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e-Sportsは君と共に  作者: むじく
1章 始まりの時
14/22

決戦前夜

学校からの帰り道、明人は帰宅部の面々と別れ一人家に着いた。

見慣れた部屋がいつもより目について、せかせかと片づけ始めてしまうのは妙に気持ちが浮ついているせいなのだろう。


チラッと時計を確認、これから外出するにはちょうど良い時間である。


「行くか」


短く呟いた明人は外出用の鞄を持って玄関を出た。



「近くまで来てると思うんだけど...」


薄暗い暗闇の中で、手に持っていたチラシに記載してる地図と目の前の景色をリンクさせるようにして明人は足を進める。

ある程度目的地の近くまで進むと、同じ目的を持っているだろう人々が並んで歩いでいる光景が見えてくる。明人はそれに馴染むようにして本日の目当てである会場へ向かった。


中に入ると参加者が迷わないようにと案内板が表示されており、案内に従うように移動した先は軽く100人は入りそうな大教室。


「おお..。こんな感じなのか」


明人の視界の先では既に50人ほどが座っていて今でも人が増え続けている。

周りを見回し、指定された席に座る明人。


参加者といえば比較的若めではあるものの30,40代の人もちらほら見かけられる。が年齢なんて関係ない、結局のところはゲームをするだけなのだ。

それから指定された時間まで100人を超える人数が集まり、これから始まる催しに皆々が期待を膨らませていた。


「本日はお集り頂きありがとうございます。」


壇上に立った主催者だろうか、始まりの挨拶。30代ぐらいの男性で話ぶりは知的な印象を受ける。

楽し気な印象を受けるチラシとは異なって、厳かな雰囲気で始まるそれは楽し気に話していた参加者も息を潜めるほど。


それだけ告げると彼は私の仕事が終わった、とても言わんばかりに肩の力を抜いて話し始めた。


「私は元々このイベントの参加者でした。毎月のように行われるこのイベントが楽しみで、参加する度に友人、知人が増えていく。いつしか仕事するまでになってしまいました。」


軽い語りだしから言い終わりは笑い口調。先ほどの空気は一蹴され、皆がその言葉に耳を傾ける。


「いつどこでどんな出会いがあるか分かりませんが、皆さんの人生にとってこのイベントが良いものであることを願います。」


「ゲーマージャムへようこそ。スタッフ一同、皆さんを歓迎します。三日間楽しみましょう!!」


主催者のガッツポーズにつられて「「おー!」」と声を上げる者、拍手で応える者など会場全体がイベントの始まりを祝福しているようで、ゲームという目的で集まった顔も知らない人達と一緒に拍手をするのは明人自身不思議な体験である。

その期待は、皆々が楽しもうとしている気持ちの現れであり何時しかこの会場に来るまでに感じていた不安はとうに無くなっていた。

挨拶の次は簡易的な内容説明。今日は説明と顔合わせがメインとのこと。

金曜日の夜に集まったのは週末二日間をイベントに当てるためらしい。確かに会場内にはスーツ姿の人も目立っていた。


そして土曜日はゲームをとことん遊び、日曜日はトーナメントというスケジュール。

トーナメントでは軽い食事会が催されるらしく参加する側にしては至れり尽くせりという感じだろうか。


「コンセプトはゲームの全てを楽しむ、です。とことん楽しみましょう!最後になりますが...」


全部で30分程度の話が終わったかと思えばそうではないらしい。

主催者がニコリとしたわけはこの後にあった。


「皆さんの机の下を触ってみて下さい」


言われて明人が見つけたのは一枚の紙。

白紙の裏を見返せば、この教室の座席表が写されていて、ある場所に★マークが付いている。

席替えと称した主催者に促されるままに、指定された場所を目指すが案外近く特別迷うことはなかった。


とはいえ明人の周りはまだ移動中、見た目様々な人らが参加していた。

話を思い返せばこのイベントは全国で開催されているものらしく、今日家で検索した段階では過去多くの人々が参加しているらしい。

また似たような小規模なイベントもあるらしいので、今回参加して手応えを感じればまた行ってみるのも悪くないな、と明人は考えに耽っていた。


「あ、成瀬さん!どうもです」


「は?」


想定しない場面に遭遇すると人は思考が停止するらしい。

明人は一度落ち着いてから声を絞り出す。


「空見、か?」


「はい、そうです。成瀬さんも参加してたんですね!奇遇ですっ」


明人を見るなり久しぶりの再会のように喜ぶ空見。

最近話せていなかったが、反応を見るに距離を感じていたのは明人だけらしい。


その後ろで咳払いをするように存在を示したのは。


「咲宮。いたのか」


「成瀬君ほんっと嫌い。最悪。」


その言葉が大変癇に障ったらしくそれ以上こちらに顔を向けてくることはなかった。

思わず出る言葉なんだから仕方ないと思うのだが、これは謝っておくべきだろう。


「こんばんわ、です」


右隣が二人で埋まり、少し間が空いて左に座ったのは夕凪。

なんとも奇遇なことで驚きつつも「よろしく」と挨拶を交わす。


問題なのはその先にムスッとした顔。機嫌が悪いらしい、「もうなんでこんなことになるのよ」と呟いていた。


「屋上以外で出会うのは初めてじゃないか?」


「...そうね。はぁ...」


見知った顔が両隣に並び、参加者全員が席に座ったのを確認した主催者がマイクを持った。


「明日から予定しているゲームはチームで行うものになっています。実は今行ってもらったのは単なる席替えではありません。現時点で一つの机を共有している5人はチームとなります!」


場内にどよめきが走る。既に知っている人もいてその反応は様々だ。


「3日目のトーナメントは参加自由なので実際一緒にいるのは1,2日程度の短い間です。それでは今回のゲーム内容を...」


今回行われるのは世界的にも有名なゲームで戦車戦をベースにしたものらしい。

e-Sports当初から盛んなゲームで界隈では知らない人がいないぐらい有名なタイトルだ。


それも今の明人にとっては話半分程度にしか聞こえていない。


「えーと...。...マジか」


明人を含めた空見、咲宮、五鈴、夕凪でチームを組むのが確定したらしい。


その言葉が聞こえたかどうなのか左右から大きなため息が聞こえた、気がする。

ただ明人として1つ良かったのは夕凪と同じチームになれたことが幸いだった。


顔見知りが一人でもいれば夕凪も安心できるはず。

どうやら大事な用事が入ったようで美沙はキャンセルしたとか。あいつらしい。

顔合わせとゲーム発表がメインだったらしく、程なくして今日一日目のイベントは終了した。


既に暗い外を見て夕凪を送ろうとした明人だったが、別の声によってその思考は停止する。


「ちょっといいかしら。Bチームの皆」


言われるがままに声の主、五鈴の方を向く4人。

続けて言い放たれた言葉に一瞬顔を見合わせたメンバーだったが、反対する者もいなかったので全員一致で頷いた。



「決起集会でもするつもりなのか」


「そんな大層なもんじゃないわよ」


五鈴が一同を連れて向かったのはファミレスだった。


テーブルの上に各々ドリンクを置いた状態で五鈴が皆に聞こえるように言った。


「遅い時間に集めてごめんなさい。折角集まったのも何かの縁だし、軽い自己紹介と私は何度かこのイベントに参加してるから情報共有出来ればと思うの」


会場で隣に座った時怪訝な顔を見せたのは明人と組むのが分かっていたから、ということだろうか。

自身で納得するのは嫌なので、この辺を思い出すのはやめておく。


「良いと思います!私も皆さんのこと知りたいと思ってました!」


速攻で反応したのは空見だ。空見の行動力なら例え五鈴が提案しなくても同じことになっていた気がする。


「始めにちょっと確認したいんだけど、あんたとそちらの二人は知り合い?」


会場で明人と空見の親し気なやり取りを聞いていたのだろう。


「はい、そうなんです。同じクラスなんですよ私たち。」


「え?じゃあクラスが違うのかしら。私もこの人と同じ久道だから」


「そうだったんですかっ。凄い偶然です」


これでチームの4人が同じ学校である事実が共有された。後から分かることだろうが、このままだと置いてけぼりになってしまいそうなので明人は付け加えて


「夕凪も同じ学校の一年だ」


「あんただけ皆のこと知ってるのね。」


「まぁ...流れといいますか。」


別に隠すようなことでもないのだが五鈴の言い方に釈然としない明人。

気を取り直して、という口調で五鈴が先陣を切った。


「まずは私から。五鈴レアです。よろしく。順番は...時計回りでいいんじゃないかしら。次お願い」


「成瀬明人です。空見」


「はい、空見千羽といいます。千羽と書いてちうと読みます。よろしくお願いします!」


空見の期待するような目配せで察する咲宮。


「咲宮みさきです。いつもはゲーム街の喫茶店で働いてるのでそっちもご贔屓に。で、えっと...」


「夕凪、頼む」


明人の言葉に小さいながらコクリと頷き


「...夕凪桜霞です。よろしくです」


そこまで言い終えたところで明人に視線を返した夕凪。それを受けた明人はそのまま五鈴へとアイコンタクトして後を任せる。


「自己紹介が終わったところで本題に入るわ。話したいのは明日の準備と明後日トーナメントのこと」


「まず明後日のトーナメント、皆が良ければ出たいと思ってる。イベントのコンセプト「ゲームの全てを楽しむ」なら勝つことも一つの魅力だと思うの。どうかしら?」


そこに強い拘りのような意思は感じられず、あくまで楽しみを増長させる目的として

提案していることは伝わってくる。


「良いと思います!」


「私も賛成かな。夕凪さんはどう?」


「...問題ないです」


やんわり夕凪と距離を詰める咲宮。絶妙な間合いのうまさに脱帽してしまう。

そこまで確認し終えた五鈴が何故か一番の問題児のようにまるで最後の関門のように聞く相手は


「成瀬君はどうなの?」


「大丈夫だ」


これがどこぞの大会であればそもそも明人は参加していないだろう。が、あくまで短期間でゲームを遊んで楽しくやるという障壁の低さこそが明人が参加出来た理由でもあった。


「そう。ちなみ今回選ばれたゲームの経験者はいる?私はほとんど毎日やってるから経験者ね。」


「...たまにやってます。」


「夕凪さんが経験者と。成瀬君はどう?経験ありそうだけど」


「なんで俺に振るんだ。そのゲームなら確か100~200戦ぐらいしかやったことないから丸っきり初心者だぞ」


何でもないという表情の明人に対しやっぱり、と短く息を吐いた五鈴。


「経験者側ねそれは。」


「...え?」と五鈴との常識の不一致具合に驚いた明人は、周囲に答えを求めるも全員一致で経験者としてみなされることとなった。


「チーム分けだけど、あらかじめ運営側で経験者と初心者で割り振ってるの。トーナメント時の偏りをなくすためでもあるけど、単純に教えるのは楽しいし、教えられて上手くなっていくっていうのもゲームの醍醐味だから。」


「なるほど、そうだったのか」と声を漏らした明人に「そうよ。」と返してくれる五鈴は律儀である。


「ここからは明日のことになるんだけど...」


そう切り出した五鈴の話を聞きながら3日目のトーナメント優勝を目標にチームが一つになっていく。

やはり主催者の口から聞くよりも経験者が話すほうがずっとイメージしやすいのだ。


最も他人に興味がないように見えた五鈴が、こういったイベントに参加していること自体を意外に感じているのは明人だけではないだろう。

いつも屋上でしか会わないため教室ではまた違う一面を持っているのだろうか?覗きに行こうとは決して思わないが。


粗方言い終えた五鈴は氷の解けたドリンクをストロー越しに飲む。


「もう私から話すことはないけど...後は何かある?」


五鈴の問いに対し「質問じゃないけど」と前置きしたのは咲宮だ。


「正直こういうイベントに五鈴さんが参加するなんて意外だった。名前を聞くまで別人か?って思ってたぐらいだもん。あまり人付き合い好きじゃないのかなって思ってたから。」


咲宮の凄いところは聞き触りの良さにあると思う。普通に話したなら間違って解釈されてしまいそうな言葉でも、しっかりと目的を持った意思が相手に伝わる。今回で言うなら心の底から驚いているのだろう。


それに言われた五鈴もクールな表情を崩すことなく会話が続く。


「そう。イメージ変わったかしら?」


「うん、良い方向に。だって私たちにも楽しんでほしいと思ったから、わざわざこういった場を設けて話してくれたわけだよね?ありがとう、五鈴さん」


新しい一面が見れて嬉しいのか五鈴をベタ褒めする咲宮。

咲宮の隣で空見が感心しているのを見て、やれやれと肘をついた五鈴。


「ハァ...。いつもの私がどう見えてるのかが透けて見えるわね。どう思われても別にいいけど」


「私も咲宮さんみたいに面と向かって言える人は嫌いじゃないわ。」


ツンとして言った返答が気に入ったのか、咲宮は満足気な顔をしていたが、それを見た五鈴が「ま、学園じゃ話さないだろうけど」と付け加えたのは面白かった。


夜も遅くなり外へ。

夕凪を一人にするわけにはいかないと五鈴が付き添いをかって出たので、進行方向が同じである他の三人は固まって帰ることに。


とはいってもそれほど長い距離を歩いたわけではなく道中空見が色々話題を提供してくれたおかげか別れるまではあっという間。「じゃ」と言って二人と違う方向に足を進めたとき、後ろからした声に足を止める明人。


「成瀬さんとまた話せて良かったです。」


「...悪かったな。また明日」


「また明日です!」と聞こえたのを確認して二人と別れた。


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