ぷろろーぐ
「……そうか。独りぼっちは、寂しいもんな」
口からこぽこぽと血の泡を噴く虚ろな目の少女の顔を、男は自らの服の裾でやさしく拭った。
――生か、死か。
〝死〟は簡単だ。
苦痛から逃げ、この世のしがらみ全てから解放される。
〝生〟は残酷だ。
残された想いを背に、その責任を果たさなければならない。
この少女にとってどちらが幸せなのか。
それは男にも分からなかったが、もしこの時、この場所で立場が逆であったとしたならば、きっと自分はその未練を果たしたいと願ったであろうと、そう思った。
そう、かつて男が愛したパートナーを失った時のように……。
虚空を見上げる。
星一つない夜の闇に、切り裂くような冷たい雨が降り注ぐ。
あの日も確か、こんな夜だった。
今でも鮮明に覚えている。
オレの未練は未だ成しえていないのだ、と。
男は意を決して、自らの手のひらに小刀を突き付ける。
「……わりぃ、エリス」
男は虚空に向かって、かつてのパートナーの名を呟いた。
「約束、破っちまって……」
魔法使いと精霊が切っても切れない関係にあった時代。
男は初めて契約を交わした精霊の少女を4年前に失って以来、二度と契約を交わすことはなかった。
精霊と言っても、見た目は人間と何ら違いはない。
気が強く、笑顔の素敵な可愛らしいブロンド髪の少女だった。
今、男の目の前で血の泡を噴いている銀髪の少女もまた、精霊だ。
主を失い、不幸にも自分だけ生きながらえてしまった少女だ。
それは男の境遇によく似ていた。
男は突き立てた小刀で迷いなく手の甲を貫く。
滴り落ちた一滴の鮮血が少女の半開きになった口の中へと落ち、小さな魔法陣が浮かび上がった。
「――契約だ。精霊の少女よ。オレがお前を助けてやる。だから、オレに力を貸してくれ」
今この瞬間、精霊を失った死にぞこないの魔法使いと主を失った死にぞこないの少女の、運命の扉を開く〝契約〟が成立した。