探索~廃墟の砦02
大剣の斬擊が信じられない距離を越えて、その羽付きの唐突に伸びた爪らしきと交錯する。
弾ける感じに空中で黒剣さんは、身体を回転させていた。
――普通に落ちるよ、やばいって。と一瞬、目を見開き、僕は二度目の自動防護術式へ流動を合わせるのに集中した。
魔導師級ならと自虐的な僕は、落ちる行く黒剣さんの足の下で『氷壁の床』が出来るのを見た。多分、フィリアの術式だと思う。実際、彼女がその系を使うのを初めて見た。
それをあたかも当然の様に足掛かりにして、羽付きが声を出すのに、黒剣さんは斬り掛かっていた。
「我の在りし所で――なっ、貴様!」
「おらぁぁぁぁ――」
既に威圧の咆哮の勢いで、羽付きを襲う剣擊。――まあ、その人空気読まないから……と見たままにそう思って、炎がくすぶる身体を翻して、避ける羽付きの慌てるのを見ていた。
そのまま続く冷気との共演が、その雰囲気を続行させていく。もう、翼か羽の有り無しでなく、黒剣さんは当たり前に空中戦をしていた。
「誤解」をしてきた人達も、あり得ない状況に呆然を見せている。
その状況で「そこだ」と冷静なダニエルがボルトを放っていた。羽付きが残す炎の明かりに反射して、見えるボルトが少しずれたかと思った。
けれど、黒剣さんの『剣さばき』からそいつが勝手に的になる。初弾は何とダニエルだった。
「ぐふぅっ。――おのれ人ごときが」
「そうか」
軽い何時もの口調に、残っている城壁で黒剣さんは飛んで加速していく。羽付きが迎撃の魔力発動を見せて、フィリアの炎の一閃と交錯した。
弾ける火の粉と輝きに、僕は少し見失う感じになる。回復した視界と視線に映ったのは、黒い大剣が振り抜けて、そいつの片方の太腿から下を斬り裂く所だった。
「ぐごぁぁぁっ、痛っ」見るからに魔物か魔族でも、絶叫するなら痛いのか? と少し他人ごとに思って、足が落ちるのに目線がいった。
「フライパンそれ拾って! 証拠だから――」
フィリアの突き刺さる様な声が、僕の背中を捉えていた。一瞬、『食べるのか?』と過ったそれを振り払い、兎に角『証拠』の確保に向け僕は走り出す。
頭の上では、結構な数で空中に実体化したままの氷壁の床を渡りながら、黒剣さんは羽付きの怒号に「そうか」を返していた。
「ふざけるな! 我の足をよくも―― 赦さぬ」
「そうか」
「貴様! 殺してやる」
「そうか、好きにしろ」
「おのれ! 死ね」
「やってみろ」
青色の鮮血が生々しい、黒く長い『斬れた』足に僕の手が掛かった辺りで、「やってみろ」の言葉が聞こえてくる。掴む手に無理矢理力を込めて、僕はその声を見た。
羽付きの手から放たれる、魔力の塊の輝きが見えた。……詠唱も魔方陣も無しに自然に出されるそれは、そいつがあっち側なんだという証拠になる。――まあ『角』有るし、見たままあっち側だけども。
そして、こっち側の筈の黒剣さんは……それを黒い大剣で叩き斬った。――まあ、あの人ならありかもだけど。
空中で、羽付きが傷口に魔力を当てながら、反対側の手で出した魔力の発光が斬られた事に……そいつは「なぁっはぅ」と変な声を出している。
「くぅう、何だ、おのれ、貴様、この野郎。俺を誰だと思って――」
「知るか――」
飛び火した照り返しを避けて、僕は何と無くの観客席位の様子な居場所も確保する。
それで『我』でも無くなって『俺』になった羽付きに、黒剣さんの剣技の魔刃が複数刺さるのを見上げていた。
――あいつ飛んで無かったら、もう死んでたな……位の決定的瞬間を待っている。そんな気持ちだった。
その期待を白い馬体が遮って来る。見上げたままの視線に、部分鎧を着けた小柄な感じの騎士が見えてくる。何故か、当然の様に剣先が僕に向けられていた。
散った炎の明かりに映える、鎧の胸当ての感じが女性っぽい。――まあ、女の人だろうな。……そこから声が唐突に向けられてくる。
「貴様、あの悪魔だな……違う。あれの手先だな」
ハーフな兜から見える顎のラインが、まあ、美形。ぼっちな僕には、縁の無い部類。――いや、思い切り剣の先がこっち向いてますが。
「ち、ち、違いますよ。何言ってるんですか?」
「貴様、悪魔の手先のくせに――違う、なに?」
きっと貴族の令嬢かなんだろう。僕を襲った騎兵がその周りを守る様に動いていた。――案外冷静なのは、きっと腰に掛かるフライパンのせいだ。
「兎に角、剣を向けないで下さい」
「貴様、あ、……賊の分際で口答えするのか! 我が剣の錆にしてやる。そこを動くな」
話が通じない系の感じと脈絡の無い話方に、ちょっとうんざりする。――大体、『違う』って言っただけだし。動いてもないし……まあ、良いけど。
結局、それで決定的な場面を見逃した。結果、羽根付きは逃げたらしいけども。その流れで、フィリアの「やっぱり逃げた。フライパンそれ……あんた何されてんの?」に「んっ、フライパン?」で、その人が冷静になった。
確保した証拠の確認に、僕を見たフィリアが半ば呆れて、執事らしい人が追い付き……焚き火の辺りで、大きいとおっきいの二人に囲まれる。
「知り合いか?」
「違いますよ!」
「そうか」
黒剣さんの、何時もの若干心地いい距離感に、否定を返しておく。それに、「若様、言ってくだされば」とダニエルの真顔。『何』に言ってくださいなのか分からないどころではあるけども。
そのお約束を挟んで、落ち着きが見える焚き火を囲む光景。名前も知らないパーティー? が二組……なのか。
そこに周囲の飛び火を消して、フィリアが定位置に戻ってきた。懐が深いのか、黒剣さんは組まれた腕を気にする感じは無かったけども。
そのままフィリアの問い掛けが出て来ていた。勿論、彼女の表情は黒剣さんに向けられてる。――それよりも、彼女は既に白銀階級クラスでは無い気もする。
「オース、さっきの奴食べた事ある?」
「無いな、違う魔族なら喰った」
「やっぱり、はぐれの魔族なのね。通りで燃え方が今一だったんだ。なら、もう少しいっとけば良かったかな」
「そうか、やれば良かっただろ……女」
「フィリアだからね……」
僕的にその会話には、まあ、驚きは無かった。ダニエルも僕経由でギリギリ。
そしてハーフヘルムを取った、まあ、美形の彼女。その驚きと困惑と怪訝の表情が、焚き火の灯り浮かんでいた。
それを気にする事なく「そうだ、フィリアだな」にフィリアの表情が明るくなる。その二人の……いや、フィリアの寄せる感じに、美形の彼女は出す言葉を探していた。
――まあ、そうなるよね。流石にクエスト中でヒラヒラ感は無いけど、逆にスレンダーであからさまだし。
「おい少年」の下りで突っ込まれると、動揺しそうな雰囲気の僕に美形の彼女が向いてきた。
困った挙げ句、上から行ける所に来たんだろう。その声が僕には、何と無く馴染んだ感じだった。
「私は、エリル=ライラ・ベルガ・リュラーフィールド、リュラー家の者で騎士爵だ。お前は騎士を従えているようだが、この辺りならネーブ――」
「――違います! 駄目ですそれは」
「何だ? いきなり」
「それは禁句です。この辺ならアルター家です」
とりあえず、黒剣さんには聞こえ無かったようだ。――その辺は『ナイッす』で『グッジョブ』と自分を誉めたい……が、若干、美形の彼女のあれを見る様な視線が分かる。
ストレートな黒剣さんとフィリアと話す様になって、だいぶ戻って来たけど、その感じに見られるとやっぱり駄目だ。自意識過剰なのは自分でも分かるけど。
勢いから無言の僕に、露骨な目から怪訝な目がむけられて来た。――流石に、南部の辺境伯のリュラー家。直系のリュラーフィールドを名乗られたら、勢いなしでは、萎縮のアピールしか出来ませんけど。
「で、お前はアルター家の者か?」
彼女の雰囲気で固まる僕が抱える足を、黒剣さんが取り上げて、何かに言いたげなダニエルに渡すのを僕は少し追っていた。
続けて、肩に掛かる黒剣さんの腕と近くなった息遣いを感じて、黒剣さんの雰囲気が変わるのがわかった。
「お前貴族か? まあ、どうでも良いがフライパン襲った落とし前はつけさせて貰うぞ」
「フライパン、あの『アルターラインの武神』の孫だからね。覚悟しとくといいわ」
――盗賊か! くらいの勢いがあるけど、駄々漏れではない。……フィリアの覚悟って慰謝料とか?
「私が貴族かなどどうでも良い。私は名乗ったのだ礼儀として先ずは名乗れ、それが筋ではないか」
堂々と自信満々に怯む事なく彼女はそう言ってくる。名前も聞かずに襲って来たのに、どの口が言うだと思うけど。
多分フィリアもそう思ったのだろう彼女から「はぁ?」が出ていた。
一発触発な? 雰囲気だと僕は思った。向こうの執事だと思う年配の人もそう見える。堂々な彼女の後ろの二人もそんな様子だった。
ただ、黒剣さんはいまだに駄々漏れではない。そのままの感じに黒剣さんが声を出した。
「先ず謝るのが先だろう」
「そうだな。申し訳ない、勘違いをしてしまった様だ。貴殿らにはすまぬ事をした。この通りだ謝る」
黒剣さんの言葉に、エリル=ライラは即答で頭を下げていた。それに黒剣さんは「フライパンにだ」と付け加えて、彼女は僕にも頭を下げてきた。
「よし、フライパン、お前名前何だった?」
「へぇっ? って、えっ」
「礼儀だと」
「えっ、ああ、フライパンこと……」
名乗りましたよ、そりゃあ。でも、メチャメチャ緊迫してたと思いますけど。
どういう事ですか? くらいの勢いで焦って名乗ったら、彼女が、エリル=ライラがちょっと違う感じに笑っていた。――何と無く気まずいのだけど。
意外と普通に笑うんだと思って見ていたら、フィリアの「おい少年」を打ち込まれて、益々気まずくなった。
その雰囲気にエリル=ライラ、彼女が問い掛けを僕に向けて来た。もう、あの足の持ち主の事も彼女の最初の視線も、さっきの緊迫感で僕には無かったけど。
「お、いや、卿はあのエルライン伯爵の孫と言うのは本当なのか?」
「まあ、一応は……」
「ならば頼みがある。聞いて貰えないだろうか」
ゴタゴタの上に、夜も更けていたその場面で嫌な予感しかしない彼女の言葉だった。