召使、翻弄される
恭一君、廃墟に突入ですよ〜。
「ちっ。ある意味、予感が当たったか」
廃墟に踏み込んで辺りを隈なく見渡した恭一は、吐き捨てるように呟いた。
彼の目の前には、複数の男達の姿。いや、正解には、男達だったものと言った方が正しいだろう。
廃墟の中には、惨劇が広がっていた。
恭一の見渡す限り、息をしているものはいない。廃墟に相応しい、生命の成れの果てが、そこかしこに景色の一部として転がっている。また、中心部には、服の切れ端と思われる小さな布が数枚に、手か足かを縛っていたらしい短めのロープがあった。
この場合、怜香が此処に捕まっていたと考えて、まず間違いないだろう。
彼はひと足遅かった事実に舌打ちし、一つ一つ骸の様子を確認して回った。
「やられてから、二、三時間ってとこか」
火薬の残り香、血の状態、硬直具合等から、惨劇の発生に大体の目星をつける恭一。
他に得られるものは何かないかと、彼は尚も検分を続ける。
全身に無数の穴が空いているそれらを見て、彼は、ふと違和感を覚えた。
「……どういう事だ?」
違和感はすぐに疑問となり、恭一の思考に食い込む。
確認の為、彼は今一度全ての骸に目をやるが、単に感じた違和感を確かな異状にするだけに終わった。男達の誰一人として、武器らしきものを持っていない、と言う異状に。
武器が無い訳では無い。その証拠に、ガラクタの上やズボンの後ろ、上着の内ポケットには、子供のナイフ等では無く、立派に銃が存在している。
不意打ちにしても、誰一人手に持ってすらいないのは、明らかに異状だった。
一目見て、嗅ぎ付けたどこか別の組織にでも襲撃されたかと考えていた恭一は、そこで初めて男達の倒れている位置に目を向ける。
ばらばらに散っているように見えたそれだったが、よく目を凝らせば、ある形が見えてきた。
骸のほとんどが入口方面を向くか、向いていた跡があるのだ。加え、誰も隠れたり、死角に回り込んでいた様子が無い。
武器も持たず、警戒の跡も見られないと言う事はつまり、彼等は戦う必要性を感じていなかったと言う事に外ならなかった。
「裏切りか……いや、違う……まさかっ!?」
恭一が思考を巡らせ、ある結論に達した瞬間、彼の携帯電話が誰かからの連絡を訴えた。
「こんな時に」
思わぬ事態の悪化に、恭一は早足で入口に向かいながら、内心歯噛みして電話に出る。
相手は元部下で、士熱に向かったメンバーの一人だった。
「どうした」
『主任! 士熱の一部が武装してそっちに向かっています!!』
「なんだと!?」
部下の言葉を聞いて、思わず足を止めて恭一が叫ぶ。
怜香を掠った可能性のある三つの組織の内、一つが壊滅、そしてもう一つは、どういう訳か壊滅した組織に向かっている。しかも、戸澤と鉢合わせするタイミングで。
驚くなと言う方が無理な話だろう。加え、偶然と考えるには、あまりに出来過ぎた内容でもある。
さしもの恭一でさえ、少なからず動揺していた。だが、やはり経験な成せる技だろうか。彼はすぐさま脳内で状況をまとめ、事態の解決を図るべく動き出す。
「……分かった、お前等は士熱の裏が取れたらこっちに向かえ」
『了解しました!』
用件だけ伝え早々に電話を切ると、恭一は自分と同じく此処に向かっている元部下達に連絡をする。
『主任、どうしました?』
電話口の向こうから聞こえる、どこか緊張を感じさせる硬質な声が応えた。恭一からの連絡に、どうやら向こうも不穏な空気を感じているようだ。
「お前等、どれ位でこっちに着く」
『斥候は、後十分程で』
十分、と言う言葉に、恭一は眉を僅かにしかませる。
士熱が動いたと聞いた時、恭一は自分の予想が当たっている事を確信していた。
この事件には、黒幕が居ると。
恭一達は今、手札を完全に把握されているにも関わらず、黒幕の手札はまるで見えていないに等しい。
果たして、それ程の芸当をしてのける相手が、恭一の行動を見逃すだろうか。
いや、そんなミスはしない。なぜなら、
「分かった。武装はA、背後から叩け」
先程から此処に近付いてくる数台分の車の音が、恭一の耳に入っているのだから。
改めて、敵の手腕に薄ら寒い感情を覚えながら、恭一は電話を切る。
「今逃げても、どうせ根回しは済んでんだろ。なら、叩くしかないか」
子に手を出すのは得策とは言えないが、曲がりなりにも大手が準備も根回しも無しに全面戦争を始める訳は無い。今回のような突発的で、しかも向こうから仕掛けて来たものは、下部の先走りとして処理されるのが一般的な大手の対応だ。
尤も、黒幕を暴き出せれば、の話ではあるが。
下手に叩くだけでは、無用な遺恨を重ねるだけで、新たな厄災の種を生み出す結果しかない。
車が廃墟付近で停止し、複数の足音が近付いて来る中、恭一は背後にいる黒幕について思考を働かせていた。
「やっぱり、あいつか? だが目的は何だ?」
恭一の不在、戸澤の動きと言った著しい情報の漏洩。火天と戸澤を出し抜く手腕。そんな輩がごろごろとそこらに転がっている筈が無い。
現在分かり得る情報をまとめると、うっすらとだが黒幕の姿が彼の脳裏に映し出されてきた。
だが、目的だけがどうしても掴めずに、結論に至る事が出来ない。
もう少し思考を凝らし、相手の動きを鑑みれば、もしかしたら目的の片鱗位は見えて来たのかも知れないが、生憎と時間がそれを許さないようだった。
既に、入口間近には複数の足音が響いている。
「……やれやれ」
軽いため息を付き、恭一は黒い革手袋に包まれている手を握り締めた。
彼が視線を入口に釘付けていると、間もなく大小様々な銃器を手や肩にぶら下げながら、そのくせ随分と軽い格好をした者達が入って来る。
死体に塗れたこの場所を見た彼等の第一声は、この場にそぐわない、酷く暢気なものだった。
「あ〜あ、間に合わなかった」
先頭に居た男は、そう言うと大胆にも恭一に歩み寄って行く。
警戒の有無などどうでもいいのか、それとも、武器らしい武器を彼が持っていなかったからか、男は構わず恭一に話し掛けた。
「あんた、戸澤の警備部だろ? やってくれたよな。こいつら、俺達の大事な取引相手だったんだぜ?」
言葉とは裏腹に、男の表情に深刻さは皆無で、ただ恭一に対して、にやついた笑みを浮かべていた。
周りに居る仲間も、獲物をいたぶるかのような、見る者に限りない不快感を与える表情で恭一と男を眺めている。
恭一としてはすぐにでも始めて良かったのだが、わざわざ火天の者がこんな風に交渉のような接触をしてきた事に、僅かだが、ある可能性が彼に浮かんで来ていた。時間稼ぎの意味合いも兼ねて、恭一は警戒を解き、男の話に合わせる。
「……弔い合戦でもするか?」
両の掌を上向きにし、肩位置まで上げたポーズで軽く笑う恭一。
男の方もそれを見て、にやついた笑みに、より感情の黒さを滲ませながら返してきた。
「はっ、まさか。元々取引が終わったら消すつもりだったんだ。寧ろ手間が省けて助かったくらいだよ」
悪びれる様子も無く、さも当然と言った表情で言う男に、恭一は内心唾を吐く。
だが、戦いを避けるに越した事はない。
恭一の感じた可能性とは、もしかしたら、このまま穏便に事態を治められるかもしれないという物だった。
表面上はあくまで不敵な笑みを浮かべたまま、恭一は言葉を紡ぐ。
「あんたらの取引は知らないが、こっちも来てみたらこんな有様でね。どうやら、俺達は潰し合うよう嵌められたらしい。つーわけで、お互いこんなふざけた真似してくれた馬鹿を捜すって事で、どうだ?」
彼等とて、踊らされる道化扱いされているのだ。
もし、怜香が取引の材料にされていたなら、恭一の誘いに乗る確率はそれなりに期待できるものがあった。
取引は偽物で、しかも邪魔者を消す為におびき出された彼等は、良いように利用され更に顔に泥を塗られたに等しい。彼等もそれを敏感に感じたからこそ、自分に話し掛けたのではないだろうかと恭一は考えたのだ。
「……ああ、そうだな」
男は、随分とあっさり恭一の誘いに乗った。
ここへ来ての思わぬ和平の成立に、恭一の表情が若干の緩みを見せる。
「じゃあ、このまま別れるって事で、問題無いな?」
てっきり、なりふり構わず襲い掛かってこられるような事態を準備していた恭一としては、肩透かしを喰らったような気分で、男の脇を通り抜け――
「!?」
銃声が、響いた。
腰の後ろ辺りに鈍く、重い衝撃を受けた恭一の体が、ぐらりと傾いて、ゆっくりと床へ墜ちていく。
「はっ、ははっ、はははははっはぁ!!」
普通の感性の持ち主なら、思わず顔を歪めてしまうような馬鹿笑いが、廃墟に木霊した。
釣られるように、入口で控えていた男達も、げらげらと醜悪な笑いで輪唱を始める。
「っ!! お、まえっ! どう、い、う」
床に四肢を投げ出し、痛みに激しく顔を歪めながら、恭一が首だけで男を睨んだ。
倒れ伏した恭一に対して、男は得意満面に、下卑た本性を露わにする。
「いいぜ、教えてやるよ」
男は銃を片手で弄びながら、しゃがんで恭一の髪を掴み、顔を覗き込む。
「俺達はな、今戸澤がなんか知らねえが浮足立ってるってのと、此処に仕留めれば幹部に上がれるような獲物が馬鹿面下げてるって聞いただけなのさ。なぁ? 戸澤家警備主任、高峰恭一サン」
「っっ!」
恭一の口から、歯の軋む音が漏れる。
事実が明らかになれば、俺達の最初の様子は、彼等に相応しい至極下らない物だった。
彼等はただ、情報通りに目の前に現れた獲物に満足し、遊んだだけに過ぎなかったのだ。
相手は一人。
武器らしい武器も無く、仲間もおらず、戦力差は圧倒的。
叩く前に、絶望の一つでも味合わせ、悲痛に歪んだ顔を眺めて笑いながら踏み潰す。
実に彼等らしい、腐った手口だった。
「満足したか? 満足したなら」
男は笑う。
絶対的な優位に浸りながら、今後の自身の出世を瞼に浮かべて。
「さっさと」
自分達が、
「死ね」
何に手を出してしまったのかも、理解出来ずに。
「やれやれ、どうせそんな所だろうな。貴様等は」
顔にも、声にも、痛みなどまるで無かったかのように、恭一が呟いた。
むくりと、彼が上体を起こすのと同時に、男が糸の切れた人形のように床に倒れる。
「まさか、材料はあの馬鹿でも警備部でもなくて、俺だったとはね。……ちっ、こんな単純な手なら、さっさと逃げときゃ良かったな」
大方、自分が深読みしてこうなる事も予測していたのだろうと、恭一は声に出さず毒づく。
倒れた男に目すら向けずに、恭一は埃を払いながら立ち上がった。
「さ、て。もう情報はなさそうだな。本当ならあいつらで挟み撃ってやる所なんだが」
恭一は、未だ事態について行けずに呆然としている男達に、棒立ちにしか見えない体制で向かい合う。
「時間が惜しいし、何より」
恭一の最後の言葉は、それまで意識を乱していた男達全員を、一斉に覚醒させた。
「貴様等の存在を、それまで許してやれそうに無い」
それは、目の前の男に対する危険性故の、目に見えない衝撃。
銃に撃たれた筈だとか、一瞬で仲間を倒しただとか言う、理性的な理由からでは無い。捕食者に対峙した獲物のような、純粋で、本能的なもの。
絶対的に敵わない相手からの、途方もない威圧感。
「ひっ!? や、やっちまえ!! ぶっ殺せぇ!!」
自分達の優位をもはや感じる余裕も無く、男達はそれぞれに武器を構え、ただの一人に対し過剰な程の銃撃を浴びせ出した。マズルフラッシュと銃声が、ひたすらに場を埋め尽くす。
圧倒的な暴力による、抗いようの無い濃密な死が迫っているにも関わらず、しかし恭一は微動だにしない。
「っ」
恭一の口が、音も無く、笑った。
同時刻、某所にて。
「へえ、中々やってくれるじゃないですか」
電話の向こうからもたらされる情報に、笑みを浮かべる男の声が、静かに響いた。
穏やかそうな声色とは裏腹に、その目は穏やかとは掛け離れた鋭さを放っている。
「……ご苦労様でした。また、お願いしますね」
役目を果たした電話を近くに置いて、彼はふっと息を吐き、笑う。
薄暗い場所に浮かび上がる口元は、確かに笑っているのだが、彼の目は、微塵もその鋭さを失ってはいない。
彼の視線は、ここではないどこかヘ向けられていた。
「そろそろ彼も、気付く頃ですかね。……さて、僕も準備するとしましょうか。久々に、ね」
人に聞かせるには小さすぎる呟きと共に、男の姿はより深い闇へと溶けていく。
持ち主の消えた二つのグラスが、僅かな明かりに水滴を光らせていた。
さてさて、怜香さんはいずこに。