三つの願い
「それじゃあ、反省会……の前に、これについて考えましょう」
プリンが議長となって、一同を見回す。3人も異論はないらしく、テーブルの上に一斉に視線を注いだ。
いつもはスイーツが山積みされているテーブルの上には、古ぼけたランプが一つ置かれていた。
実用性よりも装飾性の高い金色のランプだ。これを売り払ってもそこそこの値がつくだろう。
だが問題は、そのランプの中にはっきり魔力が感じられることだった。
ショコラは本人の魔力は低くても、魔力の質を確かめることは得意だ。彼女の分析によれば、このランプのなかには何か力のある者が封じられ、火をつければその封じられたものが姿を現すだろう、ということだった。
「暴れだしたりしないだろうな」
「そういう危険な力ではないと思う。もっと、機械的というか……自動的な機能が備わってると思うわ」
「見つけたのはボクたちなんだから、ボクたちが確かめるべきだよね?」
何が起きるか確かめず、とりあえず金に換えてしまうのも手ではある。だが、どうしても……どうなるのかを確かめたいという誘惑には勝てなかった。
「それでは……行きますよ」
小さな火種を両手で守りながら、プリンはそっとランプに火をつけた。最初は、何の変哲もない赤い火がちらちらと揺らめいていたが……
やがてその火がごうっと大きく燃え盛ったかと思うと、その炎と煙が姿を変えていく。
そこには、天井に届かんばかりの大男が現れていた。
「おおおっ!?」
「あ、あなたは?」
「我は炎の魔人。古い契約により、このランプの中に閉じ込められていた」
その魔人は煙でできたヒゲを整えながら、一向をぐるりと見回した。
「私を解き放ったのはお前たちか?」
「そ、そうだ」
「感謝する。その褒美に、なんでも願いを三つ叶えよう」
「なんでも!?」
「三つ!?」
メイツは思わず声を上げた。この魔人の言うことが本当なら、メイツが今まで見つけた中で最も価値あるものに違いない。
「どどどどどうしよう。金貨100枚なんて言っても平気かな?」
「それは安すぎよ。私の魔力を大魔道士級にしてもらって……」
「それよりも若く健康な体がいつまでも続くようにしてもらっては?」
「っつーか、あたしたちは4人いるんだぞ。3つの願いじゃ、一人分足りねえじゃねえか」
喧々諤々。スイートメイツは一斉にけん制混じりの議論を始めた。
「どうした。願いが決まらないのか?」
「ちょ、ちょっと待ってください。いま決めますから」
「よかろう」
プリンの訴えに応じて、炎と煙でできた魔人が腕を組む。
店の中にいる店員やほかの客はその火が燃え移らないかと心配していたが、煙がひろがることもなさそうだ。一応、窓を開けて換気しておくことにする。
「誰が願いを言うかを日月夜(この世界のじゃんけんのようなもの)で決めるか?」
「負けた人が納得できるわけありませんわ。4人で分けられる願いを3つするというのが……」
「4人全員を強くしてくれって願ったら、それは一つの願いになるの?」
「モノによる気がするわね。それに、変な形で解釈されて望んでない形で望みをかなえられるっていうのもよくあるパターンだし、慎重に決めないと……」
ショコラは特に考え込んでいる。こうした事例は、よく記録に残されているのだ。願い方を間違えると、ろくなことにならない。
「まだか? 『ちょっと待つ』にも限界があるぞ」
「もうちょっと……」
「馬をくれ!」
ショコラが制止しようとしたところで、タルトがばん、とテーブルをたたいて身を乗り出した。
「あたいが呼べばすぐに現れて、世話しなくても平気な魔法の馬をくれ」
「よかろう」
魔人は鷹揚にうなずいて、指を鳴らした。すると、どこからともなく馬のいななきが響き渡り、こつ然と店のなかに馬が一頭、現れた。
月毛色の短い毛が美しく、立派なたてがみの馬だ。
「やっほう! なんてかっこいい馬なんだ!」
筋肉質な馬の姿にタルトは大いに感動し、その首元に抱き着く。馬はおとなしく、タルトを主人として認識したようだ。
「ちょっとちょっと! 何を勝手に願いをひとつ使ってるんですか!」
が、他のメンバーが納得するわけがない。
「魔人がいなくなるより先に願いを言わないと機会がなくなっちまうかもしれないだろ!」
「考える時間は必要よ。魔人さん、一つ目の願いはナシにして。もう一度考え直すから」
ショコラは横目でちらっとタルトをけん制しながら進み出る。
「おい、あたしからカスタード号を奪おうったってそうはいかないぞ」
「もう名前までつけてる」
すっかり気に入っているタルトの様子に、クッキーは小さく息をついた。かわいそうだが、勝手に願いを使ったのだから仕方ない……と、クッキーがおもっていたところで。
「最初の願いは『ちょっと待て』だったな」
魔人は大きくうなずいた。
「ちょうど、三つの願いはかなえたところだ。それでは、待つのは終わりだ。さらばだ、人間たちよ」
……と、言い残して、魔人は煙の塊に姿を変えた。
「……え?」
煙は天井にふわんと広がって散っていく。その光景を、ショコラは目を丸くして見つめていた。
「魔人さん? ちょっと待って、私の魔力を……せめて、金貨100枚……」
「おー、カスタード! あたしたちの絆は守られた!」
呆然とするショコラの後ろで、タルトは月毛の馬を抱きしめている。
「つまり……『ちょっと待って』『馬をくれ』『一つ目の願いはキャンセル』で三つの願いを使ってしまったということでしょうか」
「こんなもったいない使い方ある?」
クッキーは冷ややかな視線を仲間たちに送った。結局、意味のある願いの使い方をしたのは、タルトだけだったのである。
「なんでもいいから言っとけば……」
がっくり肩を落とすショコラ。
「……ま、まあ、この力を他の人に悪用されなかったんだから、悪い結果ではないと考えましょう」
プリンは神官らしくいい側面を見ようとしている。永遠の若さには少々未練があるのだが。
「……とりあえず、この子が手に入ったことは喜ばないとね」
クッキーは馬……カスタード号の首元を優しくなでた。
「まあ、こういうこともあるさ。過ぎたことより、これから先のことを考えようぜ!」
自分だけは望みのものを手に入れて、タルトは上機嫌だ。当たり前だが。
なお、カスタード号はタルトの悲願だった「持ち物を全部おしつけられる問題」を解決したほか、大いにパーティに貢献することになる。
数学的な解釈をしたり、プログラム構文的にハックをしかけたり、今でもよく話題になるネタですね。
後でどんな影響があるのかわからないので、使ったらなくなるものを願うというのも手だと思います。お中元みたいですね。




