着回し
「もしかして、鎧を買うお金がないんですか?」
何気ない疑問が人を傷つけることもある。
プリンの言葉を聞いた瞬間、タルトの手の中の木製のコップが「ぴしっ」と音を立てた。
「ちょっと、あんまり核心を突くようなこと言わないの」
珍しく無言のまま怒りを表明しているタルトの代わりに、ショコラがひそひそとささやく。
「そうだよ、タルトがあるお金は全部使うタイプだって知ってるでしょ」
あまりといえばあまりな言いぐさのせいか、クッキーも同様にタルトをかばっている。かばえてないけど。
「だから、何度も言ってるだろ」
タルトはすっかり機嫌を悪くして、唇をヘの字にしている。
「あたしはそういう消極的な理由でこの鎧を着てるんじゃない」
冒険に出ていない日でも着ているビキニアーマーを親指で示して、ふんっと鼻を鳴らす。
「積極的に、これが着たいから着てるんだ」
「でも、プリンの気持ちもわかるよ」
堂々としたショコラの様子にさっそく掌を返したのはクッキーだ。
「いっつもタルトの手当てに手いっぱいで、そのせいで精神力を使い果たしちゃうし」
「もしわたくしがショコラさんぐらいの精神力だったら、すぐに疲れ果てています」
じゃっかんの流れ矢を放ちながら、プリンが主張を続ける。
「せめて、理由を教えてほしいです」
ショコラとクッキーも、プリンの言葉にうんうんとうなずいている。
「だから、この鎧はあたしの部族に伝わる鎧で……」
「ってことは、手作りなの?」
「そうだ」
「部族が伝統的にヒモみたいな鎧を作ってるわけ?」
「そうだ! まだ話し始めたばっかりだろ!」
ショコラは驚きを、タルトは怒りを隠せない。
「失礼、どうしても気になって」
「戦士が体を隠すなんて臆病だ……みたいな理屈?」
ショコラにこれ以上くちばしを突っ込ませないよう、クッキーが話の続きを促した。
「まっ、そんなところかな。あたしたちは祖霊と共に暮らしてる。ずうっと昔のご先祖さまは、半人半獣だったって言い伝えがあって、その霊があたしを守ってくれてるんだ」
「では、タルトさんは獣の子孫ということですか」
「それで防御力が低い割に体力だけはあるのね」
「だけは余計だ」
タルトがチョコレートの塊をつまみあげ、口に放り込む。
「勇敢さを示すためには、ごちゃごちゃ着込むわけにはいかないんだ」
「ちなみに、何の獣? 虎とか? 鰐? それとも、鷹とか」
「熊だけど」
クッキーの疑問に、タルトは口をもごもご動かしながら答えた。
「あー」
「ああ」
「あぁ……」
「なんかわかんねえけど、やたらムカつく反応だな」
納得しきりの3人に、タルトは腕を組んで怒りを表明する。露出が多いぶん、太い腕の間でぎゅっと寄せられていた。
「にしたって、ふだんは着替えるとかできないの?」
と、クッキー。ショコラをけん制するつもりで、ずけずけした物言いになっている。
「これしかないからな」
「一緒にいるわたくしまで文明から遠い人と思われそうで困ります」
これはプリン。残念ながらタルトに遠慮して意見してくれる人はゼロなのだった。
「いいんだよ、同じ形の着替えはたくさんあるから」
「それを何着も?」
目を丸くするプリン。衣装持ちの貴族の娘としては、今日はびっくりすることばかりだ。
「そう、あたしにも体調があるからな。日によって変えてるんだ」
「どう違うのかさっぱりわからないけど……とりあえず、タルトに都会の常識を求めてはいけないことは分かったわ」
すっかりあきらめた、とばかりに頬杖をついて、ショコラ。
「あ、それに」
思い出したように、タルトが付け加えた。
「婿探しもしなきゃいけないからな」
「むこ?」
今度はクッキーが目を丸くする。
「そう、部族を守るために、あたしの婿になる男を探してるんだ。この格好なら、目立っていいだろ?」
「その鎧に引っかかる男がいたら、だいぶ……」
「だいぶ?」
言いよどむプリンに、言ってみろとばかりに胸を張るタルト。
「イカr……」
「わーっ! 言っていいことと悪いことがあるってば!」
クッキーがかろうじて作品の倫理規定を守ってくれました。みんなも言葉遣いには気を付けよう!
コンコン。
その時、テーブルの端を誰かが叩いた。
見れば、『冒険者の店』に出入りしている配達人だ。すらりと背が高い好青年である。
「タルトさんに。南方からの手紙です」
「お、お、おう! ご、ご苦労さん! 行っていいぞ!」
タルトは青年の差し出した紙片をひったくるようにして、目をそらしながらバタバタと手を振る。先ほどまでの怒りのオーラも霧散している。
「婿探しなんて、男の前で緊張する性格を直さないとどうしようもないと思うけど……」
大さわぎする一向を尻目にショコラがつぶやく。さいわい、誰も聞いてはいなかった。
ビキニアーマーについてちゃんとした理由が説明されている作品もありますが、本作では今後ともまったく説明するつもりはありません。