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髪は頭部に宿る

「ふう……」

 ひとしきり話したあと、プリンは大きく息をついた。

「髪が乱れてしまいます」

 そして、懐からブラシを取り出して髪を梳きはじめる。


「それ、いつも持ち歩いてるのか?」

「身だしなみは基本です」

 タルトの質問にさらりと答えて、長い髪に何度も櫛を通す。

 プリンは柔らかな色合いの金髪で、ゆるいウェーブが全体にかかっている。前に垂らした髪は豊かな胸元にかかり、後ろは肩の少し下で揃えられている。いつも同じ長さだから、こまめに整えているのだろう。身動きのたびにきらきらと明るく光を跳ね返すから、何もしていなくても目立つ。


「プリンみたいにきれいな髪ならやりがいもあるんだろうけど」

 今度はクッキーがため息をついた。

「それか、ショコラみたいに」

 何気なく付け足して、クッキーはブラウンの瞳を魔法使いに向けた。


「別に」

 ショコラは紅茶を口元に運んでいるところだった。その一言だけ答えて、カップを傾けながら続ける言葉を考えたようだ。

「何もしてないわよ、特別なことは」


「でも、確かにきれいな黒髪です」

 ぽん、とプリンが手を打って同意する。

 ショコラの髪は、ネイビーがかった黒だ。背中にかかるほど長く伸ばしているから、頭に近いところは黒く、毛先は青みがかったグラデーションに見える。クッキーとは真逆に、まったく癖がないストレートだ。ショコラには、肩にかかった髪を手ぐしで後ろに流すクセがある。そのたび、するりと指を抜けていくのだ。


「魔法で整えてるんじゃないの?」

「そんなことしないわよ、プリンじゃあるまいし」

「わたくしもしてません」

「でも、毎日いい石鹸で洗ってるんでしょ。うらやましいよ」

 二人の髪に上目使いの視線を向けて、クッキーは肩をすくめた。


「自分で体質を決めることができたら、ボクももっときれいな髪にしたのに」

 前髪をつまんでみると、いつもは跳ねているくせっ毛が自分の目にも映る。てんでバラバラの方向に伸びていくので、いつも短くしているのだ。おかげで性別を間違えられることも少なくない。「目立ちにくいのは盗賊としての才能だ」と言われたこともあるけど、本人にとっては不満だった。


「そんな風に言わないでください」

「余裕があってうらやましいよ」

「手入れすれば、よくなります」

 そう言って、プリンはクッキーの後ろにまわった。盗賊娘が文句を言う前に、彼女の髪にブラシを当て始める。


「も、もう……」

 相変わらずプリンには反抗しづらいようで、目を泳がせながら縮こまる。借りてきた子猫状態だ。

「たまに手入れするくらいはしてやれよ」

「絶対、あなたには言われたくないと思うわ」

 面白がっているタルトに、ちくりとショコラが釘を刺している。


「これでも、あたしだって気を使ってるんだぜ」

 ふふん、と鼻を鳴らして、タルトは自分の髪をかきあげてみせる。

 タルトは褐色がかった赤毛だ。一見しただけではわかりにくいが、髪は乱れたり乾いたりしているわけではない。髪が太いので少々大ざっぱに見えるだけだ。前髪は左右に分けて流し、後ろは一つにまとめている。髪質も力強く、本人の生命力をそのまま表しているかのようだ。(ただし、タルトの場合は髪型よりも服装のほうが明らかに主張が強い)


「タルトの手入れって、泥を塗るとか?」

 後ろから梳かされて身動きが取れないクッキーが軽口をたたく。

「なわけないだろ。まずクルミをつぶしてだな……」

「素手で?」

「あたしをなんだと思ってるんだよ!」


「元気が戻ってきたみたいでよかったです」

 わいわいと賑やかな三人を尻目に、プリンは楽しげにクッキーの髪をいじっている。

 いつの間にか取り出した小瓶からとろりとした液をたらし、クッキーの髪に塗り広げ、指先で毛先を整えていく。


「ちょ、ちょっと、そこまで……」

「わたくし、こういうのが好きなんです」

 有無を言わせぬ口調で、セットを仕上げていく。


「それも持ち歩いてるの?」

 プリンがどこからともなく取り出した小瓶を訝しんでいるショコラ。

「ええ、基本です」

 何が基本なのかは他の三人にはわからなかったが、とにかくプリンが楽しんでいるようなので文句を言う者はいなかった。


「できました。いかがですか?」

 ぽん、とプリンの白い手がクッキーの両肩に乗せられる。

 クッキーはおそるおそる手鏡を取り出して、その中を覗き込んだ。(鏡は盗賊の必需品だ)


「う……」

 ふだんのくるくると癖のついた髪が整えられ、後ろ髪がふわりとボリュームを着けられている。顔はいつもと変わらないのに、ずいぶん印象が変わって見えた。

「似合わないよ、こんなの」

「そうでもないわよ」

「いいんじゃないか?」

 正面から眺めているふたりに間髪入れずに受け入れられて、逃げ場がない。元から赤みがかったクッキーの頬が、ぽっと上気した。


「ま、まあ、たまにはね」

「どういたしまして」

「まだお礼は言ってないって!」

 楽しげに微笑みながら、プリンは席にもどっていく。

 タルトとショコラは、にまにまとクッキーを眺めていた。


「……あ、あり……」

 と、言おうとしたその時だ。

 くるんっとクッキーの前髪が元の形にもどった。まるで時限装置のように、セットしたばかりの髪がいっせいにくるくるとくせ毛の形を取り戻していった。


「あら、まあ……」

「ガンコな髪質ね」

「ふだん、手入れしてないからじゃないか?」

「落ち着いたような、がっかりしたような……」

 本日三度目のため息をついて、クッキーはかくっと肩からチカラを抜いた。


「これから毎日手入れしましょうか?」

「こんな思いをするなら、いつもの頭でいいよ……」

24話めにしてはじめて詳しい髪型の描写をしました。

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