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01. 〇・〇〇〇〇〇〇〇〇五パーセントの少年<1>

〈最後の竜〉と呼ばれた巨大生物が、トリゴナルKの市民動物園の中心、専用の檻の中で死んだ。

 その死に最初に気づいたのは、両親に連れられた幼い少女だった。赤い風船を揺らしながら〈竜〉の檻のまえに立った少女は、次の瞬間、火がついたように泣きだした。

 少女の手を離れた赤い風船が、音もなく空へのぼっていく。それは大空にたどりつくことなく、トリゴナル|(三角錐)の頂点、鉄筋の枠組にひっかかり、翌日しぼんで落ちた。

 AT(アフター・トリゴナル)四五年。年々水位を増していく〈毒の海〉から逃れるため、各地でトリゴナルと呼ばれる強化ガラスと鉄筋で完全防護された三角錐型の都市が建設され、すべての人々がその中に移り住んだ年——ひとつの時代が終わり、ひとつの時代が始まった年の、四十五年後のことだった。



 * * *



 もう、天文学者は星空をみあげない。

 歴史学者は紙の史料を読まない。

 それは、トリゴナル以後(アフター・トリゴナル)を象徴する常識。



「——サイレ。目をあけて」

 まぶたを持ちあげる。かすかな抵抗とともに、透明な緑一色の視界がひろがった。頭のなかに直接響く声の異和感に、うぅ、とうめきがもれる。

「気分はどうだ」

 どうだといわれれば、「メロンゼリーの中で溺れている気分」としかいいようがなかった。

 息はできるし、目もあけることができる。水中とちがって屈折率の問題はないらしく、視界はぼやけない。

 しかし、自分が今いる巨大な試験管に満たされた特殊な液体は、味以外は完全なるメロンゼリーであり、自分はさしずめ所在なく浮かぶ果肉だった。これで味もメロンなら叔父のサービス精神を評価するけれど、強いていうなら「空気味」のメロンゼリーで、これまた異和感がものすごい。

「次までに味つけとくから、今日はがまんしてくれ。といっても、今回の星〈メモリア〉におまえが適合する可能性は〇・〇〇〇〇〇〇〇〇五パーセント、メモリアなんか今後いくつも手に入るモンじゃないし、まあ順当にいけば次はないから」

(ほとんど可能性ゼロの実験ね)

「〇・〇〇〇〇〇〇〇〇五パーセント、ゼロじゃない」

(数字の根拠は?)

「単純な割り算だよ、エレメンタリー(初等科生)でもできる。アカデミアの学生なら居眠りしててもできるだろ? 星〈メモリア〉がひとつ、十大トリゴナルの総人口二十億、端数切り捨て」

(今いる人類の誰かが適合するって、どういう自信? しかも、それがたまたまこのトリゴナルKのアカデミアにいるだなんて?)

「〈星は人なり〉、それは世界の真理だよ、サイレ。なんならトリゴナル以前のずっとずっと昔、神々が生きた古代まで遡って世界の真理ひっくりかえしてみる? それから後半、重複した質問だな。適合者はアカデミアにいるかもしれないし、いないかもしれない。ゼロじゃない」

 試す価値はある。メロンゼリーのむこうで、白衣を着た無精ひげの叔父ことアカデミア・ウニヴェルシタ〈万国学術院〉歴史天文学研究所所属の歴史学者オルドネア・モリソンは笑う。

「カタレナ、ゼリーは問題なく浸透してるようだから、接続に入ろうか。わが甥はこむずかしい議論をふっかけるぐらい元気だ、とっととやってしまおう」

「星〈メモリア〉接続シークエンス、開始します。サイレ君、心の準備はよくって?」

 叔父の声が、助手の女性の声に入れ替わる。

「接続が始まったら、サイレ君の見るもの、聞くもの、すべてが映像として記録されます——もっとも、見ること、聞くことができればですけど。カウントダウンが終わったら、まず自分の名前を言ってください。記録映像のインデックスになります。そのあとは、目の前に展開されるものに身をゆだねてください。仮にあなたが〇・〇〇〇〇〇〇〇〇五パーセントの男の子だとしても、そこで見るものを選択する権利はありません。星〈メモリア〉があなたに見せたいものを見せるだけですから」

 自分のいる試験管と対面で、まったく同じ形状、同じサイズの試験管があった。そちらのメロンゼリーには人間ではなく、拳大の、石ころとしかいいようがない物質が浮かんでいる。二本の試験管を囲んで、叔父とカタレナ、そのほか大勢の研究者や見物人が、サイレと石ころとを交互に見比べている。

「カウントダウン開始。五、四、三、二、一」

「——サイレ・コリンズワース」

 石ころは、星〈メモリア〉と呼ばれる。〈星は人なり〉が真理なら、この石ころも人にちがいない。なぜなら、これはただの石ころではなく、〈毒の海〉の底から観測隊が引き揚げてきた、墜ちた天上の星、隕石なのだから。

 メロンゼリーがあやしく光り、全身の穴という穴、血管という血管、シナプスというシナプスにもぐりこんできた、そういう感触がした。

「星〈メモリア〉に接続します」

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