カタくなる薬
コポコポ……。
テーブルの上にはいつものお菓子はない。代わりに陶器のコップが置かれ、白い煙を立てていた。
「うわっ。何してるの?」
その光景を目撃したクッキーが、思わず悲鳴じみた声を上げたのは無理からぬことである。コポコポ言ってるんだもの。
「錬金術だそうです」
振り返ったプリンが、頭を掻きながら振り返った。いかにも、「こっちも困ってるんです」と主張している様子である。
なんなら仲間だと思われたくないらしく、いつもよりだいぶ距離を取っていた。
白い煙は妙なにおいをさせているわけではないものの、いかにも不安なビジュアルだ。
「薬品づくりよ。そんな大したものじゃないわ」
と、ショコラ。
寝不足なのか、目もとにうっすらクマができている。据わった目つきは問題のコップを生真面目に見つめて、視線も上げないままだ。
火にかけているわけではなさそうだが、カップの中身を見つめながら、ぽたぽたと別の薬品を一滴ずつたらし入れては反応を確かめている。
「毒を出したり爆発したりするようなものは扱ってないわよ。あ、でも揺らしちゃだめよ。こぼれたらやり直しになるから」
「なんでここで?」
自分のペースで指示を出そうとするショコラに、さすがのクッキーもちょっぴり怒りを露わにする。飲食店で薬品を作るのは……まあ、あまり一般的な行為ではない。
「追い出されたのよ」
「学院から?」
「私には自分の研究スペースがないから。スペースを使いたい魔法使いが多いときは、場所が足りなくなるの」
「じゃあ、人が居なくなるまで待ったら?」
これも、ショコラは大きく首を振った。
「自分がスペースを使えるうちはなかなか手放さないのよ。魔法使いなんかろくでなしばかりなんだから」
「本当ですね」
プリンはすかさず皮肉を言ったのだが、いつもなら反応するショコラも今日はリアクションをする余裕がないらしい。
液体を垂らしていた小瓶にふたをしたかと思うと、今度は薬包を取り出し、その中身をサラサラと注ぎいれていく。
「ショコラって、そういうのが得意なの?」
プリンはやめさせたいようだが、クッキーはさっさと済ませてほしい、と考えた。
彼女らが文句を言ったせいでショコラの手元が狂ってやり直し、となるくらいならと、話題を逸らしにかかる。
「つまり……錬金術とか、霊薬づくり、みたいな」
「そんなに大したものじゃないってば」
魔法使いは、いつも紅茶を飲むときに使っているのと同じシュガースプーンでコップの中身をかき混ぜはじめている。
「でも、私の専門は変性魔法」
「変性?」
「モノの性質を変えるってこと」
寝不足のしわざだろうか、どこかうわごとのような口調だ。
「それって、重いものを軽くしたり?」
「そうね」
プリンも興味を惹かれたらしい。思わず、その話に食いついた。
「水の上を歩けるようにしたり?」
「そうね」
「武器の切れ味をよくしたりか?」
横合いから、声がかかった。いつの間に店内に姿を現したのやら、ビキニアーマーの女戦士、タルトがよう、と手を上げながら近づいてくる。
「そうね。タルト、ちょうどよかったわ」
ショコラはスプーンを取り出して、コップを掲げてみせる。いつの間にか、白い煙は収まっている。
「何がちょうどいいんだ?」
椅子に腰かけるタルト。相変わらず自分の格好を理解していないかのように、大きく足を組んでいる。
「あなたのために作ったから」
据わった目でタルトを見つめながら、ぼそりとショコラが答えた。
「大丈夫なのか?」
「毒は入ってないわ」
「そうじゃなくて、お前がだよ」
ショコラは指でつつけばそのまま倒れてしまいそうだ。タルトは怒るような、あきれるような目を向けている。
「平気よ。結果を確認すればゆっくり休めるから」
「それで終わるの?」
「あとは試すだけ」
にへらっ、とショコラの口元に笑みが浮かぶ。そう、限界ギリギリの人間が浮かべる、あの説得力がないのに迫力はあるあの笑みだ。
「どういう……薬なんです?」
その迫力に気圧されて、止めようとしていたプリンも思わず聞き返した。
「体がカタくなる薬よ。弱い攻撃じゃ傷つかないように」
「そ、そうか。あたしのために……」
なんとなく、文句を言える雰囲気ではなくなってしまって、タルトはコップを受け取ってしまった。
あーあ。
「飲むのか?」
「毒は入ってないから」
繰り返されるとなおさら不安になるのも人間のサガというもので、タルトは途端に飲みたくなくなった……のだが。
「さあ、ではぐいっと」
がしっ、と、いつの間にか後ろに回ったプリンが肩を押さえつけている。戦士の筋力をもってしても簡単には振りほどけない力強さだ。
「お、おい、プリン。あたしにも心の準備がだな……」
と、コップを置こうとするタルトの手をクッキーが両手で捕まえる。
「大丈夫、ショコラの調薬品だよ」
「お前ら、あたしに押し付けようとしてるだろ!」
ぐいぐいぐいぐい。二人がかりでコップを口元に運んでいく。
「タルトさんのために調合された薬ですから」
「ご先祖様が守ってくれるよ」
「こういうときだけ……むぐぐっ……!」
抵抗あえなく、コップは口元まで運ばれてしまった。
本気で抵抗して薬をひっくり返し、ショコラを悲しませるほどのことはできない、タルトの優しさが出てしまったのである。
「う……ぐ……」
ゴクリ、と喉の奥に生ぬるい液体が流れ込んできた。
タルトには魔法の心得がないとはいえ、その薬が体内で何かの変化をもたらしたことがはっきりと感じられた。
「ど、どうなった? ツノとか生えてないか?」
不安げなタルトを、三人が見つめる。少なくとも、見た目には変化が感じられなかった。
「体がカタくなってるはず」
確信めいた口調でショコラが言う。しばし、沈黙の時間。
「えいっ」
と、クッキーが動いた。テーブルの上にあったフォークで、軽くタルトの腕をつついたのである。
「いっ! ……たくねえ!」
驚きはしたものの、フォークの痛みは感じられなかった。ただ、当たったことが感じられただけだ。
「おおっ!? すごいよショコラ!」
調子に乗って、クッキーはフォークで何度もつつく。腕に当たっているのに、カン、カン、というカタい音がする。
「ふ、ふ……成功……ね」
にやぁ、と笑ったショコラは……そのまま、机に突っ伏した。「くう」と小さく鳴いたかと思うと、動かなくなる。
「……寝てますね」
その顔を横から覗き込んで、仕方ない人だ、とばかりにプリンは肩をすくめた。
「まったく、自分の研究のことになると夢中になって……ん?」
ほのぼのオチで締めようとしたところで、タルトが違和感に声を漏らした。
「どしたの?」
一件落着したと思っていたクッキーが、不思議そうに首をかしげる。
「う、腕が動かねえ……体も……」
タルトは薬を飲んだ直後と同じポーズで固まって、体に力を込めてもぷるぷる震えるばかりだ。
「どうやら……体がカタくなっていますね」
関節もかたまって動かなくなっているらしい。
「おいショコラ、起きろ、はやくなんとか……」
「Zzz……」
タルトの体は1時間ほどで動くようになったし、その間ショコラは目を覚まさなかったそうです。
石化する魔法ってファンタジーによく出てきますが、ちょっぴりドキドキしませんか。




