実家が太い
珍しく、その日スイートメイツは三人だけだった。
赤毛で大柄なのが戦士のタルト。
黒髪でスリムな魔法使いのショコラ。
茶髪で小柄なのが盗賊のクッキー。
もう一人、金髪で豊満な神官プリンの姿が今はなかった。
「この間見ちゃったんだけど……」
ぼそりと、なぜか声を低めてショコラが話し始めた。
「プリンがドレスを着て馬車に乗ってるところ」
「ふぅん」
クッキーは砂糖菓子の表面をフォークで削ることに集中していた。
「ふぅんって、反応鈍いわね」
「プリンが馬車って……見間違いじゃないのか?」
タルトが聞きかえすと、そういう反応がほしかったとばかりに、ショコラは体ごと戦士へ向きなおった。
「間違いないわ。すぐ近くで見たんだから。それに、仲間の顔を見間違えたりしないわよ」
「そうか?」
「タルトならともかく、ショコラは見間違えないんじゃない?」
「そうか。それじゃあ、本人ってことか」
自分が見間違えるかも、というところには特に反論はないらしい。戦士は余計なことに注意を払ったりしないのだ、というのがタルトの弁である。
「そういや、プリンが使ってるメイスだけど、柄頭に名前が彫ってあるよな」
話しを聞いていて思い出したらしい。顔は見間違えても武器は見間違えないのがタルト流の認識だ。
「それって、特注品ってこと?」
「じゃなきゃ、自分で削ったか」
「プリンならありえ……いやいや、さすがにないわよ」
特注品だとすれば、かなり高額だ。いわゆる数うちの武器ではなく、自分のために職人に作らせるなんてことは、新米の冒険者がやることではない。
「あいつ、あたしらと同じ冒険をしてるとは思えないぐらい羽振りがいいよな」
「こっちはいつもお金がないっていうのに……」
お金がないのはいつも大量のお菓子を注文するせいなのだが、それは棚に上げておく。
「二人は知らないんだっけ?」
カエルの頭の形に削った砂糖菓子を口に放り込みながら、クッキーはニヤついた笑みを浮かべた。
困惑するタルトとショコラを眺めているのにもそろそろ飽きてきたらしい。
「知らないって、何をだよ」
「いや、でもなー……プリンが自分で言ってないなら、ボクが勝手に教えちゃうのもなー」
「もったいぶってないで、教えなさいよ」
二人がかりで最年少の盗賊に詰め寄っていく。
その時だ。
「ふぅ……皆様、ごきげんよう」
からん、と店の扉を開けて、話題のひと……神官のプリンが姿を見せた。
三人の視線が一斉にそちらを向く。特に、タルトとショコラの目はちょっぴり殺気立っていた。ちょっぴり。
「今日は暑くなりそ……ど、どうかしました?」
その異変に気づかぬプリンではない。というか、やってくるなり仲間に睨まれても平気なのはタルトぐらいだ。
「今話してたんだけど、プリン、お前……」
「もしかして……」
二人は言葉を選びながら、問いかけた。
「寄付金をちょろまかしてるのか?」
「人に言えない仕事をしているの?」
「はいぃ?」
どっちもどっちな言いぐさに、プリンは思わず声を裏返らせた。
「ど、どういうことですか?」
「プリンがお金持ちだから、二人ともびっくりしてるんだよ」
「そ、それは……」
クッキーの一言で、だいたいの事情を察したらしい。言いよどむプリン。
「じーっ」
「じー……」
「わ、わかりました。言います、言いますってば」
だが、二人の問い詰めるような視線(※声も出ている)に根負けした。
「わ、わたくしは、生家が……そのー、なんというか、いわゆる、ひとつの、き、貴族でして」
「貴族!?」
「か、家族からは距離を取って、独立して生きているんです。どうしても、必要なときに顔を出しているだけで」
「なるほど、それで」
貴族の娘が歩いて訪問というわけにもいかない。だから、馬車に乗せられていたのだろう。
「わたくしも、神官としての教えを受けた身です。出身がどうあろうと、ふだんは清貧に、つつましく暮らしています」
それを聞いている全員が『どこがだ』と思ったが、貴族の尺度ではテーブルいっぱいのお菓子を分け合うぐらいは清貧のうちなのかもしれない。
「じゃあ、メイスは? 名前が彫ってあるだろ?」
「これは父から贈られたものです」
「独立するって言ってるのに、そこは断らなかったのね」
「神官として、寄付品は活用しないと」
マジメそのものの表情で、プリンはうなずいてみせた。
「そういうところが、ホンモノって感じだよね」
思わずぽつりとつぶやくクッキー。
「神官として、ですか?」
「ノーコメント」
プリンはにっこりと笑っていた。
「お金持ちキャラが1人いると便利」エジプトの碑文にもそう書いてある(大嘘)