「荒れな」屋敷
――深淵の迷宮――
簡単に言うと、なんか凄い階深層の迷宮……以上。――って違う。
遥か昔、唐突に現れた塔と地下迷宮で、話によると各階深層に通じるらしい。本当は行く事出来ないけれど、そこを通れば行けたりすると。
神教的に、終極と獄落とかの意味。
まあ、黒剣さんはそんな所の「失敗した大規模探索」の生還者。そう言う事らしいけども……
……それはさておき。まあ、取り敢えずはお約束展開で、現在探索中。
当然、僕の役回り、ひょっとしたら最強の餌? くらいの勢いで今回吊り上げたのは……。
『吸血鬼とか聞いて無いですけど! 』です。
そりゃ、あれですよ。アンデットの部類だけど。領民の逃亡で、空き家が目立つ領地の郊外。
見るからに「荒れな」屋敷。
それも夜ですよ。……「早く行きなさいよ。私、中に入るのやだからね」とフィリアの言葉に、「大丈夫だ。私もここで見ているぞ」とエリルのあれな感じを受けて。
「こんばんは~」くらいの雰囲気に、少し開いていた入り口の扉から入った吹き抜けの階段ホール。まあ、僅か数歩で出ましたよ。
――行きなり真打ち登場ですか?……位の勢いで。
読み聞きしたままの吸血鬼。
紳士的な黒と無駄に主張する黒マント。当然、裏地は赤だったりするのだけど。暗闇に窓から差し込むうっすらとした「反射」に光る瞳は紫だったり。
一瞬自分の才能に絶望して、腰に掛かるフライパンの持ち手に手を掛けて……取り敢えず叫んでみる。
「吸血鬼なんて、聞いてないですけど!」
「我が屋敷に無断で立ち入るとは――」
聞こえた声が途中で、二階の窓を破る衝撃音にかき消される。
続いて、聞きなれた黒剣さんの空気読まない声と感じが飛び込んできた。
「おらあぁぁぁぁぁーっ」
声を出すと『強くなるのか』と少し思って、自分が冷静なのに驚いた。
散らばる場景に、見た感じが黒い彼は確かに途中で見えなくなっていた。
――上から来るのか……なんか最近見た光景だ。と言うか『顔真っ黒』って、クロージュヘルムなのか?
珍しく、黒剣さんが冑を着けてる。いや、多分初めて見たのだけど、少し、やな予感がして頭の中で術式を探っていく。
僕の瞬間の思考と交錯する一撃目は、流石に吸血鬼もかわしていた。
――『おらあぁぁ……』だし。
かわした階段の上で、幻影の様に移動する吸血鬼に黒剣さんは剣を奮っている。
無駄に伸びた爪と翻すマントの裾で迫る、吸血鬼の物凄い動き。それを捌き返す黒剣さんの剣勢。
見るからに強いが交錯して、手摺や壁と床に音を立てて傷を刻ざんでいた。
絶妙な距離で観客な僕の頭の上を、氷結の槍が吸血鬼を目掛ける軌道で、走って行った。
「見た目人ならあれよ。杭とか効くんでしょ」
「陛下より賜りし白銀色の鋼の短剣。ゆえに、アンデッドにも効果がある筈」
氷結の砕ける音と続く剣劇。それと後ろに並んだ二人の声が聞こえていた。
僕は二人に構わず、探った術式で魔体流動を合わせフライパンの竜水晶に魔力を通していく。
それで、『魔動防護術式』を……詠唱無しで、待機状態にした。
コツを掴めば意外といけると、続けて魔装具の方に流動待機で雷光の弾丸の魔動術式のタメを作っておいた。
――取り敢えず二つは行けた、少し嬉しい。
若干不毛な思いの瞬間に見上げる光景とで、無言の間を作った僕にフィリアの声がする。
「フライパン、何とか言いなさいよ」
「何ですか?」
「聞いた事に答えなさいって」
――『ああ、杭にミスリルね』……と「聞かれたのね」位冷静なのは黒剣さんの黒い大剣が吸血鬼に届いているからだ。
大体、読書好きがなら、何でも知ってると思うのがあれだけど。一応、距離感はヤバそうな場所で答えは出してみた。
「えっ、効果はあるかもですけど、黒剣さんの『剣』あったら、関係無いですよね」――斬ってるし。黒剣さんなら、真っ二つにするまでありそうで……。
「あっ、そ、そうね」
「黒い大剣もミスリルなら、エリルの短剣も効果あるかもだけど」
「そうか、なら私も上に――」
「エリル、止めた方がいいよ。下手に近付くと『邪眼』有るから。受けると不味いし」
恐らく僕は、そんな運命の元に生まれているのだろう。言った側から、来ましたよ魔力発動。――まあ、そっちのけで話してだから、あれだけども。
「貴様らごちゃごちゃと鬱陶しいわ!」
吸血鬼らしくない言動に、思わず見上げた先は、紫色の瞳が光る光景だった。
僕は、咄嗟に両手を広げて、後ろの彼女達をかばった。そのまま、流動待機中の術式を再起発動する。
展開する魔方陣から、弾丸の様な魔力が吸血鬼に向かい、相手の魔力と交錯して掻き消される。
その後、衝撃を受けたので、こっちの術式が飽和されたのが分かった。
中々に全身が痛い。意識が遠くなる。
――ひょっとして、死ぬのか?……と思いはした。
何故かフライパンに思いが行き、「ごめん、君の可能性を見つけてやれなかった」そんな事を考えて僕は意識を失った様だった……
……その時の事はよく覚えていない。――なんかフィリアの声とか聞こえた気がした。
一応、生きていたらしく目覚める感覚がある。開いた目がエリルの覗き込むのを見つけていた。
状況的に、「膝枕?」的な感じが後頭部で感じる。ゴツゴツした感触にエリルの反対側から、いや、恐らく身体の延長から黒剣さんの顔も出てきた。
「フライパン、朝飯だ」
「あ、黒剣さん……えっ、何で膝枕?」
「フィリアがやれと」
掛けられた声に、状況を認識して起き上がる僕を見る彼女達の声がしていた。黒剣さんの「いや、あれだ、朝だ」の言動に、彼女達が普通に笑っているのだけども。
「はははっ、どう? エリルが覗いた時『膝枕』して貰ってると思った?」
「どうしてもフィリア殿がそれらしく装えと。本位ではない……」
「どっちでもいい。朝飯作ってくれ」
完全に置き去りの僕は、状況が理解出来ない。一応、あの屋敷の入り口辺りだったけど。
「あの、どうなりました?」
「なに? ……ああ、吸血鬼。逃げたわよ。それよりフライパンが、いきなり倒れたからびっくりしたわよ」
「はあ、そうですか」――いや、魔力発動思い切り受けましたけど。
「逃げたとは少し違うと思う。相手は交渉だと言っていた」
エリルの真面目な感じを要約するに、朝方迄やり合ってきりがないから「明け渡すから追うな」だったそうだ。……まあ、探索だから、倒す必要は無いのだけども。
「どんだけ体力あるんですか……黒剣さん」
「何言ってんの。私達が思い切り支援したわよ。おかげで徹夜とか……もうあり得ないんだけど」
――フィリア……さん。貴女が受けた依頼だと思いますが。と言うか、黒剣さんの装備ボロボロになってる。
「凄い事になってますね」
「ああ、前のよりは弱かったけどな」
「二回目ですか?」
「んっ、あれだ。戻る時に似た奴とやった」
「そうなんですか……服ボロボロですね」
「腹へったな……筒の肉焼いてくれ」
「分かりました。フライパンですね」
取り敢えず、屋敷の入口で交わした会話が、僕と黒剣さんらしく終わり、彼の分の朝食をフライパンに任せた。
一応、エリルが教えてくれたけど。……魔力発動をまともに食らって倒れた時、彼女よりも先にフィリアが全力で魔力を通してくれたそうだ。
「言わない様に言われていたが、彼女が居なかったら恐らく……」
要するに、フィリアは命の恩人らしい。なんか助けられてばかりだけど。エリルには、「言った事は内緒にして欲しい」と念を押された……。まあ、心の中で感謝して、いつかお返ししようと思った。
ただ、であるけれども。
――邪眼じゃなかったのかよ。……そっちならまだ防げたのにと少し考えてしまった。
大体、魔力ぶつけられたら、吸血鬼に今の僕が魔力魔量て勝てる訳がないし。
その事を彼女達に言ったら、当たり前にフィリアは待機状態で、エリルに至っては、有名な魔導師の術式を刻んだ「首飾り」が有るからと問題にもしてなかった。
――庇ったのは、明らかに無駄だった……のかと
「これが無いと、王宮内は歩けないゆえ……」
落胆にエリルがそう言って、チョーカーの形からネックレスに変わる様子を見せてくれた。
――それは少し反則な気がする。魔力耐性絶大とか……まあ、リュラー家の当主継承者なら当たり前なのか。
「大変なんだね」……若干愛想笑いの自覚がある僕に、エリルも苦笑いしていた。
微妙な空気を食事を終えた黒剣さんが……「帰るぞ」の言葉で両断したきた。まあ、みんな寝てないしここにいる理由も無いので、当然帰路に着くことになった。
「フライパン、帰りも御者だから寝ないでよ」
普通な感じのフィリアに、心の中で感謝して高めのテンションで、「任かされました」と言ったら怪訝な顔をされた。
取り敢えず、気配は消して僕は馬車を走らせる……黒剣さんが横に寝てるから、帰りの道中は安全だと思うけど。――まあ、うるさいのはあれだった。
この街の暁の冒険者商会の支店で、手続きを済ませて、拠点にしてるリーンバーンまでの道中は、それなりに早かった。
到着して、一応いつものカウンターでシェリーさんの愛想笑いを貰って……。「フライパンさん。伝言を預かってます」の笑顔を向けられる。
伝言は、御祖母様からで、「ベルーディークにおいでなさい」との事だった。
一応、エリルの件で進展があったみたいだ……。




