意味がわかってもそんなに怖くない話
「暑いから、なんか怖い話してよ」
クッキーのつぶやきに、3人は大きく息を吐いた。
「お前なぁ、そう言われて誰が怖い話なんかできるんだよ」
「明るいうちから怖い話なんかしても仕方ないでしょ」
「人にモノを頼むときの態度じゃないですよ」
「すっごい怒られてる」
一人を責める時に三人のチームワークがよくなるのがスイートメイツである。
「ま、いいけど。それじゃ、あたしから行くぞ」
「意外なノリの良さ」
すぐにスイッチを切り替えて、タルトがすっくと立ち上がった。
急に店の中が暗くなる。西日が差し込まないように窓を閉めたのである。
「これはあたしが人食い虎の巣に迷い込んだ時の話なんだけど……」
「ストーップ!」
びしぃっ! イヤな予感を感じて、クッキーが制止をかける。
「なんだよ、話し始めたばっかりだろ」
「まさか食べられそうになるって話じゃないでしょうね」
冷たい声で聞くショコラ。
「そうだけど」
タルトはあっさりと頷いた。
「そういう怖さは求めてない!」
「えぇー」
絶体絶命のピンチを脱した武勇伝を語る機会を失い、タルトは不満げだ。
「それでは、次はわたくしが」
「おっ、期待の星」
「あたしには期待してなかったのかよ」
手を叩くクッキーを、タルトがじろ、とにらみつける。
「ある修道院にとても美しい女性が訪れました。道に迷った彼女は修道士たちに迎えられ、食事と寝床を与えられました。翌日、彼女は深く感謝しながら修道院を後にしました」
「幽霊だったの?」
「ちょっと!」
ズバッと問いかけるクッキーに、ドキッとした様子でショコラが声をあげる。ショコラは心霊が苦手なのだ。
「いえ、そんなことはありませんよ」
プリンは微笑んで、続きを話す。
「司祭はその日、天恵を受けました。昨夜、誰かがこの修道院で口づけを交わしたと」
「修道院のなかで? やるなぁ」
感心するタルト。もちろん、男性だけで暮らしている修道院でキスなど禁忌である。
「夜に誰も出入りしなかったのですから、修道士の誰かが口づけしたことになります。そこで、司祭は魔法を使って、誰が口づけをしたのか調べることにしました」
「そんな魔法があるんだ?」
「高位の司祭なら、嘘を見破る術が使えます」
もちろん、プリンにはそんな魔法は使えない。
「修道士たちに右手を挙げさせて、『このなかに昨夜、女性と口づけしたものがいれば、その右手を光らせよ』と唱えました。当然、司祭も右手を挙げました。自分の潔白を証明するために」
「誰の手が光ったの?」
クッキーが聞くと、プリンは首を振った。
「誰の手も光らなかったんです」
「こっわ」
「っていうか、きっつい!」
ショコラは悲鳴にも似た声をあげ、少し遅れてクッキーも身震いした。
「ん? どういうことだ?」
「タルトさんにはわからなくても大丈夫です」
「おい、解説しろよ!」
タルトは抗議するが、プリンはニコニコ笑ったままだ。
「それじゃ、最後は私ね」
「おい、あたしを無視すんな」
「ショコラ、こういうの苦手なんでしょ?」
「バカにおしでないよ、これくらい余裕さね」
「口調がすでにヘンですよ」
「おい、おーい」
タルトはすっかりスルーされている。繰り返すが、こういうときだけチームワークがいいのだ。
「一部屋しかないダンジョンって知ってる? どこにあるのかは知らないけど、そういう噂があるの」
「それ、ダンジョンって言わないんじゃない?」
クッキーのツッコミに、ショコラは、まあね、と肩をすくめた。
「中に入ると四角い部屋がひとつあるだけなの」
「なにか仕掛けが?」
プリンが問いかけると、ショコラはまた頷く。
「中に入ると、正面の壁に文字が書いてあるのよ。『右の壁を見ろ』って」
「部屋に入っただけで命令されるのかよ」
「右を見たらどうなるの?」
クッキーが続きを促す。いつも通りだ。
「そしたら、『反対の壁を見ろ』と書いてある」
「反対の壁を見たら?」
ゴクリ……と、クッキーが小さく喉を鳴らす。少しだけ期待できそうだ。
「次は『上を見ろ』」
「忙しい部屋ですねえ」
想像の中でもあちこち向かされて、プリンは思わず首を撫でた。
「上を見たら、『よくできました』って」
「はぁ?」
「で、最後の壁には『これで終わり』って書いてあるのよ」
「なんだよ、誰かのイタズラじゃねえのか」
あきれ顔のタルト。すると、ショコラはふふんと鼻をならしてみせた。
「私が怖い話なんかするわけないじゃない」
薄い胸を堂々と張ってみせるショコラ。なんとなく自慢げである。
「ドキドキしながら聞いて損しました。壁と天井に字が書いてあるだけじゃないですか」
はぁ、と大きく息を吐くプリン。
しかし、クッキーだけは小さく首をかしげていた。
「……んんー……」
「どうしたのよ?」
渾身の引っかけをスカされた気分で、ショコラは少しじれったそうだ。
クッキーはしばらく話の内容を反芻してからつぶやいた。
「その部屋、どこから入ってきたんだっけ?」
解説は特にしません。




