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いきなりグレイルクエスト!(前)

「……ここだよね?」

 十字路の街の北から流れる川は、いくつかの水路に別れて南に向かって流れていく。

 その水路の一つ、西側にかけられた橋の上から、一行は清流を見下ろしていた。


「おそらく……。昨日の父の行動ルートからすると、この橋を渡って帰ったはずです」

「証言が本当なら、この橋の上から家宝のゴブレットをぶん投げたと」

「そのことは、言わないでください」

 時刻は夕暮れ前だ。橋の上にはもちろん他の通行人もいる。ベネディクトは手を掲げて、タルトの軽口を制した。


「けど、ここからじゃどれぐらい流れていったか……」

「どこかに引っかかってるかもしれないし、もしも下流まで流れていったのなら、下水に合流してるかも」

 地理に詳しいクッキーが、街の地図を頭に浮かべながら言う。


「なんでこの街はこんなに水路を張り巡らせてあるんだ?」

「吸血鬼避けです。吸血鬼は清流を渡れませんから」

 いつか話した吸血鬼の事件を思い出しながら、プリンが応えた。


「文句言っても仕方ないよ。他の人に先に見つかってたら、面倒になるかも」

 と、クッキー。タルトは頷いて、ショコラを見る。


「魔法で追跡できないか?」

「なくしたのは昨晩でしょう? 追跡は無理ね」

「魔法使いなら、魔法のアイテムが近くにあればわかるだろ?」

「私の魔力なら、1メートル以内にあるアイテムの位置がわかるわ」

「そんなに近かったら、見てわかるよ」

 ショコラの魔法は、とりあえず役に立たなさそうだ。


「水の中に入って探してみるか?」

「いえ……銀製のゴブレットです。誰かが見つけてると考えるべきでしょう」

「一目でわかる高級品ってわけね」

 スイートメイツの相談は、思った以上に息が合っている。ベネディクトはその様子を脇から見ながら、口を挟むタイミングを逸していた。


「誰かがゴブレットを見つけたとしよう。そいつが懐に入れたんじゃなきゃ、どうなる?」

「衛兵のところに持っていくのでは?」

「それか、盗賊ギルドに」

 プリンとクッキーが口々に答えた。


「二手に分かれよう。あたしとクッキーは盗賊ギルド。ショコラとプリンは衛兵の詰め所だ」

 橋の両側を示して、タルトが言う。一同に異論はないらしく、それぞれの方向に向けて歩き始めた。


「あの、僕はどっちに?」

 その場に取り残されそうになって、ベネディクトが慌ててタルトを追いかける。


「好きな方にしろ」

 短く告げる。ベネディクトは一瞬の逡巡のうえ、そのままタルトについていった。





「なんでこっちについてくるのかなー」

 心底イヤそうに、クッキーはうめいた。

 十字路の街の南に広がる下町にさしかかっている。北側の整理された区画から南へ下るに従い、ごみごみと雑然とした町並みに変わっていく。


「姉貴と一緒だと子供扱いされそうでイヤだったんだろ」

 タルトが冗談めかして、ちらりと後ろを見た。金髪の美少年、ベネディクトはぶすっとした表情のまま、数歩後ろを歩いている。


「それか、お前に気があるんじゃないか」

「はぁ、なんで!?」

 飛び上がるような勢いで聞き返すクッキー。


「プリンの弟って言えば、クッキーと年は同じぐらいだろ?」

 タルトはニヤニヤと笑いながら言葉を返す。からかっているのは、端から見れば明らかだ。


「年が近いってだけでバカみたい。タルトってほんと、デリカシーないんだから」

 言い返すクッキーに、タルトは厚めの肩をすくめた。


「一目惚れってのは、理屈じゃないらしいぞ」

「それこそ、年は関係ないじゃん」


「……ま、実のところ、あたしたちのほうが信用できないからだろうな」

「ショコラより?」

「ショコラにはプリンがついてる」

 黒髪の魔法使いが聞いていたらただでは済まなさそうな会話をするうちに、クッキーがパッと手を挙げた。


「ここからは、ボク一人だけで行く。ギルドは秘密主義だから」

 盗賊ギルドには、様々なネットワークがある。だが、どのように情報交換をするのか、部外者には見せたがらない。

 タルトのいる傭兵ギルドと違って、盗賊たちにとっては身を隠すことも重要なのだ。


「それじゃあ、お坊ちゃんはここであたしと留守番だ」

「目を離した隙に、誰かに話すつもりじゃないでしょうね」

「プリンとは友達なんだよ。彼女がいやがるようなことはしない」

 わざわざ言うまでもない、と首を振ってクッキーが告げる。


「ベンは騎士の見習いだろ?」

「あなたにベンと呼ばれる筋合いはありません」

 説得を続けようとするタルトに、ベネディクトはムッとしたように眉をつり上げる。


「騎士には騎士のルールがあるように、盗賊には盗賊のルールがある。他人の力を借りるんなら、他人を尊重しろよ」

 肌の90%を露出しているとは思えないまともな説得を受けて、ベネディクトはしばらくうなり、仕方ない、というように腕を組んだ。


「わかりました。でも、できるだけ早く頼みます」

「もちろん。ボクだって早く終わらせたいもん」

 にっと白い歯を見せて、クッキーは路地を曲がっていった。


「急ぐ事情があるのか?」

 時間つぶしのついでにタルトが問いかける。

「今晩、父にはまた別の宴席があるんです。ゴブレットがないと、また酔うハメに……」

 居心地悪そうに足踏みしながら、ベネディクトが答える。


「酒ぐらい断ればいいじゃねえか」

「貴族には貴族のルールがあるんですよ」


 ベネディクトの返事を聞いて、タルトは短く笑った。

「意外とやるじゃん」

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