積み重なる思い
「やっぱりすごいですゲーム。たくさんの人の夢が詰まって出来てるんですよ!」
先ほどの授業に感化された空見の口が止まることはない。
明人としても将来を考えさせられる話であり、俄然興味を惹かれたのは事実。次回以降を楽しみにしているのはあの場にいた生徒の総意だろう。
「毎日のように喫茶店に集合するとお金もってかれちゃうよー?」
心配するようにして店員が運んできたのは、明人のコーヒーと空見の苺パンケーキ。
空見が感動したのは何も学校の部活だけではない。このパンケーキにすら新鮮味を感じてしまい喫茶店に来るとほぼ必ず注文するようになった。
「大丈夫です、飲み物だけの日もありますから!」
「いや、単価の話じゃないんだけど...」
幸せそうに食べ始める空見を差し置いて咲宮の顔が明人に向く。
「どうして千羽はこんなに嬉しそうなの?」
「さっきの選択授業。講師がゲーム業界の魅力を語るもんだから空見にクリティカルヒットしたんだ。」
喫茶店に来るまで興奮収まらない空見の口は動き続け、明人は感想をひたすらに聞く側に回っていたのだ。まさかパンケーキに感謝する日が来るとは思わなかった。
「へーそうなんだ。どんな授業だったんだろ?気になるな」
「ッおい!」
丁度よくパンケーキを食べ終わった空見の目が輝き、蘇ってきた興奮とともに授業を振り返っていく。同時に咲宮は仕事と言いその場を離れたので明人は一度聞いた話に相槌を打つはめになった。
振り返りが一段落したところで外は赤く染まり、明人が呆けているとアルバイトを終えたらしい咲宮が近づいてきて躊躇なく同じテーブルに腰をかける。
「咲宮、どうしたんだ?」
「え?千羽が終わったら来てって言うから来たんだけど」
「はい、私が呼んだんです成瀬さん。お二人に大事な話がありまして。」
今日ずっと言っているようですが、と前置きして
「ゲームの世界はとても大きいです。作る人も、遊ぶ人も、そして観る人も。人生だって変えちゃうぐらいのパワーがあると思うんです。」
「黒破さんなんて同じぐらいの年なのに、あれだけ近くで話したのに遠い存在のように感じて。たくさんの人を楽しませて笑顔を与えることが出来て。凄いです。」
「私も負けられません。」
そう言い切った空見の瞳には強い決意が滲み出ていた。
「私はe-Sports部を作りたいです。ただ先生に話を聞くと人数が必要みたいで。」
「足りないってこと?」
「はい。なので、まずは創部を目指します。成瀬さんから色々教わって、今日の話でゲームがどれだけみんなの笑顔を作っているのかを知って。私はようやく気持ちを固めることが出来ました。」
空見の意志を受け止めた咲宮の率直な疑問が入る。
「創部ね。そもそもなんで千羽はe-Sportsを選んだの?」
問い詰めているのではなく、ただそれが何処からくるのか知りたいのだろう。
「それは...」
一度口を真一文字に結んだ空見。目を閉じて古い記憶を思い出すように言う。
「私、一度夢を諦めてるんです。」
「な...」
「私は去年までバスケ部だったんです。それも結構強かったんですよ?たくさん練習してそれで、雑誌にも載ったことがあって。」
「応援してくれる人が次第に増えて、それがパワーになって頑張れる。きつかったけど、楽しい毎日でした。」
「でも、ダメでした。怪我...しちゃって。走れないんです。完治してるみたいなんですけど、再発したらと思うと思い通りに体が動かなくて。」
「...」
「私ダメだなぁってたくさん思いました。それで部活の皆に迷惑かけ続けて、結局辞めまてしまって。その日を境に学校には行けなくなっちゃって。転校するまでずっと、ずっとです。」
「あれだけ楽しかった学校が少しずつ嫌になって、嫌いになって。一番嫌いなのは私自身なんですけどね」
取り繕うように笑顔を装うがそんなものに意味などない。
笑ってごまかすしかないほどの話を空見はしている。
「引きこもっていた私にはたくさんの時間があったんです。そんな何にもない日常で元気になるような、なれるようなものを探していました。」
「そして見つけたのは二人で戦ってるのを何万という人が夢中になってる光景でした。」
「それって...」
「そうです、アリーナで年に何度か行われているe-Sports格闘ゲーム部門の全国大会決勝戦です。」
言葉を挟んだ明人に対し照れながら微笑む空見。
「単純かもしれません。ですが当時の私はそれを見てこれだーって思ったんですね。私にはその二人が多くの人達に生きる力を与えているように見えました。」
「私もこんな人になりたい。なれたらかっこいいなって思ったんです。」
「それがe-Sports部、そしてプロゲーマーを目指す理由です。私は誰かの希望に、元気になりたくてプロゲーマーという道を選びました。」
言い終えた空見はどこか晴れ晴れとした顔つきで、話を受け止め目を潤ませた咲宮に向き直る。
「だから私は咲宮さんに入ってほしいんです。そのために話を聞いてもらおうと思って呼びました。」
「...ど、どうでしょうか?」
この話をすれば咲宮の性格上同情で入部することはないだろう。
強い思いに応える為には嘘ではない真っすぐな答えが必要になる。
それだけ空見はこの部活に対して真剣に向き合っているということだ。
空見は再び口を結んで咲宮の答えを待つ。
もっと早く話したかったのだろうが、断られてしまう可能性を考えるとなかなか踏み出せなかったのかもしれない。
咲宮は不意に天井を向いてふーっと息を吐いた。そして、
「うん、話してくれてありがとう。私はね、千羽みたいに強い思いはない。ただ単純にゲームが好きなだけで。」
「...。」
「だから...そんな理由でいいなら。お願いしますっ。」
にこやかに、真っすぐに答える。途端空見が勢いよく席を立ち
「咲宮さん、ありがとうございます!」
「うわっぷ...」
そのまま抱き着いた空見を苦笑しながらも受け止める咲宮。当人達には悪いがこれはこれで素晴らしい光景である。
不安だった問題が消えたところで空見が全員に聞こえるように宣言する。
「後二人です。それまでは地道にコツコツ、人を集めましょう」
「それはいいんだけど、集まる場所はどうしよっか?私はここでもいいけど...」
それはそれで財布の中が気になるが咲宮がサービスしてくれるのだろうか。
部活価格とやらで。
「あ...そうですね、成瀬さんどうしましょうか?」
「助けを求められると思ってた」
諦めたように返答する明人。
その瞳は空見が初めて見るような冷たさ。それでも空見は表情を変えることなく明人を見返す。
「悪い、俺は参加できない。もちろん部活もだ」
「...え?」
一瞬何を言っているのか理解が追い付かない咲宮。
「いや、成瀬君何言って...」
「それに空見には大体俺の知ってる場所は案内出来た。もう空見一人で問題ないと思う。」
咲宮の言葉を遮るようにして明人は誰とも目を合わせず言葉を並べる。その声はどこか諦めに近い吐き捨てるようなもの。
「それは今関係なくない?成瀬君!」
戸惑う咲宮とは対照的に空見は落ち着いて視線を外すことなく、
「分かりました。」
短く言い切った後、明人に頭を下げるようにして
「成瀬さん、ありがとうございました。」
「ああ...」
それだけを交わすと明人は席を立ちあがり、喫茶店から出ていく。
心が沈むのは罪悪感からだろうか、寄り道して帰るのも良いかもしれない。
「ちょっと待って」
店の外まで追ってきた咲宮の言葉に明人は足を止める
「入らないのは君の勝手。だけど千羽があれだけ気持ちぶつけてくれて、それだけ?余計なお世話なのは分かってる。でも、断るならちゃんと理由を言ってあげて。」
「あの終わり方、良くないよ。」
「...。」
少し前に転校してきたクラスメイトの身になれる咲宮は良い人なんだと思う。
咲宮と空見なら上手く創部まで持っていけるはずだ。
「ごめん咲宮。空見を頼む」
振り向いてから、それだけ言うと去っていく明人。
その酷く虚ろな表情に咲宮は喉まで上ってきた気持ちを自らの胸に締まっておくしかなかった。