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e-Sportsは君と共に  作者: むじく
1章 始まりの時
3/22

見知らぬ少女は正直者

ブックマークに思わず歓喜です。

彼女の名前は空見千羽(そらみちう)と言うらしい。


どうやら空見はこの春明人が通う学校「久ノ崎高校」に転入してきたらしく、朝の連絡事項を聞き逃している間に担任の気まぐれが発動。

明人に対して学校案内をお願いしたところ何の疑いもなく返事をしてしまっていたというわけだ。

ちょっとだけ思い当たる節がある。


いきなりクラス中が騒がしくなった原因も彼女で間違いないだろう。

傍から見れば事の顛末を今日来た転校生から説明されるという不思議な状況。


「転校初日に言うことじゃないと思いますけど、先生の話は聞かなきゃですよ」


「そりゃそうだ...」


その口調に怒った様子はなく、むしろ注意半分面白半分といった感じなのが幸いである。

反省したように言葉を返した明人に、許すと言わんばかりに大きく頷いて返した。


「~♪」


明人が案内していく度に空見はまるで子供が探検でもするかのように目を輝かせ各部屋を覗き込み、気付けばいつの間にか案内している明人の前を先行する。


「って大丈夫ですか?すみません、私楽しくてどんどん進んじゃってます」


「ああ、全然大丈夫。楽しすぎて誰かとぶつかるのだけは無しで頼む」


「大丈夫です。しっかり確認しながら進んでますから」


ふふん、と自慢げに胸を張って言う空見は、言葉の通り誰かの邪魔にならないよう注意を払いながら探検を楽しんでいる。


それにしてもだ。


転校初日からここまでアクティブな生徒が居るだろうか。明人自身過去に転校を経験しており、積極性とはかけ離れた少年だったせいか、初日からこれほど活発な転校生には内心驚かされる。


誰しも新しい環境に足を踏み入れたときには少なからず怖さはあるはず、というのが明人の考えなのだが。


そんなことを毛頭感じさせない空見はある意味超人類なのかもしれない。


そのまま案内は続き、明人が見慣れて感想もない景色を「おお!すごいです、見たことないです!」というような感嘆の声を上げて進んでいく。

その新鮮な反応に明人は疑問を投げかけたくなった。


「というか、そんなに面白いものあるか?」


「はい、前の学校が結構田舎というか、だったので。特にこの廊下から見える部屋は凄いです、話に聞いたことがあるぐらいで。」


案内している最中は常に楽し気だったが、ここ一帯から見える景色、部室群はさらに興味がそそられるらしい。


明人からすれば日常的に見えたそれを客観的に見回してみる。

でも...うん、


「普通だと思うけど...」


いや待て、もっと客観的に、全てを無にすれば見えてくるものが...

そういえば端から端までほとんどの部屋で必須級に扱われているものがある。

...あるが


「もしかしてPCやタブレット端末のことを言ってるのか?」


「そうです。これだけ揃っているなんて感動です!先進的な学校なんですね。」


その勢いに押し切られるように「お、おう。」と応える明人は環境の違いによって常識も大いに異なることを理解する。恐らく空見は田んぼが一面に広がる場所で思い切り走り回っていたことだろう。田舎が良いか、都会が良いかは別にしてだ。


そのまま教室にくぎ付けになっている空見を後ろから近寄るようにして、教室入口にある部活名を横目で確認。


「この階の部屋は全部部室だってことはさっき言った通りなんだけど、特にここ一帯は創作系が連なってるんだ。」


「創作系..ですか?」


教室を見ていた体をクルっと反転させて、明人に続きを求める。


「そう。部活の区分名称みたいなものだな。昔はインドア、アウトドアなんて呼ばれ方をしていたらしいけど、今は違う」


「で、創作系っていうのは例えば...あ、空見さんの前にある部活が分かりやすい。そこはアプリを作ることを目的とした部活なんだ。」


明人の視線に合わせて先ほど見ていた教室に目を向ける。


「なるほどです。あ、だからこんなに端末が置いてあるんですね。」


「他に覚えてる限りだと、動画を投稿する部活だったりひたすら漫画を書く部活。後は3Dモデル専門ってのもあるなそういえば。」


漫画部は表向きの顔で、実態はほとんど同人誌を作って各自儲けているという話を聞くのだが、部活として学校に貢献しているのでおおよそ問題ない。


「聞いたことがない部活ばっかりです。」

「まぁそこは環境によるかもしれないな。」


都心だと全く珍しくもない光景。

仮に空見の言う田舎が一回り程遅れているとすれば10年前。ネットは常に最新の情報を提供してくれているので、知識こそはあれど明人が小学生にこの光景を見ていたら空見と同じ反応をしたかもしれない。

百聞は一見にしかずだ。


といっても明人自身小さなときからこの環境に慣れてしまっているのでそう思う、程度の共感なのだが。


今若者に人気なのは身体を動かすことではなく、自身の手で何かを創作する活動にこそニーズがある。

それぞれの部活はコンテストといった形で作品を応募するので大人と対決するシビアな環境に身を落とすことになるが、クリエイターに必要な環境を整えた上で、やる気があればいつでも挑戦出来る。この経験が将来生きる上で大きな糧になる、というのがここの校長の持論だ。


校長も若いときゲームクリエイターとして名を馳せた過去を持ち、説得力としては十分すぎるほどではある。


「私、箱型のパソコンしか見たことないんですよ。やっぱり取り残された気分です。」


「箱はないな。うん、箱はない」


「うう...」


別にいじめているわけではないのだが申し訳ない気持ちになるのは何故か。

空見の言い方から察するに相当古い型、そうなると検索は出来ても最近の3Dゲームはどれだけ設定を下げても厳しいかもしれない。


最も遊べたとして、その状況で果たして面白いと思えるかは微妙だ。グラフィックもまたゲームの面白さを意識させるための重要な要素の一つであるからして。


圧倒的文明の差に度胸たっぷりだった空見も段々口数が少なくなる。そういうところではシュンとなるらしい。先のやり取りで肩を小さくした空見に対しフォローを入れるように明人は言った。


「...確かに生きてきた環境と違いはあるかもしれない。でも都会は都会で面倒な部分もあるし、いいこと尽くしってわけでもないぞ。いやほんと。」


「...ですかね?隣の芝生は青くに見えてしまって仕方がないです」


「そんな大層なものじゃないぞ。」


「ふふっ。励まされちゃいましたね。ありがとうございます、成瀬さんっ」


落ち込んだ気分をリセットした空見は再び明人を牽引するように前を歩いていく。有りがちな台詞でも心から言えば通じるもの。


「それはいいけど、その道はさっき通ったぞ。」

「え!?」


時間はあるから、と明人は苦笑しながら空見の横に並んだ。




明人達が通う、ここ久道高校

新設校らしく設立から20年も経っていない。歴史を重視するこの国だと新米ポジションにあたるのかもしれないが、入学希望者数は年々増加傾向。


それはこの学校の魅力が他に勝っている事実に他ならない。

初代校長が非常に先進的な人で建てた当初から既に多くの創造系の部活を有しており、今では勉学と同様各分野において育成する環境が整っていることは全国的にも有名になっている。

設立した次年度からの入学希望者が倍以上跳ね上がったのは今でも校長の語り草だ。


一般的に考えれば創造系に属する部活を作る、環境を整えること自体に費用がかかると思われがちだが、国に申請すれば支援金が受けられるため明人の知る限りほとんどの学校は同じような設備が整っている。


その中でも創設当初から創造系の重要度を押し出していた久道高校が一歩リードした、というわけだ。


「これで必要なところは案内できたと思う。細かいところはおいおい聞いてくれ。」


思いつく場所を一通り回った後、改めて空見に声をかける。

なんでも空見は部活関連が特に気になるようで明人が紹介し得る全ての場所を回る結果となった。そのおかげで夕日も傾いてきているが、空見と話したことで新鮮な気持ちになれたような気がしないでもないので有意義な時間だったのかもしれない。


「はい、ありがとうございました!これ以上は私もパンクしそうです。」


気恥ずかしそうに上目遣いで照れる空見は笑みを浮かべながら会釈をする。


ここまで時間にして2時間以上横で話していたわけで自然と距離も縮まるものだ。


「ん。...また忘れたら俺か、近くの席の誰かに聞いてくれ。」


言いながら空見に向けられた表情が異性からのものだと認識すると、無意識的に視線を空見から天井に移し当たり障りのない返答で誤魔化す。


「分かりました。実はもう半分以上覚えていませんのでまたお願いします!」


「いや素直過ぎるだろ...。俺は部活に入ってないから暇だし、いつでも声かけてくれていいから」


「良い人です、成瀬さんは」


「そうか?誰だって案内するときはこんな感じだろ。人を案内するのは初めてだったけどな」


本心から出る明人の答えを否定するように首を横に小さく振るい、


「私、多分結構質問したと思いますけど、詳しく説明してくれましたし校長先生の話だって聞けました。楽しそうな学校で良かったです」


「見る分には飽きないところなのは間違いない。それに文化祭なんて凄いんだぞ。正に創造系の本領発揮って感じで...」


明人の小話に様々なリアクションを取る空見がまた新鮮でつい口が止まらなくなってしまう。途中から案内に付き合わされているという感覚がなくなったからこそ、こんな時間まで話していたのかもしれない。


「それじゃ俺は帰る前に一旦教室に戻るけど、空見さんはどうする?」


「あ、空見でいいですよ」


「じゃあ空見はどう...」


「質問があります!」


ぴしっ、と指先まで伸びた正しい質問の姿勢である。

この素直さ、人間誰しもが忘れている大事な何かなのかもしれない。


明人はどうぞと手のひらを前に差し出す。

彼女は今までの声色を少し抑えるようにして、何故かその瞳は困惑の色。

今までにないおずおずした様子と口を開いた。


「えっと...ですね。ゲームをメインにしている部活ってどこにあるんでしょうか?まだ紹介されていないような気がして...」


明人の眉が僅かに動いた。ここでようやく合点がいく。今まで案内中に妙に周りを気にする素振りをしていた理由を。

存在するという情報は知っていたが、いつまでたっても案内されないことが不安だったらしい。


「...。」


質問に対して考え込むように視線を外した明人を見て、空見は慌てて補足をする。


「と言っても正しい部活名は知らないんですけどね。実際に見たことないので本当にあるかどうかもわからないですし!」



「e-Sports」



「?」


「e-Sports部って言うんだ、その部活は」


言った途端、答えを得たかのようにカッと目を大きく見開く空見。

その感動とは裏腹に、続けて明人は少し困った口調で


「他の学校ではよく聞く部活だと思う。ただ..ここはどうだろう。多分ないんじゃないか」


「えっ?な、な...」


瞬間彼女の表情から笑みが消える。まるで予想外の答えに驚愕と落胆が混ざったような声が低く響いた。

今空見が何かを手に持っていたら落としてしまいそうな程だ。


「......。」


夕刻、外を覗けば赤く染まった空の元で生徒達が元気に走り回っている。きっと青春を過ごしている真っ最中なのだろう。そのおかげか廊下に人気はなく、辺りは静寂。この時間にわざわざ廊下をほっつき歩く生徒は少ない。


流れからして特に気まずい雰囲気というわけでもないので明人はそのまま反応を待つ。


「な...。」



...経過を見る限り空いた口が一生動きそうにないのでここはひとつ可能性に懸けてみることにする。


「まぁ俺も全ての部活を把握しているわけじゃないし、職員室で聞いてみてもいいんじゃないか?」


「はっ!そうです、そのパターンがありました!!そうですよね、子供がなりたい職業BEST5に入った部活が無いなんてそんなことないですよね」


「早速行ってみることにします!」


その言葉を皮切りに、子供がなりたい職業に絶対の自信を持つ田舎っ娘は意気揚々と目的地へと足を向けた。


「あ」


気の抜けた声と共にその足は再び明人の方を向き、その本人は申し訳なさそうに苦笑いで


「しょ、職員室どこでしたっけ?」


「おい...」


そこまで遠くない職員室まで空見を案内すると、やる気充分調子そのままに中に入っていく。

この時間だと部活の顧問をしている教師は出払っているものの、さすがに居ないことはないだろうし、転校生というスペシャルワードが使える空見に手助けしない者はまずいないだろう。



やがて職員室から戻ってきた空見は何かを成し遂げたような充実感に満ち溢れた顔をしていた。

無いというのは明人の思い違いだったかもしれない。


「首尾はどうだ?ま、その顔を見れば大体予想出来るけど」


「はい、ありませんでした!」


「なので、作ろうと思います。」


「うん、は?」


ハッキリと、淡々と答えた彼女に明人はあっけにとられてしまった。

無いから作る...そうするしかないというのは至極当然の話ではあるのだが、なんというか転校初日から逞しすぎる。


「いや、そうか。予想外の答えに驚いた。でもいいのか?そんな簡単に決めてしまっても」


「はい!明日から早速動いてみようと思います」


凄まじい行動力。ゲームで言えば行動値パラメータが限界突破しているに違いない。

明人は学校の通学で全行動力を消費するが、彼女はその3倍は行動しているように感じる。回復力も人一倍ありそうだ。とりあえず、


「応援する。頑張ってくれ。」


激励をする。何様かと思うかもしれないが今まで付き合ってきてかけられる言葉なんてこれぐらいしか思いつかなかった。創部するなんてなかなか出来ることじゃない。是非ともかんばって欲しい。


どうもです、とお礼を言った空見の顔を見るとまだ何か言いたげな様子。

もじもじしているのがその証拠である。


「で、ですね、あのーもし良ければなんですけど...」


これまで近かった距離から、一歩明人の方へさらに踏み出す空見。物理的な距離が近いのと身長差で、上目遣いになるそれを計算でやってたらと思うと恐ろしい。

それほどまでに上目遣いは免疫のない男子にとって反則級なのだ。

もうなんでも来たれ、と無い胸を張って迎え撃たんとする明人だったが、


『成瀬明人君、ちょっと職員室まで来てください。よろしく』


学内のアナウンスが全校生徒の耳に入る。

雑な口調で話す知り合いが明人の頭によぎった。


幸い目の前がその職員室である。空見との話を一度中断して入れ替わるようにして中へ入ると、待ち構えていたのは予想通りの人物。



「遅かったな、成瀬」


「これで遅かったらもう僕に勝ち目はないです。担任がなんの用ですか?」


「担任だから用があるんだろうが...。そう難しい話じゃない。ああ、そういえば空見とはうまくやれたか?」


あっけらかんとした口調で話すのはいつものことだ。今日来た転校生が心配だったらしい。


「上手くやれたかはわかりませんが、楽しんでもらえたみたいです。結果、新しく部を作るそうですが」


「その通り。で、そこで相談なんだが、空見の手伝いを頼みたいんだ。」


「手伝い...ですか」


「ああ。積極的なのは頼もしいがまだ来て初日だろ?それに空見の話を聞けば心配にもなる。出来れば相談に乗ってやって欲しい。」


「心配...ですか?まぁ、相談に乗るぐらいなら。」


その答えに満足そう頷く担任。

どうやら要件はそれだけで、詳しいことは空見に聞けば分かるらしい。


なんとも曖昧な話だ。ただ転校生という稀有な存在が担任の雑な性格を真っ当にしたとも言える。

昔と違って些細なことで大きな事態に発展する今、転校早々で面倒なことに巻き込まれる可能性も無いとは言い切れない。


空見と話した具合では人間関係において問題を起こしそうにはとても見えないが、一度話を聞いてみて対処しきれないなら担任に投げ返せば良いわけで。


「早かったですね!」


「なんてことない世間話だった。で、さっき言いかけたことを聞いていいか」


どうするもまずは話を聞いてからである。空見は「あー..」と恥ずかし気に呟くと、コホンと咳払い。まるでこれから一世一代の言葉でも告げようかというそんな空気。


若干顔を赤らめた彼女の唇は艶やかで、顔を良く見れば世間一般で言うところの可愛い、に入る気がする。

なぜ分析が始まったのか、明人自身良くわからない精神状態で次第に大きくなる鼓動が頭の中を混乱させる。

大きく息を吐いて言葉を受け止める体制を作り、そこでようやく空見の言葉が直撃。


そして炸裂した。

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