廃墟の砦~帰出
清々しい朝だ。と言いたい所だけど、考え過ぎてほとんど寝れなかった。
寝る為の状況は完璧だった。一応、屋根があって見張りが居て駄々漏れに結界まで。クエスト中での野宿なら「寝る」条件は最高だった。
脈絡なく話せば、関係無いまであるけど、あの年配の人、執事だけじゃなくて魔術師だったとか。
――それだと執事で魔術師か、魔術師で執事か、もある? ……まあ、本気で関係無いけども。
余計な事を考えながら、フライパンで肉を焼き、野菜を炒めて「なんなら、パンケーキも」の感じに、彼女、エリル=ライラの視線をかわしていた。
まあ、これが「僕の仕事」位の勢いで逃げても仕方ないので、取り敢えずもう一度考える。
彼女の頼みは「恋人のフリをして欲しい」って事だった。
単純に婚約者候補を勝手に決められて、それを断るのに「フリ」をして欲しいと言う話だ。
何故僕に彼女がそんな話をしたか? だけど。
「アルターラインの武神」の孫だからだ。それ以外の理由は全くない。明言はされて無いけど、彼女の言葉の流れからそうだと思う。
断りたい相手が、アリルデッド・シグニ・デ・ネーブルラント。ネーブル家の直系の『あいつ』だった。――それはそれであれだけど、まあ、そう言う事だけども。
イシュール王国の『四方』を守る辺境伯の家門の内、リュラー家とネーブル家で家門同士の話しなら、当主の娘である彼女には、断る事なんて出来ない。昨日、彼女の「恋人のフリを」の話を聞いて僕もそう思った。
「初対面の卿に、この様な事をお願いするのは些かとも思う。しかし、事態は切迫している……のだ」
エリル=ライラは、この付近に自分が所領する村がある。そこからの報告で「この砦の件」を聞き、それを理由に「顔会わせ」を逃げて来たそうだ。
「苦し紛れに『好いた御方がいる』と。空白をたどれば、名目の所領に成人するまでに数回来ただけだ。それで、この砦の話に無理矢理出てきた。ゆえに、気が立っていたのだ、この件は重ねて謝罪する。だから、考えて貰えないだろうか……」
一応、美形が先に立つ彼女は、僕と同じ年だった。だけど、碧眼金髪の少女なフィリアより、大分大人っぽい。
淡い青な灰色の金髪を三つ編みで長い髪を器用にまとめていた。
――人間観察が趣味の自覚はない。たげど、と言うか自己防衛の意味はある気がする。
視界に入る先で黒剣さんと剣を合わせる、エリル=ライラの様子を見てそう思った。
朝食前の黒剣さんの何時もの鍛練。相手をするエリル=ライラの剣の勢いが物凄い。――まあ、普通じゃない感じに見える。
彼女は気付いて無いけど、黒剣さんの顔があんな感じに笑っていた。……駄々漏れではないけど。
黒剣さんの朝食を僕のフライパンが用意したのが早いか、彼らの鍛練が終わったのが先かで、何人かが集まって来て二人もこちらにやって来た。
「初めて全力で剣を奮った気がする」
会話の切っ掛けの感じに、エリル=ライラが、僕目掛けて声を出したのが分かる。
黒剣さんは朝食的なのに向かい、僕を通り過ぎていたけど。
「黒剣さんも、リュラーフィールド卿の腕を認めたみたいですよ」……半笑いだったとは言わないけど。
「ああ、ファーシル殿。リュラーの家名を出しておいて、言うのもなの……だが。エリルで構わない。それに、その、昨日の件もあるゆえ……」
本気で困ってるんだろうなと思う。断りたい理由はまだ、聞いて無いけど。
僕はあいつを知ってるから、絶対お薦めしない。だけど、見た目だけなら美男美女でお似合いだ。
……まあ、僕は「見た目は悪くないよ」辺りでおさまる。そこは比べる所では無いけど。
そんな事より答えだ。
あからさまな彼女に、意を決して「じゃあ、僕もウィルでお願いします。それで、昨日の件ですが……父上に聞いてみないと」と答えをだした。
それに何故か、フィリアが黙っていなかった。――どんだけ聞き耳立ててたの? 位の勢いだけど。
「はぁ? あんた何言ってんの。何で成人男子が親なのよ。フリだけなんだし、こんな綺麗な子とフリでも恋人になれるのに何が不満なのよ」
「いや、一応政治的配慮とか、家門閥の中の問題とか色々とあって。それに、エリル殿と僕は格が違いすぎて釣り合わないですから、何なら他の人とかもありですし」
「まあ確かに、普通に並んでたらあんたは『下僕的』な雰囲気しかないわね。それ着てなかったら見た目も、只の銅階級だしね」
フィリアの「下僕的」な発言には反論はしない、と言うか出来ない。自分でもそう思うから。
だけど、僕の判断だけよりはそうした方が良いと主張した。それで、エリルの複雑な表情とフィリアの「真面目過ぎるよ。オースならきっと、安請け合いして当日暴れるから」を貰った。
黒剣さんなら『ありえるな』と思って、続く「まあ、そこが良いとこかもね」の呟きが心地が良かった。
どちらの事かはまあ良いけど、フィリアの視線には彼は入っていなかった……そこで、一応の方向性が僕らの中で決まった。
「俺達はあっちだ、女達はどっちだ……」のくだりは若干あったのだけど、なし崩し。――彼も、普通にエリルの剣の腕は気に入った様だった。
父上からの探索に当たりを付けて、調査目的を達成し証拠を確保する。その上で、別の問題を持って帰ると言う中々の結果。
補足するなら、羽根付きは逃げたし、持ち帰るは、お招きする格好になる。
――兎に角、クエストを受けたのは黒剣さんだ。エリルの事は、僕の個人的な話だから別かって所だ。肉を頬張る黒剣さんは、そんな感じに見える。
僕の苦悩も、お構い無しの雰囲気の黒剣さんが、朝食を済ました辺りで、早速準備して帰路に着く。――彼のペースなのは、毎回の感じになってきた。
行きは四人で三騎だったけど、帰りは大勢になって馬車まであるし。……何と言ってもリュラー家の当主継承権所有者のエリルが、お客様なのだから父上には「良い迷惑」だろうか。
だろうかは、父上の問題だから今は考えても仕方ない。駄目なら御祖母様に泣き付こう……そんな思考の自分もどうかと思うけども。まあ、取り敢えず帰ってからだなと。
なんやかんやで、帰りの道中で騎乗の女性が一人増えている。その状況で、黒剣さんは、殆どフィリアを「女」と呼ばなくなった。
声をかけないと言う話では無い。逆に結構な頻度で「フィリア」の名前が音になっていた。
『僕=フライパン』では無いのが、『フィリア=女』からエリルが入って、『女=エリル』でフライパンでは無いのが、フィリアの認識になったみたい。
剣技とか、剣の捌きの話について行けるフィリアが不思議だったけど、エリルが黒剣さんと会話出来てているのは、フィリアがいるからだった。
まあ、僕はフライパン固定になった。あの緊迫の場面以来名前を聞かれなくなったから、そう言う事だろう。――ちょっと、ダニエルが無口なのが辛かった。……そんな帰路だった。
そして、屋敷に戻り父上の想像以上の驚きを見ることになる。
長椅子でローテーブルを挟んでフィリアと会話する父上の顔がそれを物語っていた。
「……と言う経緯でこれが証拠です。一晩、警戒して、その『はぐれの魔族』戻って来なかったから、倒すまでいかなかったけど、調査の筈なので依頼は完了で良いですよね」
「そう言う事になるね。まあ、結果に対しては言葉にならないな。僅か一晩で、結果を持って帰って来るとは思っていなかったからね……」
「一応、ウィル君とダニエルさんに聞いて貰えば、虚偽じゃないのは分かると思いますけど」
僕の名前が出て、父上の額に当てた手が何と無く苦悩を出しているように見えていた。
「息子は……君達を連れて来てくれたのは幸いだった。ただ、リュラー家のご令嬢は流石に手に余る。今は、オリアンヌが相手をしてくれているが、私がが会えば、どのみちあの話は受けられんよ」
依頼の話の流れで、フィリアに向けた父上の言葉は初めに話をした時にも言われた。相手を母上にして貰っているけれど、僕のお客様の体裁でまだ、二人には父上の意向も含めて、詳しくはしていない。
「面倒くさいんですね。色々と」
「勝手にやってくれた方が、悩まなくて良かったも知れないのだがね」
二人の会話が聞こえて、父上の顔が見える場所に、離れて座る「僕」に父上の視線が刺さっていた。大体、それが出来たら、父上にこんな相談してませんし。でも、「何とかして」あげたいと言う気持ちがあったりもする。
だけども、そんなに「事は」上手く行かない物で、勝手に「恋人のフリ」なんてしたら本気してしまう母上も入れて、エリルと四人で話した結果、彼女にとっては残念な結論になった。――父上の言葉のままだった。
その結論に、項垂れる感じを一瞬見せたエリルも、僅かな時間で凛とした様子に戻っていく。
「衝動的に無理難題をウィル殿に向けてしまい、先ほどの件も併せて、男爵御夫妻にも謝意と感謝を。話を聞いて頂いただけでも幾分か楽になりました」
「貴方。何とかして差し上げられませんか」
「弟ぎみの件から、エリル=ライラ殿の境遇を考えると心情察する所もある。たた、事前に聞いてしまった以上『良し』とは出来ないな」
「では私達は知らなかった事にすれば……」
「君はそんな事出来ないだろう。一応、エルライン伯には相談はするが、ウィルは勝手にやれば良かったのだ。何とかしてして差し上げたいと意気込んでいたが、そのあたりは私に似て駄目な所だな」
そんな流れで、否定的な結論から派生して、……何故か、僕の決断力が無いって話になったけども。
父上の事を言う訳では無いけど、それはもう親子ですから……。
結論は変わらず、祖父のエルライン伯爵に話するため暫く屋敷に滞在して……と言う話辺りで、僕の最大の支援者の一人の登場があった。
「何か深刻な話でも?」
当たり前に、その雰囲気の部屋に通されて来たのは、僕の祖母である、エルライン伯爵夫人セレーネ=コールス。その優しい眼差しに、僕は声を出した。
「御祖母様、助けて下さい!」
掛けた声は……どうかと思うけども、僕には、確信犯の自覚は確かにあった。
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