いきなりゴーストハウス!(後)
ごと、ごと、ごとっ……
地下室から地上へつながる階段からは、重いものを引きずるような、異様な音が響いてきていた。
「おい、やめろ……」
タルトは周りを見回した。仲間たちは怖いもの……ショコラは幽霊、クッキーはヘビ、プリンはネズミに出くわして、恐慌状態に陥っている。
頼りになるものは何もない。廃墟のなかで、何かが起きようとしているのははっきり分かった。
「階段を怖い動きで降りてくるんじゃねえぞー!」
恐怖を振り払うためにタルトが叫んだ時……
つるっ。
《あっ》
ごろごろごろごろごろっ!
べしゃっ。
階段の上の方で気の抜けた声が聞こえたと思ったとき、小人族の小さな体が転がり落ちて来た。
それは床にしたたかに背中を打って、両手足を大の字にして倒れた。
逃げ出そうとしたミッパのようだが、ぼんやりと白いもやのようなものがその体にまとわりついている。
《あのね》
ミッパは白目をむいたまま、何やらおかしなエコーのかかった声で言った。
《いま、とっても独創的で怖い階段下りをしようとしたんだよ》
「お、おう」
なぜ独創性を追求しようとしたのか、『階段下り』なんていうほどメジャーな動作なのか、など聞きたいことは山ほどあったが、なんとなく同情した気分になってタルトはうなずいた。
《でも、この子の手足があんまり短いから……》
「小人族だからなあ」
どうやら、それで足を滑らせて落ちてきたらしい(滑らせたのは手かもしれない)。
「タルト?」
「いったい、何が……」
ようやく正気を取り戻したらしいクッキーとプリンがタルトの隣に並んだ。
《うふふふふ……》
今からでも恐ろしげな雰囲気を出せることを信じて、ミッパ……に取りついた何かは、その場で浮き上がるような不自然な動きで体を起こした。
その全身からは白いもやが放たれ、強烈な冷気が地下室を満たしていく。
「どうやら、この廃墟にいた何かに取り憑かれちまったらしいな」
「それって、ここで死んだっていう墓守の娘?」
《わたし、遊び相手がほしかったの》
ミッパの口からは、楽しそうな、それなのに心を寒くさせるような声が飛び出してくる。
《この子たちも素敵だけど、あなたたちはもっと素敵。ねえ、ここでずうっと一緒に遊びましょ》
「悪いけど、ボクたちには済ませなきゃいけない仕事があるんだ」
「ここはわたくしに任せてください!」
プリンが一歩、前に進み出た。アンデッドが相手なら、神官であるプリンの出番だ。
《そうはさせないわ。くらえ、エクトプラズム!》
モンスターにわざを命令するような気軽さでミッパの体を借りたゴーストが叫ぶ。
その直後、ミッパの口から勢いよく粘液が吐きだされた。
「いやぁああああ! わたくしの体に緑色のネバネバがぁ!?」
バケツ一杯ぶんはありそうな粘液を浴びせられて、プリンは再び恐慌状態に陥った。
「ち、ちくしょう。なんてタチの悪い幽霊なんだ!」
いったい何が吐きだされたのか。神官のくせにメンタルが弱すぎるのではないか。エクトプラズムって本当にこれで合っているのか。さまざまな疑問をはらみつつも、今までにないピンチなのは間違いない。
「ショコラは……役に立たないか」
ちらりと後ろを見る。黒髪の魔法使いは立ち尽くしたままでまだ復活していない。
「クッキー、よく聞け」
「な、なに?」
「あたしがやつの注意をひきつける。その間に全力で逃げるんだ」
「で、でも、それじゃあ……」
「盗賊ギルドと光の神殿に助けを求めに行け。まともな神官ならなんとかしてくれるさ」
「タルトは!」
「あたしなら、なんとかするさ……こんなところでくたばるタマじゃないって、知ってるだろ?」
「タルト……」
頭の中にいい感じの音楽が流れてくるのを感じながら、クッキーは大きくうなずいた。そして、覚悟を決めた時……
《エクトプラズム!》
「ぎゃああああっ! 緑のネバネバがぁっ!」
横合いから浴びせられた粘液まみれになって、タルトは床を転がりまわっていた。
「悠長に話している場合じゃなかった……!」
あまりに遅すぎる気づきであった。
《うふふふふ。あなたもトモダチになりましょ》
「それって、何か一線を越えるタイプの友情だよね。ボク、そういうのはちょっと」
《とっても素敵なのよ》
「もうちょっと具体的な説明がほしいなー!」
クッキーは思わず後ずさりして壁ぎわに背中を着けた。
床からうっすら浮き上がっているミッパが、すうっと近づいてくる。
目は白目をむき、口元からは緑のネバネバがぽたぽたと垂れている。どう考えてもトモダチになりたいビジュアルではなかった。
「も、もう一晩考えさせて……」
《ダメよ。もう決めたんだから》
ミッパの白く冷たい手がクッキーの頬に伸ばされたとき……
「幽霊ごっこは……いいかげんに……」
恐ろしく低い声。ミッパのさらに背後に、黒い影が立ち上がった。
「……しなさい!」
カキーーーーーーーーーン!
ものすごく景気のいい音がして、ミッパの体が横に吹っ飛んで行く。
見れば……ぼさぼさ髪のショコラが、杖を腰の入ったフルスイングで振り切ったところだった。
「ショコラ! 正気に……」
「うふふふ……あははは……」
髪を振り乱して、かん高く笑い始めるショコラ。どうやら、恐怖のあまり心が擦り切れ、防衛本能のみで攻撃したらしい。
「こ、こっちのが怖い……」
「で、その後はどうなったの?」
いつぞやのことなどすっかり忘れて、優雅にティーカップを傾けながらショコラが聞いた。
「予定通り、三人は盗賊ギルドが身柄を預かってるよ。今頃は下水道の片づけか、帳簿の検算でもさせられてるんじゃないかな」
「いやー、悪いことはできないなぁ」
クッキーの報告を聞きながら、タルトはうんうんと大きくうなずいている。
「まだ髪がべとついてる気がします……」
何度もブラシを通しながら、プリンは大きく首を振る。エクトプラズム(?)は何度も洗い流すまで取りきれなかったという。
「あの家は……まあ、あれ以来静かになったみたいだし、ギルドとしては様子見かな」
「むしろ、墓荒らしの前に姿を現して恐れさせているみたいです」
「死してなお、墓守の役目を全うしてるわけか」
大したものだ、とタルトは腕を組んだ。
「ショコラに叱られてマジメになったのかも」
「何の話よ」
「……本当に覚えてないの?」
ショコラは心の底からきょとんとした表情を浮かべている。
「覚えてるわよ。三人組の小人族を捕まえてギルドに引き渡したんでしょ」
「恐怖のあまり記憶を……」
「心を守るために……」
「わけわかんないこと言ってないで、はやく盗賊ギルドからの謝礼を分けましょうよ」
三人は生あたたかい目でショコラを見つめながら、うなずいたのだった。
階段下りについては映画「エクソシスト」か「呪怨」を、
エクトプラズムについては「ゴーストバスターズ」を参考にしてください。




