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1-01『櫻井大輝は割と好かれたい』

「おっす、みんな。おはよう! 今日もいい天気で、幸せだとは思わない?」


 そんな挨拶から始まる一日が、悲しいそれであろうものか。


 御社高校二年A組、櫻井大輝は非常に目立つ。

 登校してきて早々の挨拶。そんな当然のことを、当然にできることが当然ではない証なのだ。


「なんだ大輝、今日は朝からテンション高えな」

「バッカ、こいつはいつもだろ? で、だいたい三限くらいで充電切れてくる」


 ふたりの男子からかけられたバカな雑談が、朝に一斉に彩りを与え。

 それに乗るように、あっという間に話題の中心に入るのが大輝という男だ。


「いやいや、ちゃんと夜のうちにマックスまで充電しておいてもらえれば翌日も持つんだぜ? なあ、千尋?」

「うーん。なんでそこで、わたしに同意を求めるのかがわからないよ」

「そりゃあもちろん、今日の夜は枕元に俺をどうですかっていうお誘いだよな?」

「どうかなあ。それってきっと、枕元だけでは済まない流れだよねー?」

「おっと。そう期待されては俺も紳士として答えざるを得ないな」

「じゃあお断りかな。まあ、目覚まし代わりには悪くなさそうだと思うけど――」

「――あーもう、大輝は朝から千尋に絡まない!」

「酷いこと言うなよ真央。今日は朝から天気がいい、そんなことに幸せを感じる自分が俺は好きなんだ。これは幸せのお裾分けだと思ってくれ」

「またバカ言ってー」


 あっという間に人が集まってくる。

 それがいつもの日常で、二年A組における最大派閥――櫻井/鳴海グループの朝だった。


「まあ実際、今日はバカ天気いいよなあ。つい最近までまだ寒かったのに」

「あ、ね、それ思った。春って感じになってきたよねー」


 グループの仲間たちの会話に耳を傾けつつ、大輝は鞄から漫画を取り出して別の男子に声をかけに行く。

 三人ほどが集まっていたそのグループは、クラスの中でもそう目立つ方ではない男子たちがいる。


「おっすー、しばちー。先週借りた漫画、読み終わったから返すわ」

「おお、どうだった、櫻井?」

「いやこれ面白かったわ。やっぱ胸にガンっと来るラブコメっていいね。共感するわ」

「それはお前だけだろモテ男が!」

「はっは。それよりしばちー、これ読んだ? まだ一巻しか出てねえけどオススメの新作なんだわ。まだなら貸そうと思って持ってきた」

「あ、これ気になってたんだよな。ツイッターでも評判にいいし。サンキュー、櫻井」

「礼代わり兼、布教だ、気にするな。この礼は読み終わったあとツイッターで褒め散らかす形で返してくれ。しばちーのフォロワー十人に最低でも買わせるように」

「圧がすげえ! いや、面白かったらな!」

「そいつは保証しよう」


 クラスの誰とでも仲がいい――あるいはそれが、櫻井大輝の最大の特徴かもしれない。

 友達百人をとうに超え、小学生でも掲げないような《学校みんなと友達に!》を真剣に目指しているかのような態度。

 話題の幅が広く、誰にでも話を合わせられる気遣いの男でもある。


「あれ? てか真央。今日まだ陽菜は来てないん?」


 漫画の貸し借りを終えたところで、友人の少女に大輝は問う。

 お互い、今日が《重要な日である》という認識がある――だからてっきり早く来ていると思ったのだが。


「え、まだ来てないけど――って、あ」


 少女が答えた、ちょうどのそのときだった。


「おっはよ、みんな! 今日はいい天気で幸せだねっ!」


 ついさきほど、どこかで聞いたような言葉が教室に響いた。


 瞬間の静寂。直後に笑い声がいくつか生まれる。


「あははっ! 陽菜、何それ? もしかして打ち合わせでもしてたんー?」

「打ち合わせ? ねえ真央、なんで笑ってんの? 私、別に変なこと言ってないでしょ」


 困惑した様子で輪の中に入ってくる少女――鳴海陽菜。


 もしこのA組で中心人物を挙げろと言われれば、女子では最初に名前が挙がる人物だろう。

 A組ベストカップル。

 大輝とは、そう並び立てられることも少なくない人気者なのだから。


「くくっ。相変わらず大輝と陽菜は、妙なところで馬が合うよな」


 グループの男子の、噛み殺したような笑い方に、陽菜はじとっとした目線を大輝に向ける。


「何? 大輝、また変なこと言ってたわけ? 私これ巻き込まれてんじゃないの?」

「おい、俺のせいにするなよ。なんで朝から天気の話題なんだよ。そんなこと言い出すお前が悪い」

「いやだって超天気いいじゃん、あったかいじゃん今日」

「わかるわ」

「わかんのかよ。てか何、つまり同じこと言ったってわけかー。もう、こいつといっしょにしないでよ、真央」

「でも、面白かったよ。陽菜。おはよう」

「おはよ、千尋。でも千尋まで言わないでほしいんだけど!」


 いつも通りのやり取り。誰もが愛する、日常という名の尊き平穏。

 けれどこの日は――少なくとも大輝と陽菜のふたりにとっては――少しばかり意味合いが違う。


「…………」

「…………」


 雑談の合間を縫って、お互い、無言で目配せを交わし合う。


 ――わかってるな? ここまで来てまさか日和るなよ?

 ――そっちこそ。実はヘタレなのがばれないようにしなよ?


 そう、平穏などと程遠い。

 ふたりにとって、今日はむしろ勝負の日なのだ。

 正確には明日が勝負の日だが、明日の勝負を成立させるためにこそ、今日という日が重要なのである。


 誰にも悟られることなく。

 けれど着実に遷移を昂らせていく大輝と陽菜。


「どしたの。またふたりで意味深に目を合わせちゃって」

「いや別にそういうんじゃないよ、千尋」

「そうですー。あんまこっち見ないでくれる?」

「あ?」

「何よ」


 ちょっと気づかれたが誤魔化して。

 ふたりは着々と、決戦のための準備を(脳内で)行っていた。


 ――すなわち。

 今日は、自分の幼馴染みをデートに誘おうと思っているのだ。


 御社高校において理想のカップルとすら言われるこのふたりが、別に付き合ってなどいないことは知られた話。

 だがお互いに、まったく別の人間を好きだという事実は――実のところお互い同士しか知らないのだ。

 このふたりは高校に進学して、同じクラスになり、そこで初めて知り合った。打ち解けたのはこの一年で、実際のところ確かに仲はいいが、かといってお互い、相手を恋愛対象にはしていない。


 その理由は単純――ふたりとも、心に決めた相手がいる。


 幼馴染みがいるのだ。それぞれに、それぞれの、大切に思う相手が。

 今まで、さまざまな事情から告白したり付き合ったりといったことができないでいた。

 この高校で最もモテるであろう男と、最もモテるであろう女が、まさかふたり揃って本命相手に告白もできないドヘタレだなんてことは、誰も想像さえしないのだから。


 けれど、それも今日までのこと。

 今日デートに誘い、明日の土曜日に告白し、週明けからは晴れてカップル。

 そんな未来を手にするため、お互いに誓い合ったのである。


 ――やったるぞい、と。




 ふたりが幼馴染みに縁を切られるまで、残り三十五時間。

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