アプフェルを追え!
「た、高い……」
目抜き通りを往くカスタード。その背にはタルトがまたがり、さらにその背中にクッキーがしがみついている。
「怖がらなくても平気だって。ほら、おとなしいものだろ」
カスタードの蹄はリズムを取るように土を踏み、馬体はほとんど揺れていない。よく調教されている……というべきなのだろうが、何せ魔法で呼び出された馬が調教されているのかどうかは、本人ならぬ本馬しかあずかり知らぬことである。
「それに、見られてるよ」
「カスタードにみんな見惚れてるんだな」
上機嫌に言うタルト。確かに、カスタードの艶めく月毛は注目を集めている……が、それ以上にその背中に乗った女のビキニアーマー・スタイルは目立って仕方ない。
「タルトに伝わると思ったボクがバカだった」
がっくり肩を落としてクッキーがつぶやいたとき、大きなざわめきが沸き起こった。
「空を見ろ!」
「鳥か!?」
「飛行機か!?」
「いや、女の子だ!」
衆人がやけに息のあった声を上げながら、空を次々に指さす。
見あげると、ローブ姿の女がぐるぐる回る何かをつかんで空に浮かんでいた。
「手を離しなさい!」
その下……カラキリ市から飛び出してきて、見慣れた黒髪が声を上げる。ショコラだ。
「無理よ! こんな高さから落ちたら死んじゃう!」
空に浮かんだままのアプフェルが悲鳴じみた声で答えた。
さらに悪いことに、つよい風が吹き、空中のアプフェルの体は大きくぐらつきながら飛ばされていく。
「いやぁぁぁぁぁああ!」
悲鳴じみた……いや悲鳴そのものを上げて、ぐんぐん遠ざかっていく。
「なんのために防護の魔法をかけてんのよ! ったく……魔法の才能があるからって驕ってるとこうなるのよ」
「口が悪いですね」
「いろいろあんのよ」
「ショコラ! プリン! どうなってんだ?」
手綱を操って近づき、ショコラと、彼女を追いかけて現れたプリンに馬上から声をかける。
「タルト、ちょうどよかった。あの子をつかまえて」
「そんな無茶な」
「とりあえず追いかけてくれればいいわ。そのうち、疲れて手をはなすだろうから」
「その間にもっと高く飛んで行ったらどうするのさ?」
タルトの肩から顔を出すクッキー。ショコラは首を振った。
「回転数が一定なら、あれ以上高くはならない……はず」
「よくわからないけど、わかった!」
安請け合いは怪力と並んでタルトの得意技だ。手綱を振ると、カスタードはそれにこたえて駆け出した。
「クッキー、どっちに飛んでってるか指示頼んだ!」
上と前は同時に見れない。特にタルトはそんな器用なことはできないのだった。
「わ、わかった。とりあえず、右の方!」
「よーし!」
風に流されていくアプフェルを追いかけて、カスタードはみるみる速度を上げていった。
「それじゃ、私たちはこっち」
別の方向を指さして、ショコラはすたすたと歩きはじめる。
「は、はい、どうするんですか?」
「いいから」
遮蔽物がない空中で回転し続ける羽は、徐々に速度を上げ始めている。
「あわわわわ……」
建物で言えば3階か4階の高さだろう。足元に何もないまま浮かぶ感覚に、ぞわぞわとアプフェルのおなかの奥が震える。
「おーい、あんた!」
馬に乗った赤毛の女……タルトが声をかける。
「……アプフェルシュトゥルーデル!」
「なんて?」
「わかんない」
馬上の二人が一様に目を点にする。『あんた』と呼ばれるのが癪で名乗ったのだが、二人にはまったく通じていなかったのだ。
「だから、アプフェルシュトゥルーデルだってば!」
「助けを求めてるのか?」
「文字数稼ぎじゃない?」
二回聞いても人名だとは判断してくれなかった。
「とにかく、離すなよ! 今行くからな!」
しっかりと手綱を握って、カスタードを走らせる。タルトは内心、この時間がもっと続けばいいと思っていた。
「タルト、右!」
「おう!」
カスタードは驚くほど素直に操縦に応えてくれる。二人乗りとは思えないほど軽快だ。
「ねぇ、コントロールできないの!?」
タルトの胴にしがみついたまま、クッキーが叫ぶ。
「む、無理よ! こんなのどうすれば……」
「くそっ、いったい何でこんなことに!」
ショコラがしでかしたことをタルトには知る由もない。
「ぎゃーっ!」
「危ねえじゃねえか!」
往来での大騒動。大きな馬が全速力で走ってくるから、通りはパニック状態だ。
(今なら……何をやっても許される!)
タルトは悪い方向に調子に乗るタイプだった。
「右だよ、タルト!」
「こうなったら、道になんか従ってられるか!」
ノリノリで手綱をさばき、タルトは叫んだ。
「ハイヨー、カスタード!」
路傍に積み上げられた木箱を足がかりに、屋根の上へと駆け上がる。低い屋根から、高い屋根へ。驚くほど俊敏に、魔法の馬が走る。
「もっと高いところに行かないと!」
屋根の上に上がっても、まだアプフェルのほうが高い。ぐらぐらと軸をブラしながら飛び続けている。
「跳べ、クッキー!」
「はぁ!?」
進む先は屋根が途切れている。にもかかわらず、カスタードはますます勢いを増している。
「あたしとカスタードを踏み台にするんだ。絶対に届く。あたしを信じろ!」
「賭けるなら自分の命にしてよ!」
「掛かってるのはあの子の命だ」
「ああもう、わかったよ!」
「いくぞ!」
屋根のへりまで駆けるカスタードの背中にかじりつくように、タルトが身をかがめる。クッキーは卓越したバランス感覚で体勢を整え、鞍に、そしてタルトの背中に足をかけた。
「いやああああ!」
空中で無茶苦茶に踊るアプフェルへ向かって、月毛の馬が跳び上がる。
「なんとでもなれ!」
その背から、クッキーは文字通りの必死でジャンプした。
無重力の一瞬。眼下には、なんとカラキリ市が見えた。
「と・ど・けーっ!」
太陽をつかもうとするように、少女の手が空へ伸ばされ……
そして、アプフェルの足首を、
つかんだ。
「いやあっ!」
直後、恐慌に陥ったアプフェルは大きく身をよじり、その手を振り払った。
「うっそぉっ!?」
悲鳴と怒号のちょうど真ん中の声を上げて、クッキーは落ちていった。
ぽよんっ、と柔らかいものがクッキーの体を受け止めて、落下は終わった。
「ナイスキャッチ!」
最初に見えたのは、親指を立てたショコラの姿だった。
「ほんとうに元の場所に戻ってきましたね」
「私の言った通りだったでしょ」
「プリン?」
「はい、もう大丈夫です」
何が何だか、といった顔のクッキーを下ろし、プリンは微笑んだ。
どうやら、プリンが受け止めてくれたらしい。魔法で身体を強化したのだろう。
「羽が左回りに回るから、空気の抵抗と重心の傾きで右向きに力がはたらき続けると思ったのよ。しばらく観察してたら、その通りの動きをしてた」
「何言ってるかわかんねえけど、たしかに右に右に動いてたな」
カスタードの背に乗ったままたてがみを撫でながら、タルトがやってきた(カスタードはその手を噛んだ)。
「でも、あの子は……」
「……ぁぁぁぁぁあああ!」
ちゅどーん。
クッキーの言葉を遮るように、頭上から悲鳴が落ちてきた。
アプフェルがテントの上に落下し、派手に土煙を挙げる。偶然にも、そのテントは最初に魔法の機械を売りつけたあの商人のテントだった。
クッキーに足首を掴まれてバランスを崩してから、無軌道に飛び回ってついに落下したらしい。ぽろりとその手の中からあの球体が転がり落ちた。
「平気よ。高級品を着てるから」
ショコラの言葉通り、アプフェルのローブは着用者を守っていた。
「きゅぅ……」
ショックで気を失っているが、ケガひとつない。
「よかったです」
両手を叩きあわせて、プリンが微笑んだ。
「それじゃあ、ボクらが追いかけることなかったんじゃないの」
「おかげでカスタードを思いっきり走らせてやれたぞ」
タルトはいつでも堂々と本音を言う。
「もっと危険なところに落ちてたらどうなってたか。それに、市場から人を避難させたから他の人も巻き込まれなかったわ」
そう言って、ショコラは周りを見回した。
テントの中にあった商品はアプフェルの衝突で粉々だろう。それに、カスタード号が踏み潰した露天もある。
「それじゃあ」
満足そうに、スイートメイツは顔を見合わせた。
「ずらかるわよ」
「異議なし!」
こうして、一つの事件は幕を閉じた。
多額の弁償金を背負わされたアプフェルシュトゥルーデルは、のちにこう語ったという。
「おぼえてなさい!」
プロペラ一枚で飛ぼうとするともっと大変なことになりますが、体勢を安定させる魔法の力です。




