


 大輝は、盛大に浮かれた。


「じゃ、そういうことでまた明日! あ、安藤くん呼んでくるよ。仕事がんばってな!」

「……うん、ありがとう。大輝くんはこれから?」

「ん? あー、そうだな……真央とか部活だろうし、ちょっと声かけて帰ろうかな。とにかく、また明日!」

「…………うん。またあした」


 輝かしい未来に乾杯。世界の明日にホームラン!

 浮かれすぎて意味不明なことを考える大輝。

 彼らが――大輝と陽菜が、お互いの幼馴染みにずっと恋をしていることは、お互いしか知らない事実だ。そもそも、別のクラスに幼馴染みがいるということすら、当人たち以外は知らないだろう。

 けれど、それも今週までになるだろう。

 週明けにはきっと、友人たちにも《恋人ができた》と、いい報告ができるはずだった。


「あー! 人生って楽しいなあ!!」




 櫻井大輝が小野七海に縁を切られるまで、残り二十二時間。



     ※



「……驚いたよ。まさか、わたしのほうも誘われるなんて考えてなかったし」

「もしかしたら示し合わせてたのかもしれないな」

「そう、なのかな?」

「でなきゃ、あいつらが急に話しかけてきたりしないだろ。住む世界が違うんだから」

「……かもしれないね」

「で、七海は……その、どうすんだ?」

「そういう翔太くんはどうするの」

「俺は、……俺は、言っただろ。これっきりにするよ」

「そっか。そうだね。――わたしも、そうすることにしたほうが、いいんだろうね」

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