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08. 運命を曲げ、従わせる者<2>

 石づくりの部屋は、蒸気で満たされていた。

 不明瞭な世界を見るともなしに見ながら、少女は寝そべってとろりとしている。頬が熱い。頬だけでなく、全身もだ。こんなに熱い場所は生まれて初めてで、正常な思考を保つことができない。

 息を吸っても熱い空気が入ってくるばかりで、ちっとも頭が冷えない。かたわらには親友のトカゲが寝そべっていたが、いつものように涼しい顔をしている。

 抵抗する気力も熱に奪われ、エンジュは台の上でされるがままだった。夢とうつつの境をさまようエンジュのそばで、上半身裸の中年女がしきりと背中をなでさすっている。エンジュの全身いたるところからわいてくる古い皮膚をすりだしては、熱い湯で流していた。

「こんな垢まみれのお妃がいらっしゃるとはね」

 女は真顔で言いつつ手はとめない。ひたすら仕事に従事しつづける。エンジュの戸惑いなどおかまいなしだ。

 浴室というものはティンダルにはない。ティンダルでからだを清めるのは、当然、水だ。貴重な薬草を浸したわずかな水を、食事や水浴びなど、ありとあらゆることに使う。〈草の海〉の毒に病んだ者を癒やすのは、そのわずかな水だけだから、健康なエンジュが大量に使うなど考えられなかった。しかもこの蒸気も、湯を大量にわかして発生させているというのだから、途方もない。

「ここなら、〈草の毒〉なんかたちどころに抜けてしまいそう……」

「まぁ! 当然ですよ。お妃さま」

 女は声を張りあげた。「お湯はなんでも流してくれます。毒も、心の澱も。〈草の海〉まで遠征する兵は、誰もが帰還して公衆浴場に行くのを楽しみに戦います」

「だからあなたは浴室で働く女になったの?」

「あらまぁ! まだそんなこと考えなさる。もっと洗い流さなけりゃ」

 女は頭から思いきり湯をかけた。いちだんと熱くなり、わけがわからなくなってくる。

「水が豊かなのね。メサウィラは。あの庭も……水が豊富に流れていた」

 耳の奥で、水音がささやく。あれは、彼がつくりだしたあの庭か、それとも夢の庭か。いずれにしても、今は夢の中のことのよう。あるいは、今いるうつつが夢なのか?

「それが〈恵まれた中洲〉の恵みってものでしょうよ。それを余すことなく使って、私らにも分けてくれる。それが帝王さまですよ」

 女は誇らしげに言って、いい香りのする油をエンジュに垂らした。油が流れる軌跡だけがひんやりとして、安堵したエンジュだが、香りがまた夢うつつの境へと運んでいった。

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