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e-Sportsは君と共に  作者: むじく
1章 始まりの時
16/22

知識の価値

お昼過ぎ、時間は14時を回ったところで暫しの休憩。

どちらのペアも熱中していたらしく、五鈴が声をかけるまで誰も席から離れなかったので遅めの昼食となった。


「どう?調子の方は?」


会場にある食堂でそれぞれがご飯を食べている中で、五鈴が初心者の二人話しかける。


「桜霞ちゃんのおかげで楽しいです。覚えること多いですけど少しずつ慣れてきました。ね?」


「うっ...。開幕特攻はダメです...先輩..」


「えへへ...次は気を付けます」


苦笑する空見に対して既に焦点が合っていない夕凪。名前で呼んでる辺りいつの間にか仲良くなったらしい。

話を聞くに詰め込みすぎた代償からか、教えたことが頭から抜けていくとか。


夕凪が教え込んでいるのではなく、空見が次々と質問を繰り返すため夕凪がそれに答えるものの空見の吸収量を超えてしまうというものだった。

ついひと月前ほどに明人が経験したような気がするが、夕凪には頑張れとだけ言っておく。


「私は...楽しくやれてるかな。成瀬君のアドバイスも欲しいときにくれるし、勲章もいくつか取れて良い感じかも」


「勲章?」


聞き覚えのない単語に空見が問い返す。

咲宮の視線がそのまま明人に向かうので言わずも察知して、どう説明しようか考える。


先ほどのやり取りからして、この新しい情報を詰め込むことで空見が忘れてしまわないかと不安になるが、ゲームの面白さを作る一つの要素なので知っていた方がより楽しめるだろう。


「勲章っていうのは、戦闘後に貰えるバッチみたいなものだ。勲章にはそれぞれ条件が設定されているんだが、戦闘中にその条件を満たすことで初めて受け取ることが出来る。ある程度うまくなればどの勲章を手に入れるか決めて、獲得できるように動くっていうのも一つの面白さだと思う。まー狙いすぎると痛い目見そうだし俺はしないけどな。」


「その辺五鈴はどうだ?」


この輪で言えば明人も経験者に入るが、五鈴から見れば基本を知っている程度、やり込んで遊んでる人間から聞くのが適切だろう。


振られるとは思っていなかったのか、箸をおいて手を口にもっていく仕草で思案しながら口を開く。


「そうね。んー、成瀬君の言うことは正しいと思う。狙って取るのも楽しいし、取れそうだから狙いにいって運よく取れたというのも気持ちいいものよ。狙いすぎて不調になった経験あるから好き好んではしないかな、私は。」


経験からくる言葉なら説得力は十分である。どれだけの経験値なのかは知る由もないが明人と比べ物にならないことは予想がつく。


「なんだかカッコいいです、勲章。午後もがんばりましょう桜霞ちゃん!」


目を輝かせる空見に対し、危険信号を感じ取った夕凪は自分ではどうしようもないからと明人に視線を投げかける。


「...空見。勲章は狙って取るより、たまたま取れた時が最高に気持ちいいんだ。」


「そ、そうなんですか?なら勲章のことは気にしない方が良さそうですね。」


なんとかフォロー出来たと安心し、一同が食べ終わるとこれからの予定について話すため戻ることにした。



「─再開よ、成瀬君」


今度も夕凪と空見はペア、咲宮は教えてもらったことの反復練習でソロ活動。

残った二人はそのままペアとなり五鈴が教える側に回るという形だった。


「ああ、でも良かったのか?」


「何がよ?」


「俺に教えるより初心者二人につきっきりになる方が全体のレベルアップにつながると思うんだが」


「最もな理由ね。だけどね成瀬君にも楽しんでほしいの。強くなっていくのって楽しいから。」

「私と夕凪はプレイ自体に目的をがあって参加してるわけじゃないし。だから気にしなくていいのよ」


「目的ね」と小さく呟いた明人は納得したように準備を始める。


「私としてはなんで貴方が参加してるのかが一番気になるんだけどね。」


明人の手が止まる。そこに触れるのならどうしても聞いておきたいことがあった。


「...家を出る時聞いたよな?e-Sportsのこと。」


「そうね」


「どこまで知ってるんだお前は」


「んー、そんなには知らないわ。その話は今日が終わってからしましょ。今はこれに集中。わかった?」


話してくれるのであれば明人としてはそれ以上追求することはない。

確かに気になる件ではあるのだが、今何を優先すべきかは言わずとも分かっている。


「了解。で、俺はどうしたらいい」


「これ見て。」


何かを突き出すようにして明人に向けられたものに視線が向く。

デジタルが主流の今こういったものを見るのはあまりない。


「ノート?」


「そう。私がこのゲームプレイしてきたこと、簡単に言えば定義集ね。コピーだけどちゃんと最新の情報までカバーしてるわ。このマップではこの動きとか、この戦車を相手にするならどうとか。見る部分によって変わってくるけどね」


「ど、どうするんだ?これ。」


一見綺麗に見えるが年季が経っているそれは角は丸まり傷が多いのが見て取れる。

そこまで分厚いわけではないので、恐らく自身が定義した中でも重要なポイントを抜粋したノートなのだろう。


それを見た途端明人の口調が僅かに震えていた。どうしたのかと言うようにして五鈴が返す。


「は?どうするって見るに決まってるでしょ。一体どうしたのよ」


「...。」


突き出すようしたノートを呆然を見続けるのみで一向に受け取る様子がない明人の行動を理解しようと思いつく答えを口にする。


「ノートがアナログすぎるとか、使い古したものに触れないとかやめてよね。流石に凹むから」


「...それ大事な情報なんだよな?」


五鈴の言葉を無視して疑問を言葉にする明人。


その神妙な面持ちから答えないと終わらない、と判断した五鈴は持っていたノートを明人の机に置いて明人と正面から向き合う事にした。


「そうね。これが私みたいなものだし。努力の結晶だし。言うの恥ずかしいけど」


あっけらかんとして言う言葉だが到底嘘には思えない。

だからこそ今の明人には信じられない。


「そこまで努力して積み上げたものを見せるなんて俺には考えられない。そのノートは言ってしまえば五鈴の価値そのものだ」


「共有するってことは五鈴の価値がなくなるってことだぞ。怖くないのか?俺がその情報を口外する可能性だってある」


五鈴はそれを黙って聞く。それを肯定として捉え畳みかけるようにして続ける。


「いや、危ないとこだったな。もし俺たちがe-Sports部だったとしても同じ行動できるか?積み上げた価値は簡単に共有していいものじゃない。そいつの価値として持っておくべきものだ。」


言いたいことを言い切った明人はスッキリした様子で


「さっきの俺と咲宮がやってたみたいに、気づいたところがあれば指摘してくれ。出来る限り善処する」


再び動いた明人の画面では戦闘で使う戦車を選択する場面になっており、どれにするべきかと唸っている。


これではさっきの咲宮と同じだなと光景を思い返しながら五鈴に意見を求めた。


「なぁ二つの戦車で迷ってるんだがどっちが良い...」


「出来る」


「?いや、俺が今聞いてるのは、」


「だからさっきの質問の答え。もし俺たちが、の続き。出来るって言ってんの。

もういい?」


「いやいや、それはおかしいだろ。じゃ何か?五鈴は自分の価値が無くなっても構わないって言うのか。はっ、あり得ない」


五鈴をあざけわらうようにして明人は今までに見せたことない表情を見せる。

過去の感情が蘇ってくる。嫌な言葉も全て。


明人としては過去の自分を見ているようで。

あの時周りの言うことなんて聞かずにただ一心に上を目指せば良かったと何度後悔したか覚えていない。覚えていないのは忘れたいからだ。


苛立ちをまるで隠そうとしない明人に対して五鈴が向けるのは哀憐の言葉。


「何それ。理解したくもないし、その考え方は悲しいだけよ。」


そう吐き捨てた後で深いため息から口調がいつもの五鈴に戻る。


「教えといて上げるからよく聞きなさい。積み上げたこと、それ自体に価値があるの。これは単に見える形に落とし込んだだけ。でもね、それすら出来ない人もいるわ。負けて負けて、言い訳して辞めていく。」


「でも私は違うってこれを見ると思える。どんなにきつくても、前に進めてるんだって自分を肯定できる。だから大事。これが私の価値?何バカなこといってんの。...幻滅よ。」


「......。」


「外に出てくる。さすがにこれじゃやる気にならない。」


黙り込む明人に呆れた五鈴は雑に席を立ち会場を出ていく。


「...なんだよ。良かれと思って俺は...」


五鈴を追うことなく否定されたことに対して感情を膨らませる明人だったが、そのまま五鈴の後を追うようにして席を立つ。


この苛立ちでは何もする気が起きない。それは同じだった。


「あのっ...」


心配そうに声をかけてくる空見に向かって「外に出てくる」とだけ言い残し目的もなく歩き出した。


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