表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/17

深淵と捕食者

  シャルロッタと一緒に来た、背の高い栗色の髪で精悍な感じの彼がそうらしい。

 ――僕も名前は知っていたけど、顔と名前が一致したのは今が最初だった。


「そうか、知っている様だね。それは良かった」


 僕らの様子に満足そうな顔の彼は、自称を「僕」と言ってしまう、ヴォル=ライルの雰囲気だった。

 ただ、フィリアは『だから何?』の風で驚きを隠している様にも見える。


「確かにオースは『強い奴』を探してる感じだけど、仲間するかは、私が決める事じゃないから」


「当然、最終的には彼に試して貰うよ。ただ、ピエールだけではないから、その辺りも含めて君から話をして貰った方が、上手く行くと思うんだけれど、違うかい? 君達はそんな感じの関係なんだろ」


 ノヴァル候の言葉にフィリア難しい顔をした。難しいを向けられた彼は、僕らの視線を酒を酌み交わす二人に促して行く。


「あの二人が、帰還者では無くて、生還者だと言うのは知っているよね」


「ええ。オースは当然。それに、エルライン伯爵がそうなのも有名よね。……孫が『フライパン』なのはあれだけど」


 僕は関係ないと思うのだけど、フィリアさん(・・)


 まあ、良いけど。後、二人が話している『帰還者』とか『生還者』の話で言えば、祖父も黒剣さんと同じ生還者だった。


 ――生還者とは、簡単には言えば、深淵の迷宮の地下部分から、アイテムを持ち出せた人の事だ。


 それに、母方の祖父も、その時のパーティーの一人だったからそうなる。それで、深淵の迷宮からの生還者の凄さが分かるから、黒剣さんがそうだったと聞いた時にも、何と無く受け入れた……。



「僕も彼が『フライパン』を名乗るのはどうかと思う。まあ、それはそれで、話は続けようか。先ず、僕も深淵の迷宮に入る権利はある。勿論、行くのは、君達も知っていると思うけど『下』だけどね」


「上は『開けれない』から進めない。下は『持って』帰ってこれない。だったと思うけど……」


  フィリアの表情が固いのが気になるけれど、彼女の呟いた感じは、当然深淵の迷宮(しんえんのラビリンス)話。――僕の事は、まあ、あれだけど。


 少し突っ込むなら、上は階層の尖塔(スパイア)、下は深層の迷宮(レビリンス)と呼ぶ。


 上では知識が試されて、下は強さが必要とされる。得られる物は相応でその通りにしか行けない。

 尖塔には知識が、迷宮には現物(アイテム)がと人智を超えた領域のものがあった。


 ただ、下の現物(アイテム)は、フィリアの言葉通りに、持って帰れないがついてくる。

 構造は言わすとも、深層の迷宮と言う位なので、当然、深ければ深いほど強くなる感じで、徘徊する魔物や魔獣もいるのだけど。


 ただ、その『徘徊する存在(もの)』が絶対的な障害では無くて、それらを排除しても『まだ』持ち帰る事が出来無いのだ。


 それは監視者(ガーディエン)の存在あるから。


 迷宮構造に、これ見よがしに置いてある、誘う者を惑わす、人智を超えた領域の品々。

 それを手にした者が、その深層の場から出る時、唯一の出入口の前に相応の監視者(ガーディエン)が現れる……


 ……と。知ってる筈だと言われ、無詠唱で調べる(イグザミン)を発動して、自分の記憶を探る僕も『なんだかなぁ』だけど、読んだ本にはそう書いてあった。

 出所は、階層の尖塔(スパイア)の第三階で悪戦苦闘する魔導師達。そこで得た「公開された」領域の知識の書籍。


 ――僕はどちらかと言えば、上がる方が向いてる気がする。……とか考えてると、ノヴァル候が、僕を人形か何かを見る様な眼をしていた。


「その認識なら、監視者(ガーディエン)を倒し深層を抜けて、徘徊する存在(もの)を排除して戻った生還者が凄いのは分かる筈だね」


「確かに、オースは強いし装備も普通じゃないから……分かるけど、それが何?」


「なら、ピエールが下の『第三層』の一つを数人でクリアした生還者といったらもっと驚くだろう。彼が生還者として名を馳せてないのは、僕が『欲張り』と言う事なんだけどね」


 ノヴァル候の最初の言葉に、フィリアは『それがどうした?』と返していたが、驚きを伴う「生還者」の話には怪訝な表情している。


 それを見る僕は真顔で、違う世界の話を遠く感じて、大人しいシャルロッタが少し気になっていた。


 ……取り敢えず、深層の迷宮(した)の話なら祖父のエルライン伯は第四層の。黒剣さんは、聞いた話を繋ぐと第六層の。だと思う。

 後「欲張り」について言うなら、黒剣さんの装備もそうだけど、本来、持ち帰った物の所有権は王国にある。


 それを彼が、王国の管理をくぐり抜けて、黙って自分の物にしてる……の「欲張り」なんだと思う……黒剣さんの装備は知らないけど。


 因みに、理由は分からないけど、荒れな屋敷でボロボロだった黒剣さんの装備は、一晩で元に戻っていた。

 まあ、普通に徘徊してる存在(もの)から、相当だと分かるその層の監視者(ガーディエン)を倒して戻ったと聞くと納得だけども……



「勿論、彼次第ではあるけれど、君達に何かして欲しい訳で無いよ。それに彼にとっても、ピエール達は有益だと思うけどね」


「それで、どこまで知ってるの? ひょっとして、私が知りたい事知ってたりする。……あの時の具体的な事とか」


 若干進んだ二人の会話が、フィリア表情の理由を僕に理解させた。


「さあ、君が彼からどこまで聞いたかは分からないから何とも言えないな。ただね。金貨は人の口を軽くして、権力は人を従順にさせる。強制力と言うのかな。残念な事に、僕には両方あるからね」


「なら、教えてよ。……そう、私が知りたかった事が有ったら、この件はオースに話をしてあげる」


「なら取引と言う事かな。では、漆黒の魔女に裏切りの末の伯爵。それと、隠れていた逃亡者辺りかな。言葉の認識は違うかも知れないけれどね」


 ――フィリアさん(・・)視線が怖いです。


「フライパン! 本当と最悪。やっぱり、この人ノヴァル候ね。いいわ……聞かせて、あの時の事」


「では、取引成立だね」


 最悪な奴は僕ですか? を置き去りに、フィリアの聞けなかった『あの時』の事を彼は話始める。


 シャルロッタの鋭く刺さる感じも『僕が何か?』だったけど、別の意味で、ヴォル=ライルはもっと怖かった。


 前回の探索(クエスト)直後に鍵の監視者(クレフ・ガーディエン)を倒して抜けた彼の事。そう、黒剣の捕食者ブラックソード・プレデターオース=ノワール・リーパ。……黒剣さんの事を当然に調べていた。


 彼の話のに戻すと、「失敗した大規模探索(クエスト)」の時に、黒剣(ブラッソ)さんも黒階級(ブラック)のパーティーに入っていたそうだ。

 ただ、「失敗した」は語弊だと主張する者があるとも、一応には加えていた。


 それは、下の第六層で、上の階層の尖塔(スパイア)の六階にある『第六階層に通じる扉の鍵』とされる物は手に入ったからになる。

 その代償が、当時の最上位階級冒険者(プライムカラーズ)全員が戻らなかった事で、世間では「失敗した」と認識されていたのだった……。


「あざとい手を使って、目的の物と持ち帰った物が違ったのだから、いくらトゥーラント伯がその行為の正当性を主張しても、受けた側は『裏切り』としか取らないよ」


 そう、ヴォル=ライルが言ったのは、エドアール・ネブル・デ・トゥーラント伯爵の事。

 ジグニ候の甥になり、前回の探索(クエスト)の現場の指揮をした者で当時は子爵だった。


「あざとい」について言えば、監視者(ガーディエン)の特性が、各層に限定されたものであるのを逆手に取った行為だった。


 殿(しんがり)を任せた最上位階級冒険者(プライムカラーズ)を残し、自身と供回りに残りを連れて上の層に戻ったタイミングで、鍵の台座付近に潜ませた手の者に台座からそれを外させた、と言う事だった。


「我らがいては、足手まといになると判断した」


 魔王降臨前の必然だと。最上位階級冒険者(プライムカラーズ)なら、倒せて当然ではないかと。国事なのだから、多少犠牲は仕方ないと。


 ――そう聞いて、『馬鹿ですか!』と……言いそうになった。


 深層の迷宮(レビリンス)には、『極の神意』か『獄の神威』なのか制約があり、また、構造的にもだけれど、多数を一度に送り込む事が出来ない。


 ――公開された書籍で言えば、深層の迷宮(レビリンス)こうなる。……凡そ、ノヴァル候の話もそうだった。


 ――深層の迷宮(レビリンス)は……で、螺旋状に重なる円形の各層の通路は、深層を目指すなら中心へ、地上に戻るなら外側に続いている。


 一見迷路かと思う通路の形状は、様々で大きさもまちまちだが、続く道は一つであり行くも帰るも迷う事はない。また、折り返す様に続く通路に、時折、大小の空間が現われ同一層を複数に見せ、門や扉の様相で一つの区切りをつけていた。


 そして、層の空間を網羅する通路を歩かされ、何処からかやって来る、徘徊する存在(もの)――魔物や魔獣とそれに類する者――により、誘われた者達を精神と肉体から疲弊させ、彼らに『純然な強さ』を要求する。


 それは、最深層に向かうに連れて、恐らく脅威を増して、持ち帰るに魅惑的な空間を作っていく――


 トゥーラント伯爵は、送り込める大半を自身の息のかかった者にして、最上位階級冒険者(プライムカラーズ)にフルパーティーではなく、厳選したメンバーを要求した。


 そして「魔王降臨前の必然」を強要する。


 当然と現れた鍵の監視者(クレフ・ガーディエン)――暴然の飢属(ギューラー)――と突発的に対峙した彼らは、凄絶な戦いの末に、当時は銀階級(シルバー)だったオース=ノワール・リーパを残し力尽きる。


 それで黒剣(ブラッソ)さんは、遅れて来て、その凄まじい光景に出くわした、鍵を持ったそれなりの者を連れて帰還した。と言う事だった。


「……何故知っているかは、隠れていた、本来は生還者と呼ばれる者の一人を捕まえたんだ。あの後直ぐに逃げて、行方不明なってたのを探してね」


「あの、トゥーラント伯爵は?」


 あらかた、僕の書庫の知識を補てんした、候の話が途切れた時そう聞いてみた。


「出て来た時は、僅か数人だったそうだ。それなりの者が七、八十名いてね。まあ、行きは彼らもいたし、『帰れない』に含まれる部分も有るんだ」


「それをオースは一人で?」


「その男の話では、鍵の監視者(クレフ・ガーディエン)、名前は分からないけれど、とどめを刺したのは彼だそうだ。当然ボロボロだったらしい。ただ、ね……」


 黒剣さんの事を聞いたフィリアに、ヴォル=ライルは眉を動かしてみせる。


「まあ、取引だから言うけれど、先代の黒階級(ブラック)、漆黒の魔女と呼ばれていた彼女が死に際に、喪失感を持つ彼に言ったそうだ。民の為に持ち帰れと」


 彼は少し言葉を切って、フィリアを見ていた。


「……その上、『戯れ言でも私を愛していると言うなら、私の為にもやってほしい』と言ったそうだ。その男が『それがなかったら、帰れなかった』と項垂れてた。か細い声が、耳から離れないとね」


「そう……」

「でも、間違いだったんですよね」


 僕は、フィリアが呟いたのに、つい口にででしまった。余計かとも思ったけれど……仕方がない。

 何か察したのか、シャルロッタの僕を見る目が冷たくなった気がした。


「ああ、きっと気付いていたんじゃないか。彼を上に戻す為に、敢えてそう言った様に思う。あくまでも、そう思うだけで、確かでは無いけれど。それで、彼は彼女を看取ってから、後ろ髪を引かれるのを振り切ってその場を後にしたそうだ。一つの事を除いて」


「一番始めに食べた」……フィリアの小さな声。


「そうだ。何かに言われてそうした様に、だそうだ。後は、上がるにつれて、装備と引き換えに監視者(ガーディエン)を何体か食べたそうだ。信じられないが、その男が嘘をついている様には思えなかったな。それで、ウィルの所の騎士の話を信じれたよ」


  ――ダニエル。駄々もれだけども。報告だから当たり前なのか。……そこに唐突が訪れる。


暴然の飢属(ギューラー)とか言ったな。そいつが食えば戻れると言ったから食ったんだ」


「オース! えっとね、あれ、その」

「俺の話か?」


 瞬間的な駄々もれ、フィリアもたじたじになり、僕もシャルロッタも身震いする感じに固まった。


「やるなら外でやろうか、リーパ殿。ピエールお相手して差し上げて」


「……そうか」


 黒剣さんの「そうか」までで、僕ら三人とメイドも執事も固まったけれど、相当な三人は冷静だった。


 ……でも、『やるなら』とか何? だけども、本気ですかと。 いきなりの展開に、腰に手がいった。勿論、フライパンは、今吊るして無いけれど……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ