懐かしきそれは
その日の帰り道、明人は偶然出会った空見(同じ帰宅部なのでエンカウント率は高い)と並んで歩く。
話の内容は専ら空見が入り浸っているというネットカフェ。
ネットカフェ自体24時間営業、尚且つリーズナブルな料金でついつい深夜近くまで遊んでしまうということだった。
中でも空見の好きな対戦ゲームについては明人も少なからず知識を持ち合わせているで話が途切れることはない。
異性や親密度の壁を超えられる共通の趣味は人間関係の形成に一役買ってくれている。
「成瀬さん。あれって..」
話を遮るようにして空見が目の前遠くを見つめていた。
明人もつられて視線を向けるとそこには小さい影、目を細めれば見覚えのある後ろ姿。明人としては今会うのは避けたい相手だ。
仲が悪いわけではないが少し時間を置いた方が良...
「おーい!咲宮さー..ん?」
空見の言葉は咲宮に届かず、駆けるはずだった足が行き場を失う。
言い終わる前に咲宮が建物の中に吸い込まれるように消えたのが見えたからだ。
「あれは...」
「ゲームセンター、ですね!帰り道でゲーセンなんて咲宮さんもゲームが好きなんですよ。」
たまに陣と行くことがある学校近くのゲームセンター。有名な台はほとんど設置されていて、新作もとりあえず1,2台置いてくれる良心的なお店である。
「意外だな、あまりそういう風には見えなかった」
咲宮がゲームの話をしてる場面なんてあったかと過去の記憶を探る。
「あれ?出てきましたね。」
用事が済んだのか、ものの一分も経たずにゲームセンターから出てきた咲宮は次の目的地に向かって動き出す。
「追ってみましょう!」
「おい待て、ストーカーだぞ」
「言い方です、成瀬さん。気になるので後をつけるだけです」
突っ込む気力がない明人は空見の興味丸出しの表情に根負けし深いため息をついた。
「...わかった、多分こっちのほうが速い。先回りするぞ。」
明人の言葉に疑問を浮かべた空見だったが、軽く頷いて咲宮に気づかれないよう二人はその場を去った。
「本当です、いました!なんでここに来るって分かったんですか?」
明人に言われた場所で待機していると、やがてターゲットが姿を現し目的地と思われる場所に入っていく。
冷静に思い返せば咲宮はゲーム街の喫茶店で働いていたわけで。ゲーム好きなのは納得できる話だ。
「さっき咲宮がゲーセンに寄っただろ?大方遊びたいゲームがあったけど埋まってたんだと思う。あの店はたまにそういうことがある」
「それで目的地を変えて近くの空いているゲームセンターを目指した。難しい話じゃない」
「なるほど...でも最初からこちらに来ておけば良かったのではないですか?」
最もな意見である。
「あー、それは学園近くのゲームセンターが咲宮のホームだったんだと思う」
「ホームですか?」
「そう。行きつけのお店ってこと。店によって居心地が違うんだよ、匂いとか空間の作りとかで。大体は一番近くのゲーセンになりがちなんだけど、落ち着いて遊べる」
昔の記憶と照らし合わせるようにして、腑に落ちたように納得する空見。
これはゲームセンターに限らず、いつも行く公園とか友達の家とか似たような体験をする機会はあると思う。
「では!理由もわかったところで行きましょう、気持ちが抑えきれません」
てってっと咲宮の後を追うようにして笑顔で走っていく空見を見てようやく意図を理解する。
「最初からそれが目的だったよな、絶対。」
中に入っていった空見の背中を追いかけるようにして明人も続いた。
店内は外の喧騒とは違った騒々しさ、広がる視界全てにゲーム台が陳列されていて、まるでこのゲーム街の総本山に来てしまったかのような感覚になる。
「おー!広いです!全部回れますかね?成瀬さん、私」
空見は明人の方を向き直り、いつになく真剣な表情を...
「興奮してきました。早速探検してきます!」
敬礼でもしようかという決意を聞いたところで空見と解散。
別行動を決めこむと空見は奥に進んでいった。
「──。」
取り残されたように立ち尽くす明人は、気を取り直して広がる景色を噛みしめながらある一点を目指す。
「卒業以来か」
呟いた一言は喧騒で消えてしまったが、明人はしっかりとこの光景を覚えていた。
夕日はまだ沈み切っておらず今のところは学生がちらほら目立つものの、1時間も経てば定時上がり大人たちが集結し、更に賑わいを見せるのは間違いないだろう。
今でこそ多くの人達が足を運んでいるが、まだ明人が小さい頃ゲームセンターが次々と閉店していた時期があったらしい。
それがe-Sportsの認知が広がるとともに、ゲームセンター側も対応した台の設置。
始めはそれでも閑散としていた様子が徐々に勢いを増し、今ではこれだけの盛り上がりを見せているというわけだ。
それにはやはりゲームセンターならではの魅力が有ったからだろう、と明人は思う。
大きく起因しているのはコミュニティの築きやすさ。
他人のプレイを直で見れること、気になるプレイヤーがいればタイムロスなく容易にコミュニケーションを取ることができる。
今や誰もが高みを目指すこの時代。上昇志向のある者は教えを乞い、興味があればプレイングを見せてもらう光景は日常的に発生する。マナーや節度が必要になってくるのだが、ここまでのレベルまで持ち直したのはお店側の努力だろう。
プレイヤーとしても共通の趣味を持つ仲間が増えるのは大賛成、たとえそれが名前を聞けず一期一会だったとしてもその日が面白ければまた足を運ぼうと思うものだ。
強ければ強いほどに有名になるのは当然、本人にとっても悪い話ではない。e-Sportsの市場は留まることを知らず引き抜きやスカウトまでいるのだ、名を売っておいて損はないだろう。
現にこのゲームセンターは何人ものプロを生み出している。
「お?」
明人が見回した先は音楽ゲームが連なっているブース。
一般的に音楽ゲームは競争が激しく、流行り廃りが顕著に表れる。見てみれば明人が知らないタイトルがいくつも並んでいて驚いた程。
その中でも目を引くのは、まるでバンドのギターをしているかのような体験ができる音楽ゲーム。
「上手いな...」
曲の流れに合わせて器用な指さばきからスコアを積み重ねるプレイに既に何人かが目を引かれて観客を作っている。
ほとんど音楽ゲームに縁のない明人でもその難易度は一目瞭然で思わず足を止めてしまう。
人が集まるほどのレベルが高いプレイはなんだか貴重に感じて、見なければ損という気持ちになってしまうのは人間の性なのかもしれない。
結局一曲分見ていた明人はその場を後にした。
「連絡先知らないんだよな、そういえば」
ある程度歩き回ったところで、帰宅しようかと空見を探すが当たり前のように見つからず。早いもので知り合ってから1週間経ったものの、ほぼ毎日顔を突き合わせてしまっているせいで連絡先の交換する必要性を感じなかったのだ。
これから同じようなことが起こりそうなので後でやることとして頭の片隅に入れていると、
「なんだ?」
前方の声のする方向へと足を運んでみるとそこには対戦ゲームに群がる三人衆、リーダー格のように見える一人が絶賛プレイ中でギャーギャーと騒ぎ、取り巻きの2人が相まって騒ぎ立てていた。とても楽しそうで何よりである。
「はぁ..。」と呆れた表情をした明人は首を動かし周りを伺う。三人を遠巻きに見つめる人、子供を近づかせないようにする親子、対応は様々だ。ちなみにこういう場を弁えない輩を見るのは中々珍しい。
第一にも第二にもデメリットが大きすぎる。ゲームセンターは顔を付き合わせコミュニティを築くもので、一度悪印象を与えてしまえばその評判は瞬く間に広がっていく。遠い地から足を運んできたのかは知らないが愚行といって過言ではない。
明人は思案するまでもなくその男のこれまでの流れが読めてしまう。大方別のホームでは皆からチヤホヤされるほどには強く、スカウトが居ることで有名なこのゲームセンターを訪れ一旗上げよう、そんなところだろうか。
ただタイミングが悪かったのは、男たちにマナーとしても実力としても対抗し得る人が現状周りにいないこと。
「あの...他のお客様の...」
半分泣きそうになっている女性店員が、意を決して注意を行くが顔も合わせず適当にあしらわれてしまう。
まだ入って間もないのだろうか店員はどうするべきかとその場から動けず立ち竦む。
「っ...他に店員は?」
目の前の光景に傍観者で居られなくなった明人は助けを求めるべくその場から動く。
同時にやけに聞き触りの良い音が響く。
それは最近よく後ろから聞こえる声。
「やめなよ、周りに迷惑だよ」
一人の女子生徒がグッと踏み出し、目の前の男たちを睨みつけるようにして立ちふさがる。
男たちを敬遠して離れている群衆がいる中での出来事。その姿はなおのこと目立ち、視線を集めるが彼女は気にする様子もない。
「...。」
今更になって陣、天音の言葉を思い出す。これだけ正義感のある奴なら人望も厚いのも頷ける話だ。
棘のある咲宮の口調に反応した男は、苛立つ口調を隠さないままに声を荒げる。
「あぁ?知らねーよ。俺は金入れて遊んでんの!邪魔すんなよお前!」
「...ッ。」
そもそも店員が注意しても動じなかったわけで、さらに関係ない他人の話を聞いてもらうのは難しい。
それでも咲宮は諦めることなく注意を続け、男も彼女に対して徐々に怒りを表していく。
「店長クラスを呼んでこないと収まりつかなそうだな、これ」
言い終わって明人は踵を返す。
咲宮の怪訝な表情とは打って変わって、足が小刻みに震えていた。
「......。」
「NEW CHALLENGER!!」
男が座っている台から新しい対戦者が現れた演出が鳴り響く。
音が多いゲームセンターだからこそ分かりやすく大きな音。
「チッ。」と咲宮に舌打ちした後、画面の方を向き直る。
男としてはやはり腕試しするのが目的なのだろう。
対戦準備画面が表示されると男が対戦相手情報に目をやる。持っている称号やランクである程度相手の力を見る為だ。しかし、
「あ?データ無し?こいつシロートか?時間の無駄だなこりゃ」
それだけ言うと席を立った男は、わざわざ対戦相手である明人の横まで近づき声をかけた。
「素人の相手するほど暇じゃねぇんだ。消えてくんねぇか?」
挑発めいた、口角を釣り上げて不敵に笑うその男に明人は大した反応もせず、対戦で使うためのキャラクターを選びだす。
「口じゃなくて手を動かしたらどうだ?このままじゃ適当なキャラ自動選択されて負けるぞ。」
「...ぶっ倒す」
顔も併せず喧嘩を買った明人に強い憎しみを込めた表情で席まで戻り首を回しながらその時を待った。
先ほどの挑発でわざわざゲームで勝負をつけようというのだから彼も彼で生粋のゲーマーなのだろう。
「成瀬君!?どうしてここにいるの。」
ようやく状況を把握した咲宮が問う。
「3」
問い対して言葉を返したいのは山々なのだが、明人の画面では対戦開始までカウントダウンが既に始まっている。
「2」
ゲームが好きなのだからどこに居たって不思議ではないのだが、理由は一応あるので言うべきか否か。
「1」
迷う時間は残されていなかった。
「悪い、ストーカーしてた。」
「んなっ!?」
「Fight!」
言い終わると同時に開始の合図、驚いた直後言い返すタイミングを失った咲宮は固唾を飲んで勝敗の行方を見守る。
戦闘開始から優位に戦闘を進めているのは明人。
咲宮が来るまでの間、男の特徴を頭に入れていたのが功を奏していた。
明人は久しぶりの感触を確かめるように左手はスティックを右手はボタンを軽快に鳴らすようにして弾く。去年の冬に遊んだとき以来だが意外と覚えているものらしい。気持ちよくとまではいかずとも想像していたよりはずっと指が付いてきていた。
男の方は険しい顔つきを崩さず攻めを主体としたプレイスタイルで猛攻を仕掛け続け、明人はたまらず防戦一方となり画面端まで追いつめられてしまう。
「クッ...まずい」
基本的に格闘ゲームは画面端まで追いつめられると途端不利になるため、基本そうならないように動くのが鉄則。
苦悶の顔を浮かべる明人に対して優位に立った男はチャンスと見たか、口角を上げて最後だと言わんばかりの追撃、明人のキャラに襲い掛かる。
「K.O.」
勝敗を伝える演出。2本先取で勝ちとなるルールなのでまだまだ勝負は分からない。
片方は次の戦いに備え軽く息を吐き、片方はイライラが収まらないといった様子。
気付けば周りにいた群衆は観客となって更に人数を増やし、咲宮を含めたその誰もが今目の前で起こった出来事に唖然としていた。
「倒した...?」
咲宮の目が正しければ壁際で一方的に攻撃を受けていた明人のキャラが、いつの間にか男のキャラと位置が逆転させそのまま明人が有利を保ったまま押し切り勝利を勝ち取っていたのだ。
「「─ウワァァァァア!」」
一瞬の静寂の後で今の試合に観客がボルテージが急上昇、熱気に包まれる。各々が今の戦いについて呟き、挑戦者の明人に感嘆の言葉を送り、周りもまたイベントが始まったのかと勘違いして更に人を集める。
「クッソ...。負けたのは偶然だ、あいつ俺のプレイ見てやがった」
男とて一回の負けで諦めるほど柔ではない、序盤の戦いを分析して出した結論を冷静に口にして気持ちを落ち着かせる。
先ほどと違うのは悪態を付きながらも何故か笑っていて、次の開始の合図を今か今かと待っていることだろうか。
明人も勝利に浸る様子はなく、次の戦いのカウントダウンを待っていた。
「咲宮さんどこですかー?」
入口から明人と離れて数時間、探索を終えた空見がやっとのこと咲宮を探そうと決意。
先へ先へと進む度に空見の興味を引くようなゲームがずらりと並び、お試し感覚で遊んでいるとこんな時間になっていた。
「あれは...」
ある一帯でイベントだろうか、人が集まっているスペースが空見の目を引く。吸い込まれるようにして近づいてみる。
「な、成瀬さん!?」
明人が苦悶の表情を浮かべつつ、その渦中にいた。直後明人の「ダメか...」という呟きが聞こえた後で向かい側に居た男が席から立ち上がりガッツポーズを見せ、観客も同時に歓声を上げていた。
盛り上がっている周りの中で空見は呆然としている明人をただただ見つめていた。
「成瀬さん...」
「明人負けちゃったわね。ま、ブランクってのは一朝一夕じゃ取り戻せないもの」
「えっ?」
驚いた空見の隣からこの盛り上がりを俯瞰するようにして落ち着いた声の主はそのまま言葉を続ける。
「敗因は、相手のキャラかな。新しいタイトルで収録されたものだから明人も対応出来てなかった。初戦の奇襲は良かったけどね」
淡々と語るその風貌は綺麗な黒髪にマスクとサングラス、黒のキャスケット帽子という...
「不審者さんですか?」
「そう見えるのも仕方がないわね。ただこれは仮の姿よ。謎が多い方がいいじゃない?そんなことより」
「これ、持っててくれるかしら」
「え?はい」
と言われるがままに不審者が持っていたバッグを受け取る。その本人は、
「私も人のこと言えないけど」
と言い残し渦中へと向かっていった。
「ほら明人、交代よ。代わって」
久しぶりに聞いたそれは、いつもと変わらない口調で明人の隣まで来ていた。
「え?おおっ...」
目を見開いた明人の肩を押して強引に入れ替わると、サングラスだけ外して目の前で勝利を誇っている男に挑戦状を突きつける。
男は勢いに乗ったまま、その挑戦を受け入れ再び気合を入れなおした。
1人で戦う格闘ゲームはプレイヤーのメンタルが大きく関与すると言われている。自信や不安はプレイに直結するという話だ。自身に満ちた男は本人が知る実力以上のプレイをする可能性がある。今の男には充分な注意が必要だと思うのだが。
──それでも結果は圧倒的だった。
「明人ー、喉渇いた。」
ゲームセンターを出た先にある自販機横のベンチに腰かけると、疲れたように身体の力を抜き怠さそのままに呼びかける。
「はいはい、助けて頂いてありがとうございました。」
「何それ?今ごろ私がいなかったらどうなっていたと...」
「あれ見てもそれが言えんのか、お前は」
「えへ」と茶目っ気な表情で明人をかわした視線の先には、烏合の衆が誰かを探すようにして慌ただしく動き回っている。原因は目の前の、
「今を時めくプロゲーマーがこんなとこに現れたらこうもなるだろ。黒破。」
「これ、コーヒー牛乳」
「ありがとー!う~ん、これこれ。この甘ったるいのが良いのよね」
明人の目の前にいるのはプロゲーマー。
しかも女子高生で数々のトーナメントに出場しては実績を残す有名人、黒破莉音。
昨日か今朝か忘れたがTVで紹介されていて、彼女がインタビューされた雑誌は瞬く間に完売するという伝説まで出ている。この業界で彼女を知らない者はいない。
「大変そうだな」
「別に。でも今日は来てよかった。どこかの誰かさんがまたゲームやってるところ見れたから」
サングラス越しの瞳は見えなかったがその声は嬉しさ交じりの哀しみが感じられた。
「たまにはそういうときもあるんだ、俺には」
「あっそ。負けたくせにね~」
「ほとんどやってないしそんなもんだろ」
「...。」
「それよりもあれ、いつの間に彼女二人も作ったの?」
は?と言うよりも前に少し離れた位置で空見と咲宮がこちらの様子を伺うようにして立っていることに気づいた。
「えっ!?あの黒破さんですか?」
「そう!その黒破さん」
咲宮が驚くのも無理はない、これも本人としてはテンプレ化して飽きただろうが空見のテンションに合わせて応える黒破。
「黒破さん」
空見が期待の眼差しを込めて黒破に近づく。空見としてもつい最近までゲームをしたことがないと言っていたが、これだけ染まっていれば見かける機会は多かっただろう。
「どうしたの?」
燦燦と輝く空見の目は迷うことなく、
「サイン下さい!」
「うんうん、私のサインは高いわよ~」
「え、高い...ですよね多分。あんまり貯金してない...」
黒破はサインを書きたがらない。先のタイミングでも、声で身バレしてしまった瞬間一斉にサインを求められたが、黒破は即座にその場から逃げ出し現状に落ち着いたわけである。転売、面倒とかではなくもっと単純な理由らしいが。
先ほどの会話も恐らく冗談で軽くパンチを入れたのだろうが、空見が真正直に受け止めてしまったためそれが面白かったのか黒破はこらえながら笑う。
「あはははっ。はー..いいのよ気にしなくて。鞄持ってもらったし。で、書くものはあるかしら?」
「ほんとですか!?ありがとうございます!えっと...あ...ないですね」
「いいわ、ちょっと待ってなさい」
そう言うと空見が持っていた鞄を受け取り、中からお目当てのものを見つけるとペンで一書き。慣れた手つきで一通りの動作を終え、それを空見に渡した。
「名刺にサイン...。カッコよすぎます!」
「貴方わかってるじゃない!そう、名刺というサイズ感にサインを書いたときの完成感がいいのよ」
「明人、この子見どころあるわね」
「やめとけ、どこに見どころ感じてんだ」
「っと、時間みたい。また会いましょう。」
突然の電話を受けた黒破は用事が出来たらしく、そう言い残すと再び変装グッズに身を包み三人の視界から消えていった。
「嵐のような人だね、黒破さんって。画面越しに見るような落ち着いた感じとは一味違うような」
「落ち着いてる方がウケがいいんだと」
「それはなんというか、大変そうだね。って、成瀬君黒破さんと知り合いだったんだ?」
「偶然、な。」
「そうなんだ。まー私もバイトでこの辺来るから有名人見かけること多いし珍しいことじゃないのかもね。」
一人で納得してくれた咲宮の横で、相当気に入ったのか相変わらず空見は貰った名刺を眺めている。
色々あったが後は帰るのみである。ゲーセンから黒破と逃げるときに少しばかり走ったのが良い運動になったかもしれない。
「それはそれとして、成瀬君」
「あー...」
懸念していた問題が1つ、残っていた。
「ストーカーなんて最低。見損なった。最初からそこまで好感度高くないけど」
「ぐ...。言い返す言葉もないです。その追撃が心を抉る...」
落ち込んだように言葉を漏らす明人。
時間がなかったとはいえあまりにも伝え方が極端すぎた。
実際勝つか負けるか5分だったあの勝負中に言い訳を考えるより吐き出した方が楽だと判断した、咄嗟の対応だった。
今から弁解したところで火に油を注ぐだけなので明人は言い訳をすることはない、こういうのは落ち着いて鎮静化してから話すに限るのだ。だから今は甘んじて罪を受け入れよう。
「なーんて、嘘」
冷めきっていたと思っていた彼女の声はいつもの距離を感じさせないものだった。
「理由はさっき千羽から聞いたから。これが成瀬君一人なら絶対許さないけどねー」
「次はばれないようにする」
「そういうことじゃないでしょ」
フッと笑う咲宮はくるりと反対を向いて気恥ずかし気に
「ありがとね、成瀬君。助けてくれて。」
明人としてはお助け失敗という形ではあったものの、
感謝を否定するのは良くないので素直に受け入れることにした。