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旅行に行くなら

「旅に行くとしたら、どこがいいと思う?」

 いつものテーブル。クッキーがぴんと指を立てて、仲間たちに聞いた。


「どこって、うーん、そうだな……」

 タルトは腕を組み、ショコラは首をかしげ、プリンは頬に指を当てて。それぞれに考えはじめる。


「私は、一回ぐらい船旅をしてみたいわね。船の上の気分がどんなものか、知りたいわ」

 と、ショコラ。


 陸路が中心のシュガール大陸では、船を使う機会は多くない。

 他の大陸へ行くなんて用事があるならともかく、そうでなければ滅多に乗れるものではないのだ。


 積み荷を運ぶ貨物船や漁師たちの詰め込まれた漁船ならあるが、もちろんショコラが想像しているのはそういった独特のにおいがしそうな船ではない。

 客船だ。


「デッキから遠くの島々を眺めるのよ。鳥たちにパン屑をあげたりもして」

 片手をさしのべて、どことなく陶然とした様子だ。


「案外、乙女チックなところあるのな」

 ぽつりと、タルト。


「いいじゃありませんか。船なら、遠くにも行けますわ」

 プリンはそう言うが、しかしタルトは横に首を振る。


「旅っていうのは、自分の足で歩くから価値があるんだぞ」

「じゃあ、タルトはどういうのがいいわけ?」

 ショコラはいきなり自分の夢想を否定されて、むっとした様子だ。


「そりゃ、山だろ! 汗をかいて、一歩ずつ頂上を目指していくんだ」

「それ、どこが面白いの?」

「のぼったことないから、そんなことが言えるんだよ! 頂上からの景色は最高だぞ!」

 筋肉質でハリのある胸を突き出して、タルトが言う。まるで、山頂で日の光を浴びているかのような晴れやかさだ。


「でも、山の上って寒いんでしょ? 寒いのはやだなあ……」

「いきなりそんな高い山からは行かないって。まずは、少し低い山で経験を積んでから……」


「山登りって、随分時間がかかりますのね」

「まあ、準備が大事だからな。プリンは、苦手か?」


 プリンはしばし考える仕草を見せてから、軽く肩をすくめた。

「わたくしは、疲れるよりも癒されるほうがいいですわ」

 癒しを得意とする神官の言葉とは思えない。


「癒しって、たとえば?」

 と、ショコラ。タルトの山の話題を終わらせたいのだろう。いつになく積極的に話を振る。


「温泉がいいですわ。南方の火山地帯には温かい湯が湧くところがあるのだとか」

「温泉?」

 聞き慣れない言葉に、クッキーがハテナマークを浮かべている。


「そこに浸かれば、体の芯まで温まると聞きます。運動しなくても汗がかけますし、肌も艶が出て5歳も若返るとか」

「ボク、5歳も若返ったら完全に子どもだよ」

「今も子どもだろ」

「なんだと!」

 きっと目をつり上げて、クッキーがタルトを睨む。


「クッキーさんは、どういう旅がいいんですか?」

 危険な雰囲気を察して、プリンが水を向けた。


「ボクは、そうだなー……一度でいいから、貴族の食卓に出て来るようなフルコースを食べてみたいな」

 想像するだけで、クッキーの口の端から唾液が垂れそうになっている。


「食い気が一番なのね」

 少し呆れたように、ショコラ。


「でも、ここよりずっといいレストランでさ、食べてみたいと思わない?」

「それは、まあ……」

「たしかに」

 ショコラとタルトも、クッキーの言葉に頷く。


「聞こえてしまいますわよ」

 ひそひそ。まわりの客には完全に丸聞こえだが、プリンがなんとか静止した。


「でもさ、ここだって悪くないぜ。甘いものもたくさんあるしな」

 テーブルの上のスイーツをほおばりながら、タルトが言う。


「たしかにね。なんだかんだで、旅に出たあとは、みんな同じ事を思うのよね」

 と、ショコラ。四人は顔を見合わせて、全員で噴き出した。


「やっぱり家が一番だ、って!」

 そうして、テーブルの上で笑い合うのだった。


 それも周囲の客には丸聞こえで、彼女たち以外はみんな、同じ事を思った。

(冒険に行けよ!)

成長して長旅が必要になるような冒険に挑戦しよう、とはだれも言わない。

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