アプフェルシュトゥルーデル
「ついに見つけたわよ!」
冒険者の店の入り口を開け放ち、叫びながら入ってくる誰か。
亜麻色の髪をバックでアップにし、長いローブは一目でわかる魔法様式が織り込まれている。
「アプフェルシュトゥルーデル」
ショコラの指定席は、入り口から見て一番奥だ。その分、誰かがやってくると最初に気づく位置でもある。
「なんて?」
いきなり大量の音節を口にしたショコラに、思わずクッキーが聞き返す。
「名前よ。ほら、この前空を飛んでたでしょ」
「学院の魔法使いなんでしたっけ?」
「ショコラの学友ってことか」
プリンとタルトがひそひそ囁き合ううちに、アプフェルは彼女らが座っているテーブルに近づいてくる。
「ショコラ、それにスイートメイツ。この顔を忘れたとは言わせないわよ」
「名前の方をまず覚えやすくしてよ」
「親から着けられた名前なんだから、仕方ないでしょう!」
ショコラの気のない返事に、アプフェルはますます剣幕を鋭くする。
「別に、違う名前を名乗ってもいいんだぞ。あたしだってそうだ」
「えっ!? タルトって別の名前があるの?」
突然の衝撃告白に声をあげるクッキー。しかし、タルト本人はあっさりした様子だ。
「親から着けられた名前は、こっちの方じゃ呼びにくいみたいだからなあ」
「今は私が話してるんだけど!」
さっそく話題を持って行かれる危機感から、アプフェルの声がさらに大きくなっている。
「わかったわよ。それで、アプフェルシュトゥルーデル、何の用なの」
ショコラが聞き返すと、アプフェルは苛立ちを紛らわせるようにこめかみを揉みながら、一行をにらみつけた。
「忘れたとは言わせないわよ。あのときの被害を全部私に押しつけたでしょう!」
「あなたが原因の事件なんだから仕方ないじゃない」
「もとはといえば、あなたがあんなものを私に持たせたからよ!」
激しく口論する二人。ショコラの仲間たち……女戦士タルト、神官のプリン、盗賊のクッキーは自然に距離を離していた。
「……実際のところ、どうなんだ?」
「確かに、ショコラさんが彼女にあのアイテムを渡すのを見ました」
「あんなことになるってわかってたのかな?」
遠巻きの視線を浴びながら、ショコラはひとり、イスから腰を上げもせずに涼しい顔だ。
「あのアイテムも買い取ったんでしょう? どんなアイテムかわかったの?」
「持ち主の魔力に応じて羽を回転させて、空を飛ぶための機械よ。あのあと、解析に何日もかかったのよ」
湯気を上げそうなほど激高しているアプフェル。
一方、ショコラは表情も変えずにカップに口をつけている。
「あなたが何日もかけてわかったものを、私が見抜いていたわけないじゃない」
「じゃあ、どういうつもりで渡したっていうの?」
「珍しいものだから、見せてあげようと思って」
二人の温度差はますます開いていく。アプフェルが怒りを露わにしていくのに、ショコラはむしろ面倒がっているようだ。
「いつもあんな感じなんでしょうか?」と、プリン。
「学院に友達はいないって言ってたのにな」タルトが頭を掻く。
「ボク、もっといじめられてると思ってた」
クッキーがつぶやくと、ジロリとショコラがにらみつけてくる。地獄耳は健在だ。
「勝手に人の学生生活を想像しないでくれる?」
「二人は、どういう関係なの?」
恐れ知らずのクッキーが、ひらひらと手を挙げて聞いた。
「よくぞ聞いてくれたわ」
アプフェルは(ショコラと違って)豊かな胸を張ってみせる。
「私こそ学院の未来を背負って立つ最優秀者、アプフェルシュトゥルーデル・クリスティーネ・フォン・プーダーツカー」
「なんて?」
「文字数稼ぎじゃねえか?」
「それはもういい!」
首をひねるタルトとクッキーに、ますます怒りを煽られてアプフェルが叫ぶ。
「とにかく、学院の学生の中で、私が最も優秀なのよ」
「よかったじゃない」
「それを、この女が!」
喋るうちにますます怒りが高まってきたらしく、アプフェルは肩をいからせる。
「筆記や論文で私よりも高い評価を収めているのよ!」
「つまり、勉強でショコラさんに負けて悔しい?」
「それだけじゃない!」
あまりにアプフェルが繰り返し叫ぶので、ショコラは片耳を塞いでいた。
「私も友情を得ようと努力したのよ。協同研究をして、ある変身呪文の発展性を確かめようと……」
「私の魔力では唱えられない呪文だったんだから、あなたが唱えるしかなかったでしょう」
「あのときも、どうなるかわかってて私にやらせたんでしょ!」
びしっ! と指を突きつけて、アプフェルの怒りのボルテージはマックス寸前だ。
「体の一部に犬と同じ感覚に変身させる呪文だったのよ。それで、私たちは他の動物の器官に変身することもできないかと考えた」
「理論はほぼ、ショコラが構築した呪文だったでしょ」
さらりと主語を拡大するショコラをにらみつけるアプフェル。
「その結果、私の鼻は……」
怒りに眉を震わせながら、アプフェルは自分の鼻を隠す。
「ブタと同じになったのよね」
「この女のせいで、魔法が解けるまで3日も!」
「3日間、ブタの鼻で過ごしたってこと?」
「言わないで!」
「それは……かわいそうに」
頭を抱えるアプフェル。さすがに、プリンは同情的な目を向けていた。
「呪文は高く評価されたわ。キノコを探す時なんかに便利だって」
「そうなることがショコラにはわかってたの?」
クッキーが聞くと、ショコラは黒髪を後ろに流しながら目を閉じた。
「言ったら唱えてくれないと思って」
(陰険……)
という言葉が、クッキーの喉元まででかかったが、それを口にしないだけの理性があった。
「それ以来、私のほうが優れていると認めさせようと……」
「つきまとわれてるの」
「片手間に冒険者なんてやってる魔法使いに、負けるわけにはいかないのよ!」
もはや怒りを通り越して半泣きである。
「別に良いじゃない、ブタの鼻くらい。世の中には生まれつき半分クマな人もいるのよ?」
「やっぱりあたしをバカにしてるな?」
「アプフェルシュトゥルーデルを慰めてるのよ」
タルトがにじり寄るが、ショコラはやはり動じない。
「どうして、ショコラさんは彼女をそう呼ぶんですか?」
ふと、プリンが疑問を口にした。繰り返し呼ぶには、さすがに長すぎる。
「だって、愛称で呼ぶほど親しくないわ」
「……ッ!」
あっさりとしたショコラの返事。だが、それはアプフェルには多少のショックを与えたらしい。
「お、覚えていなさい、絶対に認めさせるから!」
目元を抑えながら叫び、アプフェルは店を飛び出していった。
「……泣いてたんじゃないか?」
嵐のように去って行った魔法使いを見送って、タルトはつぶやいた。
「弁償金の件はうやむやになったみたいね」
ニヤリと笑うショコラ。他人の感情に頓着しないタイプだ。
「……かわいそうに」
哀れなアプフェルシュトゥルーデルのためにプリンは胸の前で小さく祈ったのだった。
絶対に文字数稼ぎはしてないです。




