暑いか寒いか
「いつになったら暑くなくなるのかしら」
長い髪にまとわりつく湿気を払いながら、ショコラは大きくため息を漏らした。
「いちおう、もう残暑の時期……らしいですけど、むしろ夏本番、ですわね」
同じく、髪を梳きながら、プリン。こちらは、いつも用意しているブラシできっちりと整えている。
「犬も子供も外で遊ばなくなってるし。度を超すのはやだね」
ぐったりと肘をついて頭を支えながら、クッキーがつぶやく。
窓の外にちらりと目を向けると、行き交う人もできるだけ日なたに入らないようにしてるようだ。
「まー、寒いよりはマシなんじゃねえの」
氷の入ったグラスに口をつけながら、タルト。赤い髪にも汗が絡んでいるが、本人はあまり気にしていないようだ。
「本気? このまま暑い日が続くぐらいなら、明日から冬になった方がマシよ」
タルトとしては何気ない一言だったのだが、それがショコラの怒りに触れた。
「そんなわけないだろ。暑さですぐ死ぬことはないけど、寒さで死ぬやつはいるんだぜ」
「熱気で重大な健康被害を負うこともあるわ」
「寒いときは考えが落ち込むだろ」
「暑いとイライラしてくるじゃない」
自分の言葉を証明するように、机をとん、と叩いてショコラが叫ぶ(相変わらず、どん、とはならない)
「もぉ、ただでさえ暑いのに、暑苦しいケンカしないでよ」
「そうですよ。熱気が増してしまいます」
クッキーとプリンは、仲裁……というよりは、迷惑がるように口げんかを止めようとする。が、やはり火に油を注ぐ結果になった。
「お前たちは、どっちが嫌いだ?」
「正しいのは私の方よ。そうでしょ?」
ギラギラした目を向けて、タルトとショコラは二人に詰め寄る。なお、メイツのなかではタルトがいちばんの年上で、次にショコラが年長だ。大人げないなあ。
「どっちって……どっちかというと、わたくしは寒い方が苦手です」
「だよな!」
にっこりと笑みを浮かべて、タルトがプリンと肩を組む。仲間と認めた相手には異様に距離が近くなるのがこの戦士の特徴だ。
「肌が乾燥してしまいますし、夜が長いので……朝の礼拝が眠くて」
言葉にすると眠気を思い出してしまうのか、おもわずあくびが漏れそうになる口元を白い手が抑える。
「ボクは、暑いほうがイヤだけどな」
「そうでしょ」
椅子の上にだらしなくもたれたままのクッキーの発言にも、ショコラは大きく頷いた。自分の主張の役に立つなら猫でも杓子でも利用するのである。
「汗をかくでしょ。手元が滑ったり、目に入ったら邪魔だし……仕事ができなくなっちゃう」
「その通りよ。暑い方がいいなんて、プロ意識の欠如よね」
にんまり笑みを浮かべるショコラ。こういう態度を取るから、タルトがますます怒りを増していく。
「寒い時にも『手がかじかむ』とか言い訳するんだろ!」
「言い訳って何だよ、盗賊の仕事は繊細なんだよ。適切な環境を整える必要があるの!」
「そうよ。武器を振りかぶって殴るだけの人たちにはわからないでしょうけどね」
「その人たちに守られないと冒険にも出られない魔法使いは言うことが違いますわね?」
ぴりっ!
とした空気が4人の間に張り詰めていた。
最初はなだめようとしていたクッキーやプリンも、すっかり空気に飲み込まれている。
「上等だ、表出ろ!」
ついに緊張は頂点に達して、タルトはお決まりの文句を叫んだ。さすがに冒険者の店とは言え、中で暴れ出すわけにはいかない。
「それはイヤ」
「んだと?」
「だって、暑いじゃない」
そもそも暑いのがイヤだと主張しているショコラにとっては、表に出てしまったらますます暑いのだ。
「……確かに、そうだな」
タルトにとっても、寒い方がイヤなだけで暑さを好き好んでいるわけではない。
張り詰めていた空気が、風船が萎むように「ぷしゅー」と音を立てて(※比喩)一気に緊張感を失っていく。
「……では、この話はここまでということで」
頃合いとみて、ぽんぽん、とプリンが手を叩く。
「それじゃ、なにか冷たいものでも飲もう」
クッキーも場を和ませようと、注文の構えだ。
「冬でも同じことを主張できるか、楽しみにしてるわ」
「そっちこそ、暑さが恋しいなんて言うんじゃねえぞ」
こうして、勝負は半年後へ持ち込まれたのであった……!
本当に半年後にもつれ込むのかどうかは誰にもわかりません。




