深淵の第一層
「あんた、絶対に家名なんか名乗ったら駄目だからね。大体、何であんたは、ここにいるのよ」
第一層の空間で、大きめな通路を進む最中に、フィリアが、アリルデッドに詰め寄っていた。そして、続くフィリアの小さな声。
「貴族殺しで極刑とか、冗談じゃ無いから」
それには、彼の隣にあるエリル=ライラも、困った風なのは感じられた。
「大丈夫です。今は、只のアリルデッドとしていますので。あと、何故か? なら、エリル=ライラ嬢が、ここにいるからですね」
「はぁ? ライラはうちのパーティーメンバー。でも、あんたは違うから」
「そう、仰らずとも。ご迷惑は、お掛け致しませんので、お気に為さらぬよう」
「はぁあ? そういう事じゃ無いでしょ。まったく……」
と続く、フィリアとアリルデッドの会話。
それは、黒剣さんが、ダニエルとピエールと会話するのを、伺いながらに見える。そして僕は、彼女らの会話を背に、前を並んで歩く三人を見ていた。
一応、彼女らの会話に続いた状況は、ゼフィル候の容認な雰囲気で勝手に察した。
――まあ、気まずいけども。
でも『聞かない。聞きたく無い』と、そんな雰囲気出してるのは、こっちなんだけど。それも、それはそれで……。
演説と説明な広間での場から、透明の遮蔽壁を抜けて予定どおりに、下に降りた。――大体が普通に。
後、何人かは入れるらしいけど、不測も踏まえて、見たまま前後で一〇〇名位の一団。
場所自体は、予習したのも含めて、経験者の三人に聞いた感じでも、要するに迷宮だった。形に幅や大きさに、角度が変化するけど、基本は通路は、城塞地下の様な空間になる。
先頭を最上位階級冒険者のパーティーが交代で進み、行く先は、迷路にも見える。雰囲気的に、分岐や交差もあるけれど、その誘いをみせる先には、古の現物の置かれる台座があるって感じだ。
――なんか、答えて合わせしてる気がするけど。
アイテムに誘われて行けは、監視者に捕まる、という感じで、通路を徘徊する存在が阻む。一応、突然壁から出てくる奴もいるらしく、警戒は必要なんだけど、黒剣さんはいたって普通だった。
出てくるのは、地上と色が違う魔獣に魔物。間々に魔族。ただ、魔族といっても、迷宮にしかいない、戦士の様相な徘徊士と、魔動を使う徘徊師。あらかたがそいつらになる。
――魔族といっても、意志疎通が出来ないから、人形の感じだけど。
そんな、思いにふける感じ全開の僕に、サロモンさんが隣で存在感をだした。
「そろそろですかな」
「分かるんですか」
「大体はこのあたりですかな」
サロモンさんの雰囲気通りに、前方で警戒の声がして、全体に緊張感が走る。
「出たぞ」
「隊列を組め――」
「前衛頼みます!」
聞こえた感じから、そのまま前方で戦闘が始まったのか、詠唱と打撃音がしていた。ただ、僕の周りはさほどでもなく、余裕では無いけど結果が分かっているようだった。
そんな雰囲気の通りに、前方で渦巻く光が見えた。続いて、「≪疾風の雷光≫」と「≪爆風の雷撃弾≫」の詠唱と同時に轟音が通路に響く。
一瞬、焦げ臭い匂いがして、前方は静寂な様子になる。今は、緑階級のパーティーが前衛の筈だけど、中々の威力だった。
「凄いですね。みんな若く見えるのに」
「そうですな。まあ、実績よりも実力重視になったとも、聞いておりますな」
サロモンさんの落ち着いた感じに、僕は観客気分になる。でも、あの事があって改めて、最上位階級冒険者を決めたのだから、急造なのかと思っていたけど、そうでも無いんだなと。
――まあ、最上位階級冒険者だし。それに、まだ、第一層だからな。
と、全く他人事な気分で、先進んで行く。当然、僕らも前衛を交代するんだけども……まあ、強い。
当たり前に二ヶ月程見ていた通りで、「おらあぁぁ――」の勢いに、徘徊する存在を呆気なく蹴散らしていた。
「まだ、先は長いから無駄撃ちしない!」
そんなフィリアらしい指示の感じに、奮われる剣は、恐らく、最上位階級冒険者のパーティーの中では群を抜いていた。
黒剣さんは当然に、ピエールさんも当たり前で、エリルも加わり、おっきい二人の戦棍も中々だった。
――でも、アリルデッドが押し上げてるのは、少し複雑だけど。
まあ、僕は荷物係な立ち位置で、特訓は、あくまでも『自分の事は自分で何とかしろ』の部類だから、エリルに付いていたベルガ候の私兵達の前で、待機の体裁だったけど……。
一応に、一団は戦闘をこなして、交代を繰り返し進み、中央に大きな台座がある大きな空間に出る。第一層の凡そ中間のその場で、徘徊する存在を排除し小休止なった。
僕も取り敢えず、背負い袋を下ろして一休みする。僕はここでも何もしてないけども。
まあ、ここまでは至極順調で、このまま探索も成功するかの雰囲気にも見える。その状況で、ある意味微妙な空気が僕の周りに流れる。
「ウィル、よろしいか……」
「あ、えっ、大丈夫だけど」
エリル=ライラが、申し訳なさげに声を掛けてきた。咄嗟に、大丈夫とは言ったものの、何気に気まずい。
「今回の事は感謝している」
「えっ、良いよ。気にしないで」
――どの今回か分からないけども。
と、取り敢えず、答えてみたけど何と無く、彼女も気まずい雰囲気だった。向こうでは、フィリアがアリルデットを捕まえて、色んな感じに牽制しているようだった。
「彼の事は――」
「ああ、ゼフィル候に聞いたよ。『恋敵』だって目が笑ってたから。何と無く分かるし気にしないで」
「そんなつもりは……」
「いや、元々ふりだし。僕とエリルじゃあ釣り合わないから」
益々壁を厚くした僕に、エリル=ライラは困った顔をしていた。それで、僕は中央の台座付近に少し歩き出す。勿論、エリルから逃げるつもり……と言う訳でもなかったけど。
その感じに、二人で並んで歩く様な格好になる。目の前台座には、それなりのアイテムが中空で回っていた。
エリル=ライラが、何かを言おうとして僅か止まった。僕も釣られて止まる。少し間をおいて、彼女に向いたその時。唐突に横を通り過ぎる人影を感じた。
「全く手応えがないな。こんな事なら、こんなに集める必要なんかなかっただろ」
「馬鹿! 止めろ――」
制止の声に、エリルと二人で振り返る。そこには、逃げろな風の黄階級のパーティーの男の顔があった。
その瞬間、台座の周囲が透明な障壁に囲まれる。咄嗟の事で、台座に向いた僕が見たのは、さっきの人影だと思う戦士が、アイテムを掴んで眺めていた。
――はっ? えっ、何してんのこの人。
と、意味不明な男の行動に、僕は愕然としてそいつの声を聞いた。
「やっぱ、監視者でるんだな」
男の声に釣られ台座を中心を見る。そこには、恐らく、読んでみたままの高位徘徊師が、現れていた。
――馬鹿ですか? 当たり前だろ
若干、怒りに思考が回った。普段温和な僕でも、それは無い。――と言うか、説明聞いてたろ。
その勢いで、周りを見ると エリル=ライラが帯剣に手を掛けて臨戦の様子で動揺していた。
「ウィル!」
「名前は分からないけど、監視者。魔法詠唱する奴」
あからさまに、取り残されたのは三人。戦士の男が剣を抜き放ち、斬りかかって魔力防壁に弾かれて障壁に当たっていた。
唐突で行きなり。半ば何を言ってるのか分からないけども、兎に角、何とかするしかないと腹を括る。そして、流動を合わせながらフライパンに手を掛けて、頭を回転させる。
――エリルは、首飾りがあるから飽和するまで暫く持つ筈。遠距離は防いで、こっちも応戦。弱らせたとこで、エリルにとどめを。何か分からないけど、第一層なら。
自分で自分が信じられない。たぶん黒剣さんと出会う前なら、絶望ですくんでた。
「≪魔力防壁≫」
回す頭の最中で、高位徘徊師の魔力発動に合わせ、防壁を張りそれを防ぐ。
「エリル! 奴の動きを止めるか、弱らせるから隙を見てお願い――≪雷光の弾丸≫」
展開する取っ手付き魔方陣から、放たれる高速の弾丸が、高位徘徊師の胴体に当たる。
「わかった!」
エリルの声と同時に、効果無かったのか、奴のあからさまな詠唱が始まっていく。
――古代魔法? 詠唱に時間が掛かるなら。
ゆっくり動く奴にあわせて、フライパンを振り、僕はその死角に走る。それで、奴も僕を追う感じに回ってきた。
「≪燃える火焔≫」
それにあわせて、詠唱の邪魔をするつもりで、術式をためながら魔力を発動した。――魔方陣の展開と同時に飛翔する炎の塊が、奴の手前四散する。
「≪包み込む炎≫」
エリルが逆に動いたのに合わせて、闇雲に術式を連発する。包み込む炎がそいつを赤く染めていた。障壁の外側では、障壁に向けて魔力発動が当たり輝きを放っている。
一息の流れで、黒剣さんの『中々だ』を支えに僕は、フライパンとシャルロッタに貰った魔装具に、残る魔力魔量を全力で乗せ、流動を合わせる。
その瞬間、消えかける炎で、嫌がらせの魔力発動が尽きて、そいつの詠唱が再び始まった。だけど、それより先に僕の流動が合わさる。
――フィリアに教えて貰った取って置きだ!
「≪爆裂の火焔流弾≫」
そいつ、高位徘徊師の詠唱が終わる一瞬前に、僕はフライパンを振り抜いて、四つの取っ手付き魔方陣を展開した。
そこから燃える火焔とは比較にならない炎が飛び出し四方から襲い掛かる。――爆炎の着弾とそいつの魔力発動が刹那で交錯した。
黒い波動に弾かれる幾つかと、そいつを焼く炎がその場景で破裂する。それに咄嗟で、もう一つの流動待機中の術式を再起発動する。
≪展開型魔力隔壁≫
――認識はエリルと戦士に自分に、迫り抜ける黒い波動の魔力。魔力障壁は、僕らをそれから守ってはくれた。
ただ……高位徘徊師はまだ健在だった。
――銀階級手前じゃあ、こんなもんなのか……。
呆然と立ち尽くしてしまった僕に、腕で顔を覆っていたエリルがそれから戻り、僕に走り来るのがみえた。




