1-00『ふたりは幼馴染みに絶縁された』
喫茶《のどか屋》の店の奥。
そのボックス席に今、ひと組の男女が向かい合って座っていた。
死んだ顔で、座っていた。
「…………」
「…………」
片や口から魂の抜け出たような白目で脱力し、
片や全てのエネルギーが溶け出して机に伏し。
傍目には美男美女のカップルにも見えるふたりは今――心がぽっきり折れていた。
「今絶対『ざまぁ』って笑われてんだろな、俺たち……」
「笑われてるって……いったい誰に?」
――さあ、誰にだろう?
そんなことは、言った青年――櫻井大輝にもわからなかった。
端正な顔立ちと爽やかな笑顔、そして卒のない言動でクラスの女子から大人気の高校二年生は――今。
とてもではないが学校の友人には見せられない、ゾンビめいた顔になっている。
「でも、なんとなくそんな気がしないか?」
きっと神様とか、そういう世界を俯瞰している系の読者とかに。
そんな八つ当たりじみた大輝の言葉に、正面の少女が複雑な同意を見せる。
「まあ仕方ないかもね……ふふ。今の私は道化だから……」
答えるのはクラスメイトの少女――鳴海陽菜。
こちらも整った顔立ちだ。出るとこは出ていながら引き締まった体形に、艶のある長髪。
人当たりのいい性格で男子からの羨望を集めながら、常に高嶺の花であり続ける高校二年生は――今。
百年の恋も冷めるだろう表情で、涙と涎がメイクを台なしにしていた。
「調子こいてる美少女がフラれる様、さぞや滑稽でしょうよ……笑いたければ笑うがいいわ。私は泣くけど……」
「ああ、いいね。いつも女を食い散らかして遊んでると噂の櫻井くんも、今日からピエロに転職だぜ……」
去年の文化祭では、一年生ながらミスターコンとミスコンに並び立った選ばれし人間。
そんな、御社高校トップカーストに君臨する皇帝と女王が、――まさか失恋で傷心中だなど。
いったい誰が信じることだろう。
「……ひっでえ顔してんな」
「あんたに言われたくないんですけど……」
芸能人に間違われることもある、整った顔立ちの大輝。私服のセンスもよく、流行を自然に取り入れた格好の彼をひと目見るためだけに、休日の大輝に会おうとする下級生さえいるほどだ。
その正面にいる陽菜だって、モデルにスカウトされた経験は一度や二度ではない。美容室に行けばぜひ写真をと頼まれ、そのまま店に飾られたことだってある。十人が振り向く美人なのだ。
今は喋る死体である。
「…………」
「…………」
「……お前さ。なんでフラれたの?」
大輝はそう訊ねた。
こうして日曜日の真っ昼間からから、さっそく集まって先日の報告をし合うというのは、本当なら喜ぶべき事態だったのだ。
だって、本当なら今頃は、お互いの彼氏/彼女の自慢をしているはずだったのだから。
「幼馴染みだったんだろ、安藤は。仲、悪かったようには見えなかったがな」
「うっさいな。そういうあんただって小野さんにフラれたんでしょ。幼馴染みだったくせに」
「……まさかあいつに好きな奴がいるだなんて知らなかった」
「私だって。もう絶対、あたししか見てないと思ってたんですけど……」
「…………」
「…………」
「……『大輝くんみたいな人気者に、そういうこと言われるほうの気持ちにもなってよ』、だってさ」
「は。あたしは『陽菜と幼馴染みに生まれたことが、恥ずかしくて仕方ない』とまで言われましたー」
「…………」
「…………」
「どこで間違ったと思う?」
「わかってたら間違ってないと思わない?」
虚無だった。
それはもう虚無であった。
完璧だったのである。そのはずだった――のである。
「おかしいなあ。……俺、ずっとあいつのこと好きだったのになあ……」
櫻井大輝は完璧な高校二年生だ。
成績よし、運動よし、持って生まれた顔もよし、もちろん性格だって明るく爽やか。欠点のあろうはずがない。
確かにヤリチンだの調子乗ってるだの僻まれることはあったが、言いたい奴には言わせておけばいい。
それでいて生まれたときから幼馴染みの少女――小野七海ひと筋の好青年。そのはずだったのだ。
それがなぜフラれるのか。
「なんでだろう。……私、いつ嫌われるようなことしちゃったかな……」
鳴海陽菜は完璧な高校二年生だ。
成績よし、運動よし、持って生まれた顔もよし、もちろん性格だって明るく朗らか。欠点のあろうはずがない。
確かにビッチだお高くとまってるだと妬まれることはあったが、言いたい奴には言わせておけばいい。
それでいて生まれたときから幼馴染みの青年――安藤翔太ひと筋の美少女。そのはずだったのだ。
それがなぜフラれるのか。
いいや。フラれるだけならまだ構わない。
「もう話しかけないでくれだって……」
「二度と学校で絡まないでほしいんだって……」
それどころか嫌われている。
もう完全に、人生から切り離されてしまった。
――どうしてこうなったのだろう?
ふたりは、あまりにも完璧なプランを築いていたというのに――。