散らばる予感
「んー、どれにしようかな。チョコでもカカオ多めだったらいい..よね?頭使うし、うん」
咲宮は練習の合間、チームを離れてお菓子を買いに近くのコンビニに来ていた。
「ペア練だと相手に迷惑かかっちゃうし、今のうちに買いだめしといた方が良さそう。あれ?」
物色するようにして商品棚を見ていたその先、店の外の道路に見覚えのある顔が横切ったのを咲宮は見逃さなかった。
「...成瀬君?この先に何かあったっけ」
咲宮と同じように一時的に外出しているのだろうが、考えたところで目的は見えてこない。
買い物を終えた咲宮は明人のことが気になりながらも会場へと戻った。
「そういうことかー。」
「どうしていいか分からなくて、五鈴さんも20分ぐらい席を外しているので桜霞ちゃんとこれからどうしようかって相談してたんです」
咲宮が帰ってきたときには夕凪と空見しかおらず、二人ともゲームをせずに難し気な顔をしていたので声をかけてみて今の状況を把握する。
イベント中に起こる問題としては最悪極まりない。
今日を逃すだけなら練習時間を削られるだけで済むが、このまま帰ってこないとなればトーナメント優勝という目標どころではなくなってしまう。
空見自身少し聞こえた程度だが明人自身の問題らしく、どうにかしたいと考えてはみるものの、無闇に触れて良いものかというところで悩んでいるようだった。
二人のやり取りを見て、夕凪は寂しそうに話す。
「成瀬先輩は勝手です...」
沈んた空気がさらに重たくなる。
そんな中一人空気に飲まれず「きめた!」と快活な声が聞こえ、
「あたしは五鈴さんを探してくる。二人は練習してて。」
「五鈴さんに説得をお願いするんですか?」
「違う違う。私のペア相手になってもらおうかなって。今は少しでも上手くなりたいから」
「...成瀬先輩はどうします?」
その問いにふふっといたずらっぽく笑った咲宮。
「ほっとこっか、成瀬君。」
「そ、そんな!ダメです!絶対だめです。咲宮さん!」
「あたしはこんな大事な時に逃げちゃうこと自体許せない。成瀬君勝手だなって。だから探しに行ったとしても、今の感情をそのまま伝えちゃうと思う。で、そのまま説得できても多分楽しめない」
「そんな気持ちでイベントを過ごすぐらいなら、明日に向けて練習する。私は成瀬君が戻ってくるまでに強くなる方を選ぶかな」
話を聞く空見は決心するようにして咲宮の目を見る。
「...わかりました。こんな大事な時にどこかに行っちゃうなんて成瀬さん困った人です。」
心配が先んじているのかいつもの口調より若干落ち込んでいるように見えるが、待つことに納得してくれて良かったと咲宮は胸をなでおろした。
「夕凪さん、空見のこと任せたからね」
コクっと頷いたのを確認して、咲宮は五鈴を探しに行くが見つからず。
ロビーでもなく、食堂でもなく。
探した先に居たのは会場の非常階段の一番上で外を眺めるようにして階段に座っていた。
「五鈴さんって黄昏るんだ」
「たまにね。いつもは学園の屋上で黄昏てるけど」
「え?そうなんだ。屋上全然行かないから知らなかった...」
「成瀬君もよく来るわ。しかも授業中のタイミングだけ。どんだけサボりたいのよ、あいつ」
呆れた表情で淡々という台詞からして苛立ちは残っているのだろう。それでも誰彼構わず苛立ちをぶつけない辺り出来た人だなと咲宮は思う。
着いた埃を払うかのようにスカートを叩いて立ち上がると
「悪かったわね。休憩長めにとっちゃった。戻りましょうか。」
扉の方に踵を返した五鈴だが咲宮は動かない。
「成瀬君まだ帰ってきてなくて」
「...そう。」
「何があったのか、教えてもらえないかな?」
「咲宮さんには関係ない話だから」
「だと思った。じゃ一つだけ。」
間を置いたのは今までにない鋭い瞳を五鈴に向けるためだ。
「なんで止めないの。成瀬君は帰ってくる?」
「...微妙ねあれは。私は彼の多分一番暗いところを触ってしまった。彼が転校してくる前のね」
「転、校生...」
「そう。だから彼自身の問題なの。私は私の考えを言っただけでどう結論づけるかは待つしかない。...それに希望はある。だからというわけではないけれど、待ちましょう今は」
それ以上咲宮は何も言うことはなく二人して会場に戻った。
「ゲーム出すぎだろこれ...」
明人は会場から離れたいつも空見達と訪れるゲーム街の中、ゲームショップに居た。
品揃えをウリにしているだけあって、ここ半年で発売された新作を大概抑えているように見える。
見えるというのは言葉の通り明人自身把握できていなかったということ。
「最近ソーシャルゲームに時間取られすぎたせいか。」
だが後悔するようなことではない。
一度ハマったら飽きるまで抜けられないそれがソシャゲの闇であり光なのだ。
このショップでは常にコーナー枠というものがあり、店員がオススメする物、ファンタジー物、というような括りで客が来店する度に新しい情報を提供してくれる。明人としてもネット通販を使いがちであるものの、そういった面もあり生のショップを訪れることは少なくない。
単純にゲームの予約特典1つとっても販売店ごとに種類があるのでそれも見逃せないポイントの一つだ。
変化が著しいコーナー枠でも、常に力が入っているところはここ数年変わらないらしい。
「e-Sportsってこんなに種類増えてるのかよ!知らないうちにまた市場が大きくなってる...」
実際ユーザーにとっては良い傾向である。
自分に合ったタイトルを選べるかどうかはプロを目指す上で非常に重要な要素。
最もある程度ジャンルが被ってくれば客の取り合いになるので制作側としては難しい問題だろうが。
ふいに明人はある一本のゲームを手に取る。思い浮かぶのは古い過去の記憶でもなく何故か震えるようにして言い放つ五鈴の姿。
『─どんなにきつくても、前に進めてるんだって自分を肯定できる』
「声震えてるんじゃ伝わるものも伝わらないだろ」
呟き、ゲームを棚に置いたときだ。
「明人?」
「お前は...」
「うん、二人とも相当いい感じよ」
この言葉で肩の荷が軽くなったのか二人とも安堵の声を漏らす。
「咲宮さんは予測が上手ね。タイミングをとるのが上手いから偏差射撃が上手く出来てる」
咲宮が小さくガッツポーズをとった横で首を傾げる空見に対して補足説明。
「偏差射撃っていうのは、移動中の敵に砲弾をあてることを言うの。弾は真っすぐにしか飛ばないから敵の着弾地点を予測して打つ方法」
「空見さんはそうね、安定感がない代わりにたまに良い動きするのが良いと思う」
「いいんでしょうか?それは」
「いいことよ。自分で考えて咄嗟の判断で色々やってみるのは大事だもの。でも今はセオリーに従ってほしいかも」
「が、頑張ります。」
五鈴が帰ってきてから、咲宮と五鈴がペアを組み練習を再開していた。
現在は4人で小隊を作り戦闘を繰り返しているところだ。
「空見先輩は夕凪を見失わないようにして下さい。入り組んだマップなので前だけでなく左右にも気を配りましょう」
「了解です、桜霞ちゃん」
始めの方はあまり空見と口を開くことがなかった夕凪も慣れてきたのか言葉数が多くなりそのおかげか空見の動きが格段に良くなっていた。
そのやり取りを聞き空見と夕凪を組ませて問題なかったと一安心する五鈴。
一息ついた後で五鈴がマイク越しに
「この辺で本番用の車両を使ってみましょうか。」
今回のトーナメントに参加するためのルールとしていくつかの制限が設けられている。
今全員が使用している戦車はTier2。最大は10までだが上にいくほどに強くなるのは当然、求められるPSも比例するため今の空見たちが扱うのは到底難しいだろう。
もちろんイベント側もそれに配慮して使用可能な戦車をTier3のみに定めている。
そしてもう一つが同じ車両を使わないこと。
これは強い戦車で固めて勝つことを制限していて、可能な限りそれぞれが自分の役割を担い考える余地を与えることで面白さを感じてもらうことと、単純に色んな戦車がいる方が視聴する側にも楽しいだろうということだった。
この辺りは昨日時点で共有されている内容であり、全チームが納得したものだ。
Tier3といっても今まで扱ってきたTier2に比べれば尖った戦車も増え、個性を出して戦えるようになる反面慣れておく必要がある。
それを想定した五鈴は2日目が終わる数時間前の今になって提案したのだった。
「今私の考えるおおよその作戦だけど、ペアが2つ。臨機応変に動くのが一つで考えてる。後者は私が勤めるから、今作っているペアを崩さずに行くわ。」
「じゃあ私と成瀬君ってこと?」
「そうね。大会ルールとしても5人参加が条件だし来なかったらそのときはそのとき、よ」
「うん、わかった」
「桜霞ちゃんよろしくねー!」
「うわっ...。いきなり抱き着かないでください...」
いちゃついている二人から視線を外して、五鈴は言い残した内容を伝える。
「車両は各自好きなもので。ペア同士で役割が被らないのが理想だけど、自分に合う物が一番よ」
その言葉を受け取ると各自で車両を選んでいく。夕凪は空見と被らない車両を選択するらしく空見が選ぶの手伝っていた。
「...後は」
五鈴は1つだけ空いた席を見ながら小さく呟いた。
ここまではおおよそ五鈴のイメージ通りに進んでいる。
残る問題は一つだけだ。
「──2日目終了です。皆さん、お疲れさまでした。」
「えっ!?」
突然聞こえたアナウンスに空見は驚いた様子で時間を確認した。
既に終了時間を過ぎており、画面から目を離したのは戦車を決めてから既に2時間近く経った後のこと。
そのアナウンスを受けてか各自ヘッドセットを外していく。五鈴と咲宮は席から立ち上がると大きく伸びを、空見はというと肩の力を抜いてぼーっと窓から見える空を眺めていた。
「もうこんな時間なんですね」
「私は夜行性なのでむしろこれからですが。」
「桜霞ちゃん。今日は本当にありがとうございました。迷惑だったかもしれませんが...」
えへへ、と恥ずかし気に話した空見の気持ちを受け止めるようにして、首を横に振る夕凪。
「いえ、夕凪も楽しかったです。始めたころの自分を思い出してしまいました。」
「そうですか。」
空見が周りを見渡すと、続々と会場をを後にする参加者たち。
他のチームもさすがに仲良くなったようで、後半に従うにつれて話し声も良く聞こえてきていた。
それが少し羨ましく思えるのは。
「結局こなかったね、成瀬君」
「...。」
その言葉に対し帰ってくる言葉はない。
咲宮自身も返事を期待していたわけではないのだろう。
空いた席に集まった視線を外し、会場出口に向いた五鈴は声をかける。
「とりあえず私たちも出ましょう。」
荷物をもった五鈴は先頭に立つようにして皆の動きを待った。それぞれが仕方なしに荷物をまとめたところで
「...嫌です。私は、成瀬さんを待ちます。」