妄想探偵 黒野心
妄想探偵
「――こういった理由から犯人は犯行に及んだのです。つまり、黒板に書かれたこの文字は犯行予告のための予行練習だった」
神山中学校の朝のホームルーム前に、たれ目の少年は教壇の前に立ち二十五名のクラスメイトを前に淡々と言葉を紡いでいった。
たれ目の少年――ココロは一年ニ組の男子中学生。
今行われている推理ショーは、神山中学一年二組恒例の朝のイベントだ。
犯行だの犯人だのただ事ではないことを言っているが安心してくれ。
実はこの犯人とその犯行――存在しないし、起きてもいない。
つまり、でたらめであり妄言なのである。
おそらく、昨日の放課後に誰かの悪戯で書かれた、「バカ」や「あほ」といった下らない落書き対して推理をしているようだが、よくここまでこじつけることが出来るな。
ある意味尊敬に値する。
「そこまでだ。ホームルーム始めるぞ」
私は、この推理ショーを中断させた。
「えー」
生徒からの残念がる声。
私も聞きたいのは、やまやまなのだ。
なんだかんだ言って、ココロの推理ショーは気に入っている。
しかし、学校のルールには従わなければね。
「そうですね。ただ、おそらく『おたんこなす』、『勉強しろ』なのでしょうが、何故『おたん○な○』、『勉強し○』というように、変な場所に伏せ字を使ったのか、というところまで行きたかったのですが」
残念そうに肩を落とすココロ。
「まあ、明日の楽しみにとっておけ」
「はい」
ココロは頷くと自分の席に戻っていった。
「さあ、お前らも席に着け。ミオもほらぼっとしてんなよ?」
私はそう言い、ミオのツインテイルの髪を避け、背中をポンと押した。
「……セクハラ」
ミオはボソッと呟く。
まったく、いつもいつも。
どこで覚えたセリフなんだか。
ミオはこうやって、担任である私を困らせている。
今日はいつもより元気がないみたいだが、昨日鍵の掛け忘れで逃がしてしまったウサギが心配なのだろう。
教育指導は担任の仕事だとかで、ミオと話はしたがミオ自身、責任を感じているのはいいことだ。
全員が席に着きホームルームを始める。
ホームルームは何事もなく終わり、授業も何事もなく終わった。
そして――放課後。
ミオは飼育小屋の南京錠を開け、ウサギに餌をやり、玄関の下駄箱の前においていたカバンを取りに行ったのだが、置いていたはずのカバンが――無くなっていた。
翌日――
私は、職員会議が終わると同時に一年ニ組に向かった。
ホームルームにはまだ早すぎるが、きっとはじまっているはずだ。
ココロの推理ショーが。今度は、虚構でも妄想でもない。本物の推理が始まる。
教室につくと、今まさにココロが教壇の前に立ち、推理ショーが始まろうとしていた。
ココロは私に気付くと一言。
「黒川先生、止めますか?」
「いや、続けてくれ。私はココロの推理を聞くために早く来たんだ」
教室内で犯人捜しなどもっての他だ。だが、どうしても聞きたかった。
昨日の放課後どれだけ探しても見つからなかったミオのカバン。
それがどこにあるかだけでも。
私は教員用の椅子を持ち教室の一番後ろに座った。
さあ、聞かせてくれココロの推理を。
「えー。それでは、始めます。昨日ミオちゃんのカバンが無くなりました。」
ココロは気を遣ってか、ミオに視線を落とす。
ミオはやはり落ち込んでいた。
不幸が立て続けに起きたのだ。誰だってそうなる。
「ミオちゃん。続けても大丈夫?」
「うん」
ミオは頷く。
確かに自分の不幸話が議題に挙げられるのは不本意だろう。
それでも、聞いてみたいという好奇心がそうさせるのだろうか。
「では、続けます。ミオちゃん、昨日の放課後、確実に玄関に置いたのかな? 勘違いとかじゃなく」
「うん。間違いない。靴に履きかえるとき自分の下駄箱の前においたの」
ココロの質問に対しミオは答える。
すると――
「わたしも保障する。下駄箱までは一緒だったもん」
ミオの友人であるシノは、椅子から立ち上がるとポニーテイルを揺らしながら、ミオの補足をした。
なるほど、確かにこれでミオの勘違いという線はなくなった。
「わかりました。ということは――誰かがわざとミオちゃんのカバンを持ち去った可能性が高くなります」
クラスがざわつく。
皆予想はしていただろうが、口にして言われるとざわつきたくもなる。
お前じゃねえの? などと茶化す声が聞こえる。
こうなるからこそ、本来教師としては犯人探しはすべきではないのだ。
ココロは一旦皆を鎮め、続ける。
「ではまず、誰がよりも何故から考えましょう。考えられるものとして一つ目。金銭目的――ミオちゃん、カバンには財布とか携帯って入ってた?」
「ううん。財布も携帯もわたし持ってないから。それに……教科書も机の中に入れてたからカバンの中は筆箱とプリントだけ」
ミオは恥ずかしそうに答えた。
すると、男子生徒が、「大丈夫だって俺も置き勉してるし」とフォローする。
「わかりました。ということは、金銭目的ではない。仮に金銭目的でカバンごととったにしても、金目の物がなければ、問題になるのを防ぐため、場所が違ってもわかりやすいところに置きますからね。では、考えられるのはミオちゃんに恨みを持つ者の悪戯か、外部からの変質者による変態行為か――」
そこまでココロが言うと、ミオの体がビクッと脈うち震えだした。
ココロはそれを見逃さず焦りながらもミオを落ち着かせようとする。
「あ、ごめん。大丈夫部外者はないから!皆が下校中に変な人入ってきたらすぐわかるから」
それを聞き、安心したのかミオは少し笑顔になり――
「ありがとう。いいよ続けて?」
と返した。
ココロは一つ咳払いをし推理を続ける。
「えーと。さっき言ったように変質者の筋はありません。ということは何らかの恨みをもっていたか、先ほど言いそびれましたが、その他のなにかです」
沈黙を守っていた私だが、ココロの言葉にひっかかりを感じ質問する。
「ココロ。その他の何かってのは?」
「誰が何をどうやって、というような一般的な道筋が全く通じないような不思議な現象が起こった場合です。つまり、偶然が重なるとか奇跡が起こるなどですね」
ココロはその質問を待ってましたと言わんばかりに即答した。
私は補足も含めココロに確認する。
「ということは、馬鹿な話。妖怪が持ち去ったでもいいわけか?」
「それも、含みます」
クラス内に苦笑が広がる。ミオもそのやり取りが面白かったのか口を押えていた。
少し恥ずかしかったが、ミオの心が軽くなったのなら意味はあった。
そして、ココロは咳払いで場を制し次のステップに進もうとしたのだが。
「な、何やってるの!」
ここで登場したのが南先生。このクラスの副担任というわけだ。
そうか、もうホームルームの時間になったのか。
クラスが騒ぎ出す。
昨日のカバン紛失の件について担任と副担任でホームルームの時間を使い話をする予定だった。
しかし、せっかくここまできたのだ。
邪魔されるわけにはいかない。
「南先生。ホームルームは中止です。ここに座ってください」
私は今日休みの生徒の椅子を借り、自分の座っていたスペースの横に置いた。
「でも、黒川先生。こんな犯人捜しみたいなこと!」
「生徒の自主性を尊重しましょう。座ってください。責任は私がとります」
女性にこんな顔をするのは初めてだが、目を細め南先生を威圧する。
「……わかりました」
私の真剣な表情が伝わったのか、南先生はしぶしぶ私が用意した椅子に座った。
「すまないココロ。続けてくれ」
私は、ココロに話を進めるよう促す。
「では、続けます。『何故』に続き今度は『いつ』、時間について考えましょう。これで犯人が絞れます。ミオちゃん、カバンを置いてからどこに?」
「飼育小屋だよ? わたし飼育委員だし、ウサギに餌をやりに」
「どれくらいの時間いたのかな?」
「ええと、餌は飼育小屋の横にあるからそんなに……でも、ウサギたちの様子も見てたから、二十分くらいかな」
「カバンを置いたのは何時頃かわかる?」
最後のココロの質問に対しミオは口ごもる。
そこで、シノが手を挙げた。
「あ、わたし、わかるよ! あのあと塾だったから時計みてた。四時二十分!」
それを受けココロは続ける。
「つまり、犯行はニ十分から四十分の二十分間ということになります。誰かこの時間帯、下駄箱でなくともその周辺にいた。という方いませんか?」
ここで、またクラスがざわめく。お前見た?いや。お前は?など生徒内で問答が続く。そんな中、一人の男子生徒が手を挙げた。サッカークラブ所属のサトシだ。
「たぶんオレいたよ。クラブで運動場に行ったんだけど教室にスポーツタオル忘れちゃって、すぐ教室に向かったからそのぐらいの時間だと思うんだけど」
「ありがとう。じゃあ、質問するよ? 下駄箱近くを通った時誰か見てない?」
ココロはサトシに質問する。
これで犯人はわからなくとも、真実に近づく。
さあ、誰だ。誰を見た?
クラス皆がサトシに注目する。
最初反対していた、南先生の固唾をのんで耳を傾けている。
「え、えっと確かあの時階段から降りて下駄箱に向かった人がいて……」
「誰だかわかる?」
必死に記憶を絞り出すサトシ。
気になって仕方がないクラスの皆。
後押しをするココロ。
そして、サトシの口が開かれた。
「あ、思い出した! あの時下駄箱に向かってたのは――ココロだ」
「えーーーーー!」
クラス全体が騒ぎ出す。
隣の南先生も目をパチクリさせている。
私も皆と同じ気持ちだ。
まさか綺麗に道筋を立てておきながら、当の本人が事件の中心人物になるなんて。とはいえココロの事だ。
きっとここから名推理が待っているに違いないと、私は思っていた。しかし、次に待つ彼の推理に全員がさらに驚嘆する。
「はい。実はサトシくんの言う通り、僕はそこにいました。そして、僕はミオちゃんのカバンを確認しています。それは、多少の誤差はあるかもしれませんがミオちゃんがカバンを置いてから約十五分後」
南先生はいてもたってもいられなくなったのだろう。
椅子から立ち上がりココロに質問する。
「じゃ、じゃあココロ君がいなくなってからの五分間にカバンを誰かが盗んだってこと?」
そういうことになる。五分間で盗むとなるとかなり人数が絞れる。
誰だ。まさかサトシ? いや、下駄箱から職員室は近い。教師の誰かなのか。
「ま、待ってよ! それっておかしい!」
声を荒げたのはミオだった。
ミオは焦りながらも言葉を紡ぐ。
「だ、だってココロくん! 玄関前でわたしと会ったじゃない!」
どういうことだ。ココロと玄関であったなら、カバンを確認してからのタイムラグがほぼないじゃないか。一体どういう……。
クラスの生徒達は更にヒートアップしていく。駄目だ。抑ええられない。
そんな狂乱の中、場を制したのはやはりココロだった。
「あー。あー。みんな落ち着いてください。説明しますから」
クラスが一気に静まり返る。
ココロなら、この名探偵なら、よくわからない状況をひっくり返してくるに違いない。
「えーと。では、カバンを盗った方法について考えてみましょう」
そうだ。方法については全く触れていない。
ココロは続ける。
「誰が来るともわからない状況で、カバンを持ち去るのはとても危険ですよね?例えば、先生が持っていたらすぐわかりますし、生徒が持っていたらカバンがニつになってしまう」
確かに。自分から怪しいと言っているようなものだ。
「と、言うことは時間のない中一番手っ取り早い方法としてカバンの中にカバンを入れる方法があります」
なるほど、犯人はそうやって短時間でカバンを持ち出したのか。誰にも怪しまれずに。
「ところで、ミオちゃん。僕と玄関ですれ違った時何か気付いたことはないかな?」
ココロはミオに問う。
「え?特に誰もいなかったような」
おそらくそうじゃない。ココロが聞きたいのはきっと……。
「例えば、僕を見て何か違和感とかあったんじゃない?」
ミオの表情がみるみる変わっていく。恐ろしいものを思い出したかのような。そして、ミオの口から衝撃の事実が飛び出した。
「カバンが、ココロくんのカバンが・・・パンパンに膨らんでた」
……やはりそうか。ミオのカバンを持ち去った犯人はココロだ。
「はい。ミオちゃんのカバンを盗んだ犯人は……僕です」
教室が静まり返る。驚きや困惑、それ以前に皆唖然としていた。
そんな中、シノが切り出す。
「コ、ココロくん。じゃあ、ミオのカバンは?」
ココロは、申し訳なさそうな表情になり、少しの沈黙の後、口を開く。
「……カバンは燃やしました」
ココロの言葉を聞きミオから涙があふれる。その涙はおそらく、カバンを失った悲しさよりも友人に裏切られた悔しさからなのだろう。すると、南先生が、ココロに尋ねる。皆が忘れていた最初の前提。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 黒川先生に聞いたけどココロくん。あなたが最初に言ったっていう『何故』がわからない!ミオちゃんに恨みなんてあったの?」
流石、南先生。これで真実に、確信に迫る。ココロはシノに優しげな表情でこういった。
「シノちゃん。これから、ミオちゃんにとってもっと辛い話をしなくちゃいけない。だから、ミオちゃんをお願い」
「……うん。わかった」
シノはココロの表情をみて悟ったのか、ココロの願いを受け入れ、ミオの肩を抱き引き寄せた。
「ミオ。大丈夫だから、ココロくんの話最後まで聞いてみよ?」
「うん。」
ミオは涙を流しながらも、頷く。そして、ココロの話は最後の段階に入る。
「お待たせしました。南先生の質問に答えると、僕はミオちゃんに恨みはもっていません。むしろ仲のいい友達だと思っています」
「じゃあ、なんで」
ココロの答えに対しさらに質問をぶつける南先生。
「はい。ですから、ミオちゃんに謝る前に最後の話をしなければなりません」
ココロは一拍置き、続ける。
「一昨日、一匹のウサギが逃げました――」
……。私は、そこまで聞くと席を立った。
「黒川先生どうしたんですか」
南先生が私に話しかける。
「少しトイレに。南先生はココロの話、ちゃんと聞いてあげてください」
「え、あ、はい。もちろんですが」
「では」
そして、私はその足で職員室へと向かい辞職願をデスクの上に置き――学校を去った。
数時間後――
私はファーストフード店で昼食をとり、学校関連の店の前に来ていた。
すると、店の前に見知った人影が一つ。
「何故ここにいるんだ? ココロ」
きっと全速力でこの場所に来たのだろう、息が荒い。
「きょ……今日は、ど、土曜……です……から」
「わかった、わかった。少し落ち着け」
私は、歩いて数歩の自販機でスポーツ飲料を購入しココロに渡す。
ココロはそれを一気に飲み干し息を整える。
「すみません。えーと、理由ですが午前中で学校が終わった僕は、学校指定のカバンで学校の購買部以外で買える場所はここしかないと思いまして」
「全てお見通しか」
「まあ、来るとは思っていましたがいつ来るかはわからないので、長期戦覚悟だったのですけれど」
そういうとココロは自分のカバンから小説を三冊ほど取り出した。意外だな、推理物だと思ったが全部ファンタジ―物だ。
それにしても、すでにカバンを購入済みということは予想してなかったのだろうか。
……ココロの事だ。私の性格を理解した上でのことだろう。
「ここでの長話もなんだ、カバンを買ってくるからどこか――」
「あ、いえ。カバンはもういいんです。僕が弁償することになりましたから」
「そうか、それならこれを持って行ってくれ」
私は用意しておいたお金をココロに渡した。
「すみません」
「いいんだよ」
私はココロを誘い、ニ人で近くのファミレスに行くことにした。
店内にて――
「好きなもの頼んでいいぞ」
「あ。ありがとうございます。じゃあ、ドリンクバーとチョコジャンボパフェを」
甘いものが好きなのか。
私はドリンクバーのみを注文する。
パフェが届き、話は本題に移る。
聞かせてくれ。私が出て行ったあと教室で話したココロの推理。そしてココロがこの事件に関してどこまで知っているのかを。
「実は、先生が教室から出て行ったあとの推理ですが、おそらく黒川先生が想像しているものとは全然違うものになっています」
「ほう」
確かに気になっていた。ココロのこれまでの話し方から違うのは薄々感づいてはいたのだが。
「では、話します」
◆ ◆
「一昨日、一匹のウサギが逃げました。」
そこまで言うと、ミオちゃんは肩をビクッとさせます。
それを感じたシノちゃんは「大丈夫だから」と声をかけました。
そして、南先生は僕をにらみつけます。
僕は、気にせず先に進みました。
「そのウサギは、ミオちゃんが大好きでした。しかし、一度でいいから外の世界が見てみたかったのです」
もちろん、これは僕の想像です。ウサギにそこまでの思考があったかなんて僕にはわかりません。
僕は続けます。
「周りのウサギたちはそれを止めます。『やめとけ、ミオちゃんに迷惑がかかる』と。それでも、ウサギは自分の好奇心を押えきれませんでした。ミオちゃんに申し訳なさを感じながら広い大地に飛び出したのです」
みんなは、僕の話を真剣に聞いてくれました。南先生に限っては頭にはてなマークが浮かんでいましたよ。
「しかし、日が沈み、夜が明け、昼が過ぎたころウサギは体中泥だらけでヨロヨロになっていたのです。毎日餌をくれるミオちゃんはいない。かわいがってくれるミオちゃんはいない。何とか雑草を食べることで空腹は満たすことはできましたが、慣れない大地。体がついていきませんでした。そして、ウサギは……走ってくる車に気付かずに……」
ミオちゃんはもちろん泣いています。そして、何人かその光景を想像したのか、涙を流していました。
「怪我を負ったウサギは思いました。ああ、帰りたい。帰ってミオちゃんに謝りたい。そして、引きずる足で学校へ向かいます。そこで目に映ったのは一つのカバン。見覚えのあるカバン。そこからは、懐かしい匂いがした。間違いないミオちゃんのカバンだ。そして、ウサギは――」
「ぴょん吉」
ミオちゃんは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら声を絞り出しました。
だいたいの察しがついたのか、シノちゃんは目に涙をためミオちゃんと抱き合っていました。
「はい。僕が下駄箱に着いたとき目に入ったのは、ミオちゃんのカバンからはみ出したぴょん吉の足だったのです。だから僕はぴょん吉の息絶えた姿を誰にも見せないために、カバンごと運び出したんです。特にミオちゃんに見せるわけにはいかなかった。ぴょん吉もたぶんそれを望んでないと思って。騒動が収まった後こっそりぴょん吉は飼育小屋の横に埋葬。血の付いたカバンは焼却炉に放り込みました。……これがことの一部始終です」
クラス全体にすすり泣く声が聞こえます。
最後に僕はミオちゃんに歩み寄ります。
「ミオちゃん。僕がぴょん吉を運びミオちゃんとすれ違う時、ぴょん吉の声が聞こえた気がしたんだ」
「え?」
ミオちゃんは、くしゃくしゃになった顔をあげ僕に聞き返します。
僕は続けます。
「『ミオちゃん。ごめんなさい。いつもありがとう。』って」
「ふ、ふえぇぇぇ……」
ミオちゃんは、堰を切ったように声は響き、涙は更に溢れ出しました。
これで、僕の推理ショーは完全に終わりを告げたのです。
◆ ◆
「…意外だな。まさかそんな展開になっていたとはね」
ココロの推理は、ほぼ空想で創られたものだとしても論理的、最悪理屈は通っていた。
しかし、これはどうだろう。
「確かに矛盾だらけで、ひやひやものでしたけれど何とか上手く収まってくれました」
「なるほど。人は、論理や理論より感情を優先することがある。それがいい例だよ。南先生あたりは、気付いていたんだろうけど、何も言わなかったのなら、黙認していたのだろうね」
そう。真実よりも感動的な嘘の方が幸せだったりする。
これで、一つ私の心残りは消えた。
そして、重要なものがあと一つ。
「ココロ。話してくれ。君は真実をどこまで知っている」
「どこまで、といいますと?」
「とぼけなくていい。私が犯人だといつ気づいた? わかっているから私を待っていたんだろう。もちろんミオを気遣ってだろうが、ウサギがカバンに潜りこんだというのも全くのでたらめ。本当は――」
ココロは、そこまで話す気はなかったのだろう。
しかし、私は一番このことがきになってしかたがなかった。
そんな私の心情が伝わったのかココロはゆっくり口を開く。
「はい。僕がミオちゃんのカバンを確認したとき見たのは、車に轢かれたぴょん吉ではなく…目玉をくり抜かれ、所々切り裂かれた、無残な姿の何かでした」
ココロは、続ける。
「実は、黒川先生が犯人だと確信したのは、先生が教室を出てからです。カバンの消失とウサギの失踪を関連づけられるのは、実際に見た僕と犯人だけですから」
「なるほど、しかしその言い方だと察しはついていたのだろう? いつからだ?」
「ミオちゃんがウサギ小屋のカギをかけ忘れたと聞いてからです。あれは先生がでっち上げた嘘ですよね?」
まさか、そこからわかっていたのか。
皆がただの確認ミスと思っていたものをココロだけはそう思っていなかった。
私はココロの質問に対し質問で返す。
「何故わかる?」
「では、実際に想像してもらえますか。目の前にはウサギ小屋。右手には鍵。鍵を使い小屋の南京錠を開錠し、扉を開けます。…さて、左手には何を持っていますか?」
しまった。なんて私は愚かなのだ。
こんなことにも気づかないなんて。
「南京錠だ」
「はい。そうですね。仮にポケットに一旦仕舞ったにしても職員室に鍵を返すまでには気付かないとは思えません。そして、ミオちゃんに指導を行ったのは黒川先生だった。人の記憶は曖昧です。強く、『鍵をかけ忘れたんだね』と押してやれば、自信は簡単に喪失します」
その通り。私はそうやって、ミオに罪を押し付けウサギを手に入れた。
「そして、動機の事ですが……ミオちゃんがいつも言っていたあの言葉ですね」
「そうだ。私はほぼ毎日ミオにセクハラと言い続けられた。本人はたいして本気では言ってなかっただろう。もちろん私が気に食わなかった感じでもなかった。だから、私も挨拶みたいなものだろうと割り切っていた」
私は、続ける。
「しかし、ある問題が起きた。誰かがこのことを親に話し、それがきっかけで大規模な会議が行われた。もちろん、ミオ本人が弁解してくれたおかげですぐに収まった。だが、あまりにも噂が広まりすぎた。一度張られたレッテルは容易く剥がれない。だから今でも言われるよ。ロリコンとか変態とかね」
「そうですか」
「……ありがとう。スッキリしたよ。流石は名探偵だ」
「そんなものじゃないですよ。結局ぴょん吉は死に、ミオちゃんのカバンを燃やす羽目になりましたから。実は、黒川先生がぴょん吉を誘拐し、ミオちゃんのせいにしたと気付いたとき、これで黒川先生の復讐は終わったものだと思ったんです。僕がもう少し、まだ終わっていないと、想像を働かせていれば、最低限ぴょん吉の隠し場所も予測できたのに……」
ココロは悔しそうに眉を寄せている。
「因みにウサギはどこに隠してたと思うんだ?」
「わかったのは事件が起きてからですが、ミオちゃんの下駄箱のロッカー。その縦列の最下段である、今は使われてないロッカーですよね?」
そう。大抵下駄箱で靴を履きカバンを置いて外に出るとしたら、カバンを置く場所は自分の下駄箱の前になるはずだ。だからこそ私はそこに隠しておくことでミオのカバンにウサギを入れる時間短縮を図ろうと考えた。
「正解だ。……ココロ。お前は悔しそうにしているが、落ち込むことなんてないだろう。事実ミオは美談によってトラウマを背負わずに済んだ。それは、お前でなければ出来なかったことだ」
そして、私は席を立ち――
「よくやったなココロ」
伝票を片手に持ちその場を離れようとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。どこへ行くつもりですか?」
どうしたのだろう。もう話すことはないはずなのだが。
私は答える。
「もちろん自首するつもりだが?」
「……ということは、もしかして辞表か何かに事件の事を書かれてたということですか?」
「そうだ」
「それなら、やめといた方がいいですよ」
どういう意味だ。
今頃会議が行われ警察が来ているはずだが。
「僕が、行った推理ショーは南先生も見ていたんですよ。職員室はパニックになっていたかもしれませんが、南先生が一年ニ組でのことを話したはずです。ですから、ミオちゃんのためにも、学校の評判のためにも警察には言わないでしょう。もし、先生が自首すれば全てが水の泡になります。それに先生が言ったんですよ? ミオちゃんはトラウマにならずにすんだって」
はは。馬鹿だな。私は。
結局自分の事しか考えていない。
「そうだな。自首はやめるよ。しかし、これからどうするか……」
「自首することも一つの責任の取り方だと思いますが、罪悪感を背負いつつも反省することもまた責任をとることになるんじゃないでしょうか」
中学生とは思えない思考だ。
これからいったいどんな大人になるんだろう。
私は少し考え答える。
「わかった。また別の学校で教師でも目指すよ」
「それがいいと思います。僕は結構、黒川先生が好きなんですよ。みんなもきっとそう思ってます」
これで結局ココロは、ミオだけでなく学校の評判。そして私の人生。合計三つも救ってしまった。
「そうか。……聞きたいことがあるんだがいいか」
「なんでしょう」
「昨日の朝、推理してたあれ。どうなったんだ?」
これもまた、気になっていたものの一つ。
ココロの推理では、伏字が気になるといっていた。これはおそらく伏字の部分を抜き取り並べ替える単純なもの。答えは…『コロス』となる。
「黒川先生は、今朝の黒板見ましたか?」
「いや、ココロの推理が気になってみていなかったな」
「そうですか。黒板には様々ないたずら書きの中におかしな伏字がありました。モロヘイ○、○玉焼き、○こ焼き」
「適当だな」
「本当にどうでもよくなったんでしょうね」
そうか。ココロはこうやって先に、起こりそうな事件を予測し、想像で作り上げた推理を披露することで抑止していたのだ。これがココロの推理。
「そうか、『コロス』のは『やめた』んだな」
「みたいですね。もちろん実際に殺すつもりはなかったんでしょうが」
とはいえ、そのまま放っておけば、傷害事件に発展していたかもしれない。
誰かは分らないが、ココロはその生徒の悪意を見事沈静化させた。
「最後に一つだけいいか?」
「はい」
「推理小説に登場する名探偵ってどう思う?」
私は名探偵とココロと結びつけていた。だが、ココロと会話しているうちに名探偵の価値観が崩壊していた。
「えーと。そうですね。僕は嫌いです。小説としては面白いと思いますが。名探偵という生き様は気に入りませんね」
「何故」
「結局、事件が起きてからじゃないと解決しないじゃないですか。推理始めてからでも人死にますし」
それはそうだ。やはり、名探偵という名前はココロの器には小さすぎる。
「ありがとう。さて、そろそろ」
「あ、そこまで見送りますよ」
勘定を済ませ私とココロは店をでる。
「話を聞けてよかった。」
「いえ。こちらこそつきあって頂いて、ありがとうございました」
私が行く道とココロが帰る場所は逆方向。
私は最後に、ココロに別れの挨拶の意味も含めたエールを送る。
「頑張れよ。妄想探偵!」
「はい!」
妄想探偵~おわり~