持ち物と水
「冒険への持ち物を見直してみても、やっぱり減らせないものばかりですね」
プリンが羽ペンの動きを止めて眉をしかめている。
目の前の羊皮紙には、細かな文字でびっしりと文字が記されている。彼女らが冒険に出る際に荷物に入れているもののリストだ。
またタルトが荷物持ちに文句を言い出したので、なんとか荷物を減らせないかと話し合っていたのである。
「武器・防具は当然として……」
「防具?」
タルトの発言に引っ掛かりを感じて、クッキーがその格好を見やる。水着よりも面積の少ないビキニアーマーはとうてい防具とは言えそうにないが……
「今は荷物を減らす話をしてるんだろ」
にやり、とタルトが笑った。服装はともかく、理論は鉄壁のディフェンスである。
「プリンのは減らせるでしょ。化粧品とか、ヘアブラシとか……」
「必需品です」
ショコラがリストを指さして指摘するが、プリンは断固として譲らない。
「冒険中にほかの冒険者や知性あるモンスターと出会うかもしれないでしょう? そういう時に、見た目を整えておかないと、悪印象を与えてしまいます。全員がタルトさんのような見た目だと、野蛮な集団だと思われるじゃないですか」
「確かにね」
戦うばかりが冒険ではない。交渉術や魅力が必要になる場面もいつ訪れるかわからないのだから、プリンの主張にも一理ある。
「あたしのどこが野蛮人なんだよ」
「その格好で文明人は無理だって」
タルトは怒りを露わにするが、クッキーに肩を押さえられて議論に参加する前に止められてしまった。
「クッキーのはどうなんだ? ごちゃごちゃ持ち歩いてるけど……」
「ボクのこそ、絶対必要だよ」
細いウエストに巻きつけたベルトをなでながら、クッキーが反論する。そのベルトには盗賊流の道具がいくつも仕込まれているのだ。
「罠解除は繊細な仕事なんだから、モノに合わせていろんな道具が必要なんだ。針金とナイフでガチャガチャやれば開く錠前ばかりじゃないんだよ」
そう言いながら、クッキーは懐をごそごそと探る。何本ものナイフが手品のように取り出されていく……小さいものは小指サイズから、大振りの獣の皮を剥ぐこともできそうなものまで。
「ナイフも使い道によっていろんなサイズが必要なんだよ」
「コース料理みたいですね」
感心したように、プリンはうなずいてみせる。
「問題は水ね」
ショコラはそう言って、細い眉を寄せた。
「いつも水袋の限界まで持っていくもんね」
冒険の旅がどれだけかかるかは予測がつかないものだ。
スイートメイツの受ける仕事はほとんどが日帰りで済ませられるものだ(実力がないから)。それでも、アクシデントで急な野宿が必要になることもある。
「飯はいざとなればなんとかするにしても、水は減らすわけにはいかないからな」
旅先で飲み水が手に入るとは限らない。だが、知っての通り水は重いのだ。
「全員の水をひとつにまとめれば効率よくできませんか? 水袋の代わりに樽につめて……」
「その樽は誰が運ぶんだよ」
嫌な予感をおぼえたタルトがけん制する。
「いくらでも水が入る魔法の袋があればね」
ないものねだりにもほどがある願望を口にして、ショコラがため息。
「確かに、せめて水を出してくれる魔法使いがいれば……」
プリンがしみじみとうなずく。
しばしの間があった。
「いるじゃん、魔法使い!」
がたん! と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるクッキー。
「そうだよ! ショコラが水を作ってくれりゃあ、あたしが重い水を運ぶ必要なんかねえじゃねえか!」
タルトも同調し、期待に満ちた目をショコラに向ける。
「ぅ……」
言いにくそうに唇を結ぶショコラ。
「変性術が得意なんでしょう? だったら、空気を水に変えるぐらいできるのでは?」
「専門だけど、得意だなんて言ってないわ」
「そんなやついるか?」
煮え切らない返答に、そろそろタルトはイラだってきているようだ。暑いからかもしれない。
「……もちろん、そういう魔法はあるわ」
「おお!」
一同が歓声を上げる。だが、ショコラは浮かない顔である。
「……やってみせたほうが早いわね」
壁に立てかけてあった杖を拾うショコラ。黒髪をかきあげて構えれば、どこから見ても魔法使いだ。
「ショコラさん、がんばって!」
「自分を信じて!」
「お前ならできる!」
これまでにないほどの仲間たちの期待を受けて、ショコラは抑えた声で呪文を唱える……
「クリエイト・ウォーター!」
杖を突きだして、叫んだ瞬間!
ムワァ……
と、周囲に湿気がひろがった。
「……心なしか蒸し暑くなったような」
「うわっ、なんかべとべとする」
「髪が乱れてしまいます」
「見ての通りよ!」
ショコラは『どん!』と文字を背負って(イメージです)、胸を張って見せる。
「見えねえよ」
「つまり、ショコラさんが使うと……」
「湿気が上がるだけ?」
「へへっ、まあね」
「テレてる場合じゃねえぞ」
鼻をこすりながら答えるショコラに、タルトも思わずツッコんでいた。
「それじゃあ、使い物にならねえじゃないか」
「何よ、勝手に期待しといて!」
「条件がもとにもどっただけですから……」
期待がムダになったむなしさを振り払うように、プリンが首を振る。
「それじゃあ、現状維持ってことで」
今日も進歩がない一行であった。
古典派のTRPGだと荷重は死活問題。特に水や食べ物についてまじめに考え始めると、低レベルの冒険者はなんて忍耐のある人たちなのかと思い知らされます。




