懐かしの対戦
背中を向けて歩き出していた五鈴に向かって言い放つ空見。
五鈴は困ったように振り返ると、
「空見さん、私も帰ってこなくて残念に思っている。だけど今は出ましょう。明日来るかもしれないし」
だがそれでも空見は食い下がる。その瞳には強い意地が見えているのがまた五鈴を困らせた。
「もしかしたら10、20分後来るかもしれません。そのとき誰も居なかったらきっと成瀬さん寂しいと思うんです。」
「なら、一人残って続けるの?そのまま帰ってこなくて徹夜して。明日は体調崩しました、では困るの。」
咲宮はそのやり取りを黙って見つめている。その件については五鈴と話した上で待つことを選択した。
もしあの話をしていなかったら空見のように話したかもしれないと咲宮は思う。
なんにせよ、ここで空見を説得できるのは五鈴だけだ。
「続けます。辛いかもしれません。それでも私は...成瀬さんの帰る場所を作ってあげたいんです!!」
「──ッ。」
空見の強い想いに感化されたのか五鈴は会話を止め、
手を唇に当て思案する様子を見せる。
「...。」
誰も口を開かない静寂が流れる中で始めに発声したのは五鈴だった。
だがその声は反論するような強いものではなく、ただ単に理解が追い付いていないというもの。
「...帰る場所?それならそこにあるけど...?」
「いえ、ですから、皆さんが帰ってしまわれたら成瀬さん一人で寂しいじゃないですか。いつまでここが空いてるか分からないですけど...」
空見の言葉にまたもや疑問を返す。
「...帰る気はないわよ?」
「...ん?」
双方の理解が食い違っているらしい。
後で説明するから、と五鈴に言われ全員は近くの喫茶店に集まった。
「ごめんっ。私の説明が悪かったわね。ここにきてから改めて聞こうと思ったのよ」
「聞く...ですか?」
一人で納得したように話す五鈴に対して、空見を含めてぽかんとした表情になる。一通り落ち着いた五鈴は考えていた全容を説明する。
「まず、このイベント2日目について説明するわ。朝から夜。さっきの時間までが今日のスケジュールの最後、これは同じ認識だと思うの」
皆が納得するのを確認して五鈴は話を進める。
「イベントスケジュール上では、今日は終わりなの。ただ、イベントスケジュール外でやってはいけないというルールはないのよ」
「ってことは」
咲宮が気づいたように食い込む。そして頷く五鈴。
「そう。つまり、やりたい人は自己責任で勝手にやってねってこと。私がここで話したかったのはこれから残るかどうか、という点についてね」
「じゃあ残れば成瀬さんが来るのを待てるってことですね!」
勢いよく立ち上がった空見はやっと答えが見えてきて満足気な表情を浮かべた。
「ま、そういうこと。こればかりは私だけで決めることじゃないから集まって話そうと思っていたの。」
「良かったです。」
多くは語らずとも夕凪もその点を心配していたのか笑みを浮かべる。対して気になる点がある、と言い出したのは咲宮だ。
「でも五鈴さん。終了時刻になってみんな帰ってたよね?その話が本当なら残っている人がいてもおかしくないような」
「それについては、初日貰ったイベント資料にあると思うけど一旦清掃が入るのよあそこ。これから夜通しでやるチームも出てくるだろうからそうなる前にね。単純に終了だから帰るところもあるだろうけど、全部じゃないわ。今頃は一旦帰宅したり私たちみたいに今後の方針を話し合ってるところが多いんじゃないかしら。」
「ほんとです」と夕凪は資料を見ながら呟いたので正当性もばっちりだ。
「で、本題なんだけど...どうかしら?私が考えてるのは一度帰宅して準備、それからまた集合する。泊まるから会場にある仮眠室を使おうと思っているのだけど、シャワー室はないからお風呂には入っておいた方がいいわね。」
「私残ります!残りたいです。」
「千羽ならそういうと思った。私も大丈夫。お泊りも出来て楽しそうだし」
「夕凪もやりたいです。でも家族と相談します。結果を連絡したいので五鈴先輩の連絡先教えてもらえますか」
「ええ、いいわよ。じゃ決まりね。時間は任せる。私の連絡先はみんなに共有しておくから何かあったら連絡して」
話はスムーズに決まりその場で一度解散することになった。
「絶対暇だろ。部活はいいのか?」
休日のゲームショップで久しぶりでもない顔をみて心配するように話す明人。
忙しそうに見えるだけで実は...なんてこともあり得る。
「もうとっくに辞めてる。...プロだから。」
そう言うと明人の持っていたゲームパッケージに視線が向く。
「それ」
「あぁ..見てただけだ。別に戻ろうとか思ってない」
「私一言もそんなこと言ってないんですけど」
「...。」
「...私凄く良い人だと思う」
「は?」
「着いてきて」と連れてこられた場所はネットカフェ。ゲーマー専門の以前空見と行った同系列のお店だ。
「俺イヤホンもってきてないぞ」
「いいわよ、別に必要ないもの」
黒破の慣れた手つきでゲームが選択され、明人も同じものを選択するようにと指示を受ける。
「おい」という明人の言葉を静止するようにして続きを促す。
「あー懐かしいわね。ね?明人」
声色は楽しんでいるようなものじゃなく、同調させるようなそんな声。
いつも画面越しで見る外向きの黒破とは別人のように冷たい。
明人はため息交じりに画面を操作していく。
キャラクター選択画面。
速攻でキャラを決めた黒破は、明人に向かって吐き捨てるように
「─言っとくけど本気でね。私が勝ったら絶交だから。そのつもりで」
間違いなく本気で、それは決別の意思。
「...。」
黙ったまま選択したキャラは明人の使い慣れたキャラ。
黒破はその表情を変えることなく、開始の合図が表示された。
黒破のキャラはカウンターをセオリーとするキャラで開始直後も攻める意思は感じられない。
「カウンターか...それなら」
「私が言えるのはあの時点で明人は私を含めた一年生の中で最強だった。積み上げてきた経験が桁違い過ぎるもの。」
「!?」
「隙あり」
黒破の言葉に気を取られて判断が遅れた明人のキャラは見事にコンボを繋がれ大きく体力を減らされる。
「...。」
そのまま黒破が明人のキャラを倒して1勝。
2本先取で勝利なので試合はリセットされ直ぐに再開される。
「そこまで好きだったものを辞めるなんて私には理解できない。」
「人間関係のしがらみなんてこっちに来ればたくさんよ。本当の相手は誰?友達?部活仲間?」
「そんな小さなことのために私の隣に並んだの?──明人。」
「...。」
2戦目も黒破の優勢は変わらず明人の体力は残り30%程度。
黒破が止めだと言わんばかりに
「終わり」
そう言い残した刹那、黒破のキャラが宙に舞う。
細かなコンボを繋がれ、徐々に体力を減らされる。
壁際まで迫った黒破はなんとか脱出を試みようとするものの、明人のテクニックが一段勝りそのまま明人が一勝。
戦いは最終決戦に持ち込まれた。
「明人、あなた...」
「集中しろ黒破。勝負中だ」
「...後悔しても遅いわよ」
一進一退の攻防。違いにけん制しあい、隙を待っている。
力が拮抗しているのか両者の体力は50,40%と削られ、一瞬の油断が命取りになる場面。集中力はピークに達し画面から手に入る情報を集約させて勝ちの一手を探す。
こういう場面はキツい。地力、経験からくる予測。賭けに頼りたくなる場面だ。
だがそれ以上に大切なものは
「冷静さを欠いたな黒破。」
寸前のところで明人のキャラが盛り返しそのまま決着。明人の勝利で幕を閉じた。
「はー。出た出た。私そのセリフ嫌い。絶対見下してるんだから」
「アドバイスに加えて冷静さがあれば勝てなかった、という賞賛が籠っている良い言葉だから使ってるんだ」
「変人ね明人って。でも、私が少しだけ評価してた時の明人かな」
「どっちが上から目線なんだよ...」
少しだけ笑った後で机から手を離し、背もたれに体重を預けた後で懐かしむように口を開いた。
「入部してから頼られるのが嬉しかった。」
「入部当時の明人は人気者だったわね」
「みんなの為を思って技術指南書まで作った。俺はいつの間にかみんなの為にゲームをやってたんだと思う」
「自己犠牲の塊ね」
「だから辛かったんだ。頼られなくなって、価値がないって言われて。でも違った。
俺はそんな小さいことのためにe-Sportsを始めたわけじゃない」
「日本一になって世界に挑戦して。何万人もの誰かの期待を受けて、そして力を与えるために。俺はやるんだ。」
「...悪い、忘れてた。なんの為にやってるのかってことを。」
「私は世界一目指すけどね。もういい?」
そのセリフが何時ぞやの五鈴と重なる。
後で謝ろうと思った明人の顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「ああ。迷惑かけたな」
「本当よ。私に相談なく姿消したの今でも根に持ってるから」
明人の返事を呆れ顔で返した黒破だったが口元がに笑っていたのはきっと嬉しいことがあったからだろう。
と、思い出したように明人は黒破に向かって疑問を口にする。
「...お前格闘ゲームやってたんじゃなかったのか?」
「ま、一年近く会ってないんだから当然...じゃない、私のプレイ放送されてるでしょ?もしかして見てないの?」
「完全に離れてた」
「でしょうね。じゃ私行くから。あなたもやることやりなさいよ。」
改めてお礼を行って明人は駆けだすようにしてその場を後にする。
黒破はその背中を見送りながら呟いた。
「...名刺も渡しておくものね。あの子には感謝しないと」
そういって黒破もゆっくりと席を立った。
「もう私寝るけど、まだやる?」
「はい。楽しくてまだまだできそうです。」
「...そう。最低3時間ぐらい寝てくれるといいんだけど。それぐらい面白いと感じてくれてるなら私も嬉しいわ。無理はしないでね」
「ありがとうございます。」
暗くなった部屋で黙々と戦闘を繰り返す空見。とっくに零時を回っており、初めはいたメンバーも残るは空見だけ。
周りにいた参加者も徐々に人数を減らし残るは空見一人。だがその意識もとっくに限界まで来ている。
規則正しいをモットーにしている空見には些か厳しすぎたのだ。だから会場の入り口の扉が開いたことにすら気づくことが出来なかった。
「寝るかやるかどっちかにしたらどうだ?」
苦笑しながら言われたその言葉は空見が待ち望んでいた声。
「な、成瀬さん!!」
「ちょ、声が大きい。静かに...」
周りにはさっきの空見のように席でうなだれたように寝ている人もいるのだ。それを起こすのはさすがにナンセンスだろう。
「...悪かった。電話も入れてくれたみたいで気付かなかった。」
「いいんです。こうして戻ってきてくれたんですから。でもどうして入れたんですか?確か零時前に鍵は締め切っていたはずです」
「ああ、それは...」
明人は思い出すようにして空見に伝える。
ゲームショップから急いで戻った明人だが、場所が離れていたせいもあり戻る頃には零時過ぎ。会場に入るための扉は空いておらず困って立ち往生していたとき
「あれ?参加者かな?ああ、入れなくて困ってるのか。ほんとはダメなんだけどねー」
主催者が通りかかってなんとか入れてもらえたという顛末だった。
納得した空見の顔をよそに明人は実に半日ぶりの自席に腰をかける。
畳んであるPCの上には出ていくきっかけとなったノートが鎮座していた。
「取られたらどうすんだこれ。...よしっ」
覚悟を決めた明人はPCを立ち上げ、ノートを開くと一つ一つを自身に落とし込むようにしてゲームに没頭する。
「良かったです...私もこれ...で」
「ここで寝るのは体に良くないぞ」と仮眠室まで連れ添ってから改めて目の前のやるべきことに集中し始めた。