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猛暑日は35℃以上(前)

「あっちぃ……」

「前回とまったく同じこと言わないで」

 十字路の街から北西に2時間……街から見れば上流にあたる湖。

 たどりついたとき、すでに一行は汗だくであった。


「あたしなんか全身直射日光だぜ。暑くもなるよ」

「服を着てないからでしょ」

 いつもの調子でタルトにツッコみながら、広々とした湖を見回し……

「で、どうするの?」

 ショコラが聞く。この仕事を持ってきたのはタルトだからだ。


「仕事はふたつだ」

 丸めた羊皮紙を取り出して、タルトが中身を確かめる。どこからどうやって取り出したかは秘密だ。

「ひとつめは、水質調査のために水を汲んで持ち帰ること」


「それなら、すぐ終わりますね」

 ぽんと手を打つプリン。しかし、ショコラが首を振る。

「水質調査は湖の真ん中の水を使わないと」

「その辺で汲んでもバレないんじゃない?」

「毎回同じ条件で調べなきゃ意味がないわ」

 クッキーは不満げだが、ショコラは多少、やる気らしい。


「この辺に船があるらしいけど……あ、ほら、あれだ」

 タルトがゆびさした先に、細い桟橋があった。そこには、手漕ぎボートが一艘、ロープでつながれている。

 が、木製のそのボートはかなり酷使されてきたものらしい。ボロボロで、今にも沈んでしまいそうだ。


「では、わたくしはもうひとつの仕事を担当しますから頑張ってくださいね」

「ちょっと、ズルいよ!」

 あっさり身を引くプリンに、クッキーが抗議の声。だが、神官は気温に似合わぬ涼しい顔で言い返す。

「この船は二人乗りがせいぜいです。だったら、体重が軽い方が乗ったほうがいいでしょう?」

 一部の隙もない論理を展開して、胸を張る。(ぽよん、と)


「確かに。あたしもプリンに賛成だ」

 タルトが同調してうなずいて、胸の下で腕を組む。(むにゅり、と)


「……だってさ」

 クッキーは一応、自分の胸の前で手を振ってみたけど、スカスカと空を切るだけだった。

「覚えてなさい」

 ショコラには確かめる気もなかった。




 というわけで、ショコラとクッキーは二人でボートに乗って漕ぎ出した。

「水の上なのに暑いね」

 オールはクッキーの担当だ。と言っても押しつけたわけではなく、帰りはショコラが漕ぐことになっている。


「真夏だもの。仕事のためだから、仕方ないわ」

 ショコラは熱を持ちやすい黒髪の上に三角の帽子をかぶっている。いかにも魔法使い、というルックスでボートの上に座っているのは、なんだか可笑しく思えた。


「まぶしくない?」

「まぶしいわ」

 水面に太陽光が反射して、上からの日差しを遮っていてもショコラにとっては薄目を開けるのがせいぜい、という様子である。


「ボクも、ショコラみたいに青い目がよかったな」

「まぶしくても?」

「暗いところでよく見えるんでしょ?」

「そうらしいけど、他の人の目でものを見たことがないもの。わからないわよ」

「ボクはあるよ」

 静かにオールをこぎながら、クッキーは向かい合ったショコラに向けてほほ笑んだ。


「盗賊ギルドの訓練中にね。前も言ったでしょ? ギルドは下水や地下道をよく使ってるんだ。地上を歩き回るより目立たないから」

「明かりは?」

「あるときもあるけど、使わないことのほうが多いかな。暗いところに慣れてる盗賊は、地下でもものが見えるみたい。モグラやドワーフみたいに」

「モグラは見えてないわ。鼻先で穴の形がわかるだけ」

「そっか」

 話の続きを思い出して、クッキーは一度視線を巡らせた。


「ボクは、いつまで経っても見えなくて」

「見えないものは仕方ないわ」

「そうだよね。だから、一人のときは明かりを使うんだけど、見える盗賊にとってはボクはうすのろになっちゃう。だから、他の盗賊の肩につかまってついてくんだ」

「途中で置いてけぼりにされたらどうするのよ」

 ショコラにとっては当然の疑問でも、クッキーはそうは感じなかったらしい。しばらく、きょとんとまばたきをしていた。


「考えたこともなかった」

「本当に盗賊?」

「あはは……。今まで誰もボクを騙さなかったことに感謝しないと」

「それって、同じ盗賊ギルドの仲間でしょ?」

「うん」

「それなら平気よ。クッキーを騙すひとなんていないわ」

「信用されてるってこと?」

「あなたを罠にかけても得られるメリットがないじゃない」

「けなしてる?」

「ちょっとね」

「もう」

 頬を膨らませるクッキー。正面からその顔を見つめて、ショコラはふっと微笑んだ。


「そろそろいいわ。早く終わらせましょ」

 クッキーがオールをこぐ手を止める。ショコラは船底に置いておいた瓶を拾い上げた。ロープで石が繋がれていて、しかもふたにもひもがついている。


「それで水を採るの?」

「そう。すこし沈めて、中でふたを外すの」

「決まりが多いんだね」

「タルトに任せなくてよかったわ」

 ちゃぷん、と重石おもしのついた空の瓶が水の中に沈んでいく。そして、フタについた細いひもを引っ張る……


 プツン。


「あっ」

 使いまわしのせいか、ひもが切れてしまった。

「……弱ったわね」

 水中には空瓶が沈んでいるだけだ。このままでは水を採ることができない。

「水面から掬うんじゃだめなんだよね」

「そうなんだけど……」

 水面を覗き込む……が、澄んだ水は、ショコラの目にはまぶしいばかりだ。目が痛んで、顔を伏せた。


「任せて」

 いうが早いか、クッキーはボートの縁から水の中に身を躍らせた。

「ちょっ……!」

 ボートの重心が変わってぐらつき、ショコラもつられて落水しそうになるのをなんとか堪える。

 制止の声も聞かずに水の中に飛び込んだクッキーはロープをたどって瓶にたどつき、口を押さえているふたをひっぱって外す。


 ぽこ、と瓶の中の空気が泡になって浮きだす。代わりに、湖の水が瓶の中を満たしていく。


「ぷは。オッケー、ひっぱりあげて」

「先にひとこと言いなさいよね」

「すぐ乾くから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃないの」

 ショコラはロープを引っ張って水の中から瓶を取り出しながら、水の中のクッキーを見おろした。


「その目も素敵だと思うわよ。こうやって見てる分には」

「ボクにメリットがないじゃない?」

 ショコラのマネだ。

「私の機嫌がよくなるわ」

「じゃあ……まあ、いっか」

 ひっぱりあげた瓶のふたをとじて、船底に置く。


 それから、ショコラは手を差し出した。

 クッキーはその手を取って……

 ショコラが船から落ちた。


「もがぼごががががが!」

「ぎゃー!? 何やってんの!」

 沈むまいと捉まってくるショコラと一緒に沈まないように、急いでボートにつかまる。こういう時は船尾か船首につかまらないと転覆するゾ。


「はあ、はあ……死ぬかと思った……」

「こっちのセリフだよ!」

「私の力では人を引きあげるなんて無理ね」

「やる前に気づいてほしかったよ……」


 結局、なんとかクッキーが先にボートに上がり、ショコラをひっぱりあげることになったのだった。

 素人だけでボートに乗るときは気を付けよう(教訓)

 作中ではギャグで済ませていますが、落水事故は命に係わります。

 二人が薄着で水温が高かったからいいものの、真夏でなければ死んでますね。

 ということは、とても夏っぽいエピソードということになりますね。(説得ロール)

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