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のじゃロリ狐耳

稲荷様と常世の国のクリスマス

作者: ルト

 それは、稲荷神こと私が彼女の面倒を見ることになって、まだそれほど経っていない頃のことでした。


「稲荷様、よろしいじゃろうか」


 高天原たかあまはらと並んで神の暮らす世界、常世とこよの国。

 日本の原風景が広がる豊穣の村に私の屋敷はあります。前庭からたまきが声をかけてきたのは、縁側で洗濯物を畳んでいるときでした。

 金髪に生える狐耳が気遣わしげに垂れているのは、どうやら私に緊張してのものではない様子。十代そこそこの年齢を勘案してもなお小柄な体を巫女装束に包んだ環は隣に連れた子どもをおもんぱかっています。

 着物に短パンを履いたわらべという風体ふうていの少年は背中を丸めてシクシクと泣いていました。

 私は環の用事を察しました。

 環はすまなそうにおずおずと口を開き、


「ずっと泣いておるのじゃが、周りの童たちは『いつものことだから』と言うて無視しておるようでして……話を聞こうにも、めそめそ泣いてばかりで」


 やっぱり。

 困り果てて泣きそうな顔の環にバレないよう、そっと細く息を吐きます。これは私の迂闊です。

 神様に至ったばかりでまだまだ見習いといった感じの環は、常世の国に来て日が浅く、慣れていません。だから私が面倒を見ているのですが、ようやく私への緊張も解けたというところ。

 そんな段階ですから、村人の童たちがみな「幼くして死んだ霊」ということにいまいちピンと来ていません。そのうえ環はとても優しく暖かな心根の持ち主です。

 そんな環が、日がな一日泣いている子どもを見て、放っておけるはずがありませんでした。

 私は洗濯物を脇に退けて彼女に応じます。


「その子は、今日が命日なのです」

「なんと」


 環は納得しかけて、首をひねりました。


「あれ? でも先日、『今日が往生の日なんだぜ』と自慢げに語る子がいたような。それに、ほかの童たちも、こんなふうに泣き暮れているものは今日までついぞ見ていません」

「そうですね。命日だからというより、命日に思い残しがあるから彼は泣いているのです」


 ほんの六つか七つという年齢に見える少年ですが、九十九年の巡りを過ぎて現世に再起する未来を待つ身でのこと。環よりもはるかに年を重ねた少年の、毎年の習慣でもあるのです。

 環はそれらの事情をかんがみて、首を逆側にひねりました。


「いったい、なんの思い残しが?」


 ええ、と私は頷いて、環に簡単に答えます。


「明日はクリスマスなのです」


 環はふむと応じ、私を見上げました。


「くりすます、とはなんでしょう?」


 期待通りの答えをありがとう。



 ……



「要するに、健やかな生育を祈って贈られるプレゼントを逃したから、心は六歳の少年はこうして悔しくて泣いているのです」


 サンタクロースの指人形をぴこぴこ揺らし、聖ニコラウスの逸話から日本におけるクリスマス文化まで説明し終えた私は結論のところをそう総括しました。

 居間の畳に三人で正座しての説明会です。少年は説明に興味がないのか、ぐずりながらお茶請けの最中もなかを一人でみっつも食べていました。

 なるほど委細全て了解した、とばかりにうなずく環が、はてと少年を見ます。


「なにが欲しかったのじゃ?」


 ぐずぐずと鼻を鳴らす少年は、面を伏せたままポツリと。


「……すいっち……」

「すいっち? そんなものが欲しいのかの?」


 環は怪訝な顔で、壁に填められた電灯の電源パネルを見上げました。それじゃない。

 この少年、テンテンドー製品を毎年バージョンアップさせて欲しがる困った子です。正直なのはいいことですが即物的が過ぎますね。お説教は後にして、環に言います。


「そんなわけで、この子の悔いは毎年のこと。現世への未練が薄れるに従って物欲も弱まっていきます。時間が解決してくれますよ」


 具体的には、明日になればケロッと忘れて遊んでいるはず。

 しかし環は、難しい顔をして考え込んでいました。なにか強い意志を瞳に宿して、ウンと頷いています。


「……分かりました。ではこの子を家まで送ってきます」


 なにか奥歯に物が挟まったような言い方をしましたね。

 連れ立って帰っていく二人を見送ったあと。

 私は奥の間の黒電話を回しました。


「あ、もしもし。アメノウズメ先輩? お願いがあるのですが、ええ。衣装を貸していただけませんか」



……



 さすが神様はフットワークが軽いです。


「アメノウズメ先輩、わざわざ申し訳ございません。ありがとうございます」


 連絡して早々にやってきてくださったアメノウズメ先輩が、我が家の居間で座布団に座っておられます。

 天の糸のような髪をサイドポニーに垂らし、ラメのようにきらめく目元を星よりも明るく笑ませています。女学生ふうのブラウスのえりを指で押さえてきゃらきゃらと声を高くしました。


「いーのいーの。こういうの得意だし、っていうか好きだし? もーっと頼って! って感じ!」


 どうやら最近はこんな人格がマイブームのようです。

 アメノウズメは古事記にも語られる高天原を代表する神の一柱。かの有名な岩戸隠れ神話で天照大御神を引きずり出すために半裸で踊り狂った、まさにその人です。

 踊り子とシャーマンの神であると同時に、流行を主導する芸能の神でもあらせられるのですが、ちょっと時代を先取りしすぎていてついていけません。まばゆく明るい居住まいは日本屋敷の居間には少々まぶしすぎるようでした。

 アメノウズメ先輩は喫茶店で雑談するノリでちゃぶ台に肘を乗せて言い募ります。


「てかさー、てかさー? 稲荷ちゃん的にはいいの? 環ちゃんのやってること」

「なにがでしょうか?」

「だって、意味ないでしょ。これ」


 アメノウズメ先輩は少し困惑したように机の不透明なビニール袋を指します。

 サンタの衣装。異教の文化の真似事を。


「意味がないなんて、そんなことは」

「や、おためごかしはいーから。どうなのって聞きたいわけ」


 さすがサバサバしています。

 そして同時に、彼女の言は的を射た指摘でもありました。


「確かに、『効果』はありません。あげたところで環の望むように彼は慰められないでしょうし、明日には気を持ち直します。そして来年また悲しむでしょう」


 環が望むような結果は得られませんし、環が関与する余地もありません。

 彼が命日に泣き暮れず済むためには結局のところ時が降り積もるしかないのです。どうしようが結果は同じ、という点において、環の試みはまったく無駄なことでしょう。


「ですが」


 私は思います。


「意味はあるのではないでしょうか」


 誰にとって、どんな意味が、という正確なところを推し量って定義するのは、とても難しいですけれど。

 先輩は「にひ」と八重歯を覗かせました。


「そっか。稲荷ちゃんがそーゆー考えなら、センパイ協力は惜しまないぞっ」

「ふふ。ありがとうございます、頼りにしています」


 と、そんな話をしているうちに玄関のほうがガタピシと鳴ります。少年を送り届けた環が帰ってきたようです。


「ただいま帰りました。稲荷様、お話が」


 居間に顔を出した環は、私の向かいに横座りしている美女に目を丸くしました。

 素直な彼女に微笑んで声を掛けます。


「お帰りなさい」

「やっほ、環ちゃん」

「お客様がお見えになっていたとは……えと、失礼いたしましたのじゃ」

「気にしないで! 気にしてないから。急に来たのはアタシだしねぃ」


 さて、と先輩はわざとらしく声を出して立ち上がります。


「長居することじゃないし、そろそろ帰んね。バイビ♪」

「は。ありがとうございました」


 もとは氏神の稲荷神にさえ緊張する環です。正真正銘、神話に語られる天上神であるアメノウズメ先輩はいかにも恐縮することでしょう。

 環の用事のためにご足労いただいてしまったのに、肝心の環が口を出せる状態ではありません。それを思って先輩はわざわざ立ち去ることを環に伝えているのです。

 感謝に伏せてお辞儀します。


「お呼び立てしてしまった形になって、本当にすみません。ありがとうございました」

「いーのいーの。アタシが勝手に来ただけだから。また何かあったら頼ってね。お見送りは結構よん」


 と言い残し、颯爽と立ち去って行かれました。

 うーん、さすが天上神。余裕が違います。

 玄関をガタピシと締めて帰っていったアメノウズメ先輩を見送って、環はおずおずと私の正面に正座しました。


「稲荷様。お話よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 深刻な顔の環は、重々しく打ち明けました。


「今夜、サンタになろうと思います」


 でしょうね。

 衣装を仕舞った不透明なビニール袋を手元に引っ張り、正座の膝を環に向けて座り直します。


「あなたがそう望むのは分かっていました。支度を始めましょう」

「よろしいのですか?」


 環はうろたえて、うめくように言いました。


「クリスマスはキリスト教のお祭りで、しかもサンタさんは異教の聖人じゃとおっしゃいました」

「それは原典での話でしょう。現代日本では庶民の行事として広く浸透していると教えたはずです。それに、人々に親しまれる行事を神々が否定するほど無粋なこともありません。そんなことよりも、気にするべきことは別にあります」

「は、すみませぬ」


 お辞儀をした環は、また不思議そうに顔を上げました。


「気にするべきこととは?」


 私は厳しい顔を作り、ゆっくりとうなずきます。

 とても重大で、難しく、そして喫緊な問題です。


「何を贈るか、考えねばなりません」


 環は壁の電源パネルを見上げました。

 だから、そのスイッチじゃないってば。


 ……


 結局ツテをたどって、テンテンドーの古い携帯ゲームを仕入れました。

 お焚き上げした馬鹿野郎がいたのです。結果的には召し上げられて助かりましたが、ゴミはきちんと分別しましょう。

 桐の箱に収めてギフトラッピングします。なんだかんだ、夜更けまで時間がかかってしまいました。

 私でさえこの始末です。屋敷じゅうをひっくり返して目ぼしいものが見つからず、探しに出て行った環は大丈夫でしょうか。

 と、噂をすれば影。環が屋敷に帰ってきました。

 居間に飛び込んでくる彼女の晴れやかな顔を見れば明らかです。私は微笑んで尋ねました。


「プレゼントは見つかりましたか?」

「なんとか間に合いました!」


 環は満面の笑み。得意げに風呂敷に巻いた細長い箱を掲げます。

 なんでしょう? 小物ではなさそうですね。しかし、問いただす暇はありません。支度はむしろこれから始めるのですから。


「では環。サンタの衣装に着替えてください」


 ガサゴソとビニール袋から白いファー付きの真っ赤な服を引っ張り出します。芸能の神アメノウズメ先輩から借り頂いたサンタの衣装です。

 卓に乗せた私の贈り物を見て、環は首を傾げていました。


「稲荷様も贈りに向かわれるのですか?」

「いえ私は心づけですよ。どうせ届けに行くなら一緒にと……なんですこれ」


 環に対する説明がぶった切られてしまいました。

 赤も鮮やかな厚手の洋服……洋服と呼ぶのもはばかられる小ささです。ほぼおびです。

 片方には黒革ベルトが巻いてあるので、腰に巻くものだとわかります。ニーハイまでのロングブーツと合わせ、おそらくスカートとして履くのでしょう。太ももザックリなミニスカートです。

 問題はもう一本の筒。

 ポンポン飾りがあるので前後ろはわかります。腕や首に巻くには少し大きすぎ、上衣として着るには短すぎました。チューブトップの水着のよう。

 ええ、そうですね。本当はわかっています。

 認めねばなりません。

 実際、チューブトップなのでしょう。

 黒電話までダッシュしてダイアルを超回します。


「……あ、もしもし! アメノウズメ先輩!? あのですね、誰がめちゃエロ水着ミニスカサンタの衣装を貸してくれと……え? なんですその変な声、今何をして……あっ!? いや、ちょ……お、お騒がせしましたっ!!」


 がちゃんと投げ捨てるように受話器を置いてしまいました。

 まさかこんな時間からお盛んだなんて……いえ、もういいのです。彼女がどうしようが自由ですから。クリスマスベビーは都市伝説ですけれど。

 問題はこちらのことです。先輩を頼れないのは参りました。他に衣装の心当たりはなく、あったとしても今から頼るのは無理筋です。


「環、あなたに思い切る覚悟は……環?」


 振り返った環の頭には、ちょこんとツノが。

 いえ、生来の狐のそれとは別に。トナカイのカチューシャをつけていました。環は恥ずかしそうに顔を伏せます。


「珍しいものが入っていたので……初めて見たのじゃ」


 環の手にはトナカイしっぽ。床に茶色いコートも広げられています。こちらは常識的な丈の長さ。小柄な環には少し大きいかもしれません。

 が、逆に言えば、着れないことはなさそうです。


「あぁ……」


 私は覚悟を決めました。


「私も一緒に行きます。私のほうが環よりも偉いので、サンタの役は私がしましょう」

「本当ですか! 心強い、嬉しいですのじゃ!」


 無邪気に破顔する環の笑顔に、ちょっと泣きそうになりました。



 ……



 寒い。

 月明かりも冴え冴えと鮮やかな、草木も眠る丑三つ時。

 私と環は少年の家を訪れました。古式ゆかしい、土壁に藁葺屋根のオールド民家です。

 引き戸をソロソロと開けて、眠そうな女性が出迎えてくれました。

 彼女は私を見ると目を丸くして、すぐに深くお辞儀をします。


「稲荷様、申し訳ございません」

「いえ。こちらこそ、夜分にご面倒をおかけします」


 女性は微笑んで首を左右に振りました。

 彼女は少年の実母でこそありませんが、子を残して夭逝した無念を慰めるため、こうして疑似家族を頼んでいます。このあたりに住んでいるのはそうした一家ばかりです。

 女性は家の奥を見て、優しく言いました。


「あの子はよく寝ています」

「感謝します。環、行きますよ。眠くありませんか?」


 しぱしぱと強くまばたきした環は、「大丈夫じゃ」と小声で拳を握ります。


「稲荷様こそ、寒くはありませんか」


「ふざけんな、ってくらい寒いです」と言いたい気持ちをぐっとこらえて「大丈夫です」と応えます。

 大きく寄せられた胸元は月明かりに照らされ、大胆な太ももはブーツにキュウっと引き締められています。ご丁寧に後ろ髪もシュシュでローポニーにまとめていて、うなじが寒いったら。

 冬至も越したばかりの夜に、エロエロ大胆な水着サンタ衣装は堪えます。夜風に鳥肌が立つのを神通力で抑え込む有様でした。


「早く済ませましょう」


 かなり控えめな表現で環を急かして、少年の床の間まで忍び足。襖で区切られただけの廊下もない一軒家は小さく、少年の寝床に見当をつけるのは簡単でした。

 しぃー、と人差し指を唇に立てて示します。トナカイカチューシャとコートを羽織った環はコクコクとうなずきました。

 よし。では行きましょう。

 襖に手を掛けて音を殺して開きます。行燈さえ消した夜の畳は薄青い月明かりだけが頼りでした。


「誰?」


 ぱぐん、と驚きの声を上げそうになった口をふさぎます。環もそっくり同じことをして、見開いた目で私を見ていました。

 少年は寝ていませんでした。

 もしかしたら私たちの来訪で目が覚めてしまっただけかもしれませんが、同じことです。どうしましょう。

 逃げる? 気絶させる? 姿を隠す? そのどれもを選ぶ前に、彼は言いました。


「もしかして、環ねーちゃん?」


 環を見ました。環は泣きそうな顔で首を左右に振っています。彼に通じるわけもないでしょうに。

 少年は暗闇に向かって語りました。


「環ねーちゃんだよね。今日、言ってたもん。『い子にしていたから、今年はクリスマスプレゼントを貰えるかもしれぬぞ』って、鼻の穴を膨らませて」


 もう一度環を見ました。環は両手で顔を覆っていました。

 今日教わったばかりのことを嬉々として語るから……。

 少年は寝床から立ち上がることなく、再び横になったようでした。布団に沈む音。


「でも、ここにサンタさんはこないもん。みんな言ってた。サンタなんて新しい文化はここまで来ないって。サンタさんの正体は両親だって」


 誰ですかそんな夢のない現実をブチ撒いたのは。いえ、彼もかれこれ十年以上ここに住んでいますが。

 少年は不貞腐れたように言いました。


「今さらクリスマスプレゼントなんてもらったって、どうしようもないよ。もう……死んでいるんだから」


 息を呑む音。環かと思いましたが、あるいはそれは、私自身かもしれませんでした。

――「だって、意味ないでしょ。これ」

 アメノウズメ先輩の声が脳裏によみがえります。

 クリスマスプレゼントとは、なにを祈って贈られると私は説明したのでしたか。


「僕はもう成長しない。健やかな生育なんてありえない。とっくに僕は終わっていて、ただ、真っさらな『なにか』に生まれ変わるだけ。……今の『この僕』がプレゼントをもらう意味なんて……なんにもないんだ」

「意味がないなんてことはありません」


 私は思わず、そう口を挟んでいました。

 少年から驚きの声が漏れました。環の声ではなかったからでしょう。とっさのことで、誰の声だか計りかねているようです。いいえ、たとえバレたって構いやしません。

 私はプレゼント箱を持って、床の間に踏み込んでいきました。


「あなたは今ここにいます。あなたが泣かず、嘆かず、元気に楽しく過ごすことを祈る人がいます。だからこのプレゼントはあなたが健やかであれという願いの込められた、あなたへの、あなたのためだけの贈り物です。これを受け取る権利はあなたにしかありません」


 呆然と月明かりの私を見上げる少年の胸に、ギフトラッピングした携帯ゲーム機を押しつけます。

 思わず受け取った彼に、微笑みました。


「……ハッピークリスマス」


 環が慌てたように駆け込んできて、同じように彼女のプレゼントを少年に渡しました。


「めりーくりすます、じゃ!」


 少年は呆然とするばかりで、うんともすんとも言いません。

 これ幸いと、私は環を促して退散しました。母親役の女性への挨拶もそこそこに家を逃げ出します。

 と、表に出たあたりで背後からバタバタと駆け足の音が。私は環の腕をつかみました。


「環、隠れますよ。それっ!」

「ぅわわっ!?」


「サンタさん!!」


 家から飛び出してきた少年が、頼りない月明かりの中、必死に目を凝らしてあちこちに首を巡らせています。振り返って月を見上げると目を細めました。

 深呼吸して、一言。


「サンタさん……ありがとう!!」


 私は環と顔を見合わせて、お互いににっこりと笑いました。

 これでよかったのです。

 効果はないかもしれません。彼は来年きっとまた泣くでしょう。

 でも、意味はあったと。私はそう思います。


「急にどうしたの。ほら、夜は冷えるよ。うちにおいで」


 母親役の女性が少年をうまく家に引き戻してくれました。

 ふうと息を吐いて、環の顔から腕を外します。がさりとお尻の下で藁葺屋根が鳴りました。


「稲荷様、よく屋根に隠れることを思いつきましたね?」


 環が感心したような、呆れたような声で言います。

 私は肩をすくめて環の耳を撫でました。狐のそれと同じ、彼女の頭に生えた耳を。


「狐は化かすのが得意ですからね」


 つくのが優しい嘘であるなら、活用しがいもあることでしょう。



 ……



 翌朝。

 問題がふたつありました。


「サンタさんは本当にいたんだって!! 僕プレゼントもらったもん!」


 少年が村のわらべたちに声高に主張してしまうことです。

 村の空き地で少年たちが輪になって楽しそうに言い合いをしているところを草葉の陰から窺って、私は思わず頬が綻んしまいそうでした。苦労した甲斐があったというものです。

 しかし、必ず混ぜっ返す子はいるもので。


「嘘つけ! じゃあサンタさん見たのかよ!」


 と、頭から疑って声を上げました。他の子たちも半信半疑といった様子。

 ふふ。彼らの家にもクリスマスプレゼントが届けられていると知ったら、どんな顔をするでしょう?

 とはいえ今、この場でサンタクロースのプレゼントを知っているのはただ一人です。


「見たよ!」


 少年は堂々と胸を張っています。


「胸元と腰だけを隠しためっっっっちゃエロい巨乳のお姉さんだった!!!」


 私は泣きました。

 月明かりで見えないと思ったのに……。


「そんなのサンタじゃねーよ! お前の『母さん』の仮装……は、なんか、違うと思うけど……」


 想像したのか、ちょっと居たたまれなさそうな顔になる男児たち。

 待てこら待ちなさい。彼女はまだうら若く、あの衣装も全然イケる美人でしたよ。本当ですよ。

 混ぜっ返す少年は気を取り直して威張りました。


「でもじゃあ、サンタさんに何貰ったんだよ!」

「ほら! テンテンドーのゲームショーネンと、あと……これ」


 囃し立てられた少年は、持参した風呂敷から大事そうに私の送ったゲーム機と、もうひとつ。

 細長いプラスチックの板を取り出しました。本体には規則的に穴があり、末端からは尾っぽのように垂れた紐が束ねられています。

 電源タップ?

 それも通電切り替えのできるタイプのもの。


「……すいっち、かな……」


 少年はすっごい微妙そうな顔で言いました。

 でも、どこか嬉しそうなハニカミ顔だったのは、私の気のせいではないと思います。

 めちゃエロいミニスカサンタのお姉さんを書きたかった。

 ただ……ただ、それだけです。

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[良い点] いいお話だったのに、後書きで台無し!笑笑
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