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03. 理論上、絶対<4>

 夢うつつに、乾いた大地から立ちのぼる砂埃を、たえず感じていた。

 容赦なく口の中に飛びこんでくる砂や砂利を、無意識に吐きだしながら、エンジュはルルにしがみつき、つらさがこみあげるたびにあの歌をうたった。

 気がつくと、エンジュは見知らぬ場所に立っていた。星のない夜の世界。あの歌の夢だとわかったのは、手足の傷が消えていたからだった。ぼろぼろになった服も洗いたてのようで、アルバ・サイフもない。

(足が軽い。手も)

 このまま、別の人生を生きられたらいいのに、とも思う。けれど、エンジュはエンジュのまま、見知らぬ場所にいた。かたわらにはルルもいる。そこがどこだろうとエンジュのそばにいるのが当然だというように、ルルの黒い眼がうごいた。

 星のない夜空の下で、不思議とあたりは明るかった。少なくとも、エンジュにはそう思えた。周囲に何があるか、暗い空の下でもはっきりわかった。足もとは石畳の道だ。左右に低い木が茂っている。低いといっても、エンジュの基準はティンダルの柵の外にあった大樹で、ここの木々はエンジュの背丈よりはずっと高い。

 水の音がする。——流水。さらさらと、心地よい音。エンジュは水音に誘われていく。

 すぐに水路に行きあたった。水路は、闇のなかで光っているようだった。もの珍しさに、手が出た。

(冷たい)

 なんて、冷たい水。こんな場所があるのか。幻だとしても、エンジュは喜びに満たされた。ここは何だろう。夢だとしたら、自分のどこにこんな風景が眠っているのだろう。憧れだろうか? けれど憧れていたものは二つだけ。スエンたちの歌と、フリッツだけ。

(あ)

 思いだしてしまった。エンジュは愕然とした。忘れていたかった。エンジュの涙が清冽な水のうえに落ちる。ひと粒、またひと粒。

 ああ、と声がもれる。そのとき初めて、水音以外にもあたりが物音に満ちていることに気づいた。風が木々を揺らす音。鳥の声、虫の声。

 ひときわ激しく、背の低い灌木を揺らすのは——

「あっ……」

 驚きのあまり、涙がとまった。

 少年である。エンジュの夢のはずのこの場所に、知らない少年がいた。

 少年もまた、驚いた顔をしていた。線の細い少年は、戦いなど知らないようにみえる。色白で、どこか生気を感じさせない少年。彼は、柔和にほほえんだ。

「——わが王」

 少年は、エンジュにむかって手をさしだした。「お待ちしておりました」

 その冷たい手に触れたとき、

 ——彼は、歌みたいだ。

 と、エンジュは思った。

 戦いも血も、しがらみも義務も遠く離れた、静かで包みこむような世界。

 スエンのいうとおりだ。

(これは、わたしの歌なんだ)

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