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吸血鬼の恐怖

「……あっ、もうこんな時間だ」

「日が長い季節ですから、夕方になっても気づかないですね」

 クッキーのつぶやきにつられて、プリンが振り返る。

 『冒険者の店』の壁には、振り子時計がかけられている。その時刻は、すでに夕食時に近い頃だ。


「子どもは早く返さないと」

 タルトが口元をにやつかせている。その視線は、最年少の盗賊娘……クッキーへと向けられていた。

「あのね、ボクは冒険者だよ。もう『夜になると吸血鬼が来るぞ』なんて言われておびえる歳じゃないの」

 もうそのからかいには慣れた、と言わんばかりに余裕をもって、低めの鼻をフフンと鳴らすクッキー。


 だが、その言葉に神妙に反応する人が居た。

「吸血鬼が……いるの? この街に?」

 魔法使いのショコラだ。青い瞳をきりりと細めて、好奇心と不安が混ざったような表情を浮かべている。


「信じる人が出てきちゃったじゃないですか」

「ち、ちが……そんなつもりじゃ」

 ジト、とプリンに睨まれて、クッキーはぶんぶん首を振る。くせっ毛の茶髪がぱたぱた揺れた。


「いるの? いないの? どっち?」

「い、いないって。単なる脅し文句だよ」

 詰め寄るショコラ。

 クッキーはそこまで本気にされるようなことは言ってない、と身振りで示すが、そんな複雑な身振りを解釈できる人はいなかった。


「なんでそんなに気にするんだ? 怖いのか?」

「ち、違うわよ。私は魔法使いなんだから、生態や行動にも興味があるし。それに、吸血鬼の灰が錬金術の材料になるって話もあるわ」

 やや早口で答えるショコラ。頬につうっと汗が流れていた。


「でも、古い記録では、昔はいたそうですよ」

「それ、ほんとうか?」

 意外そうに瞬いて、プリンに聞き返すタルト。

 神官はゆっくりうなずいて、記憶をたどり始める。


「ずうっと昔ですけど、この『十字路の街』にはうら若い女性ばかりを狙う吸血鬼がいました」

「そんなベタな」

 と、クッキー。

「ベタでもなんでも、当時はとても恐れられたみたいです」

 プリンは痛ましそうに豊かな胸を抑え、祈るような表情で話しを続ける。


「人々が寝静まるころに夜闇にまぎれ、一人で歩く女性の背後にあらわれて……」

「ゴクリ……」

 クッキーの喉が鳴る。吸血鬼の姿を想像したのか、それとも昔から言い聞かされてきた恐怖がよみがえったのか。


「その吸血鬼はどうなったの?」

 身を乗り出してショコラが聞く。興味津々、という風な口調だが、怪談をさっさと終わらせたいのかもしれない。

「退治されたそうです。志ある冒険者が」

「どうやって?」

「吸血鬼の正体がさる屋敷に住む貴族だということを突き止めたんです」


「おっ、その屋敷に乗り込んで退治したわけだな?」

 手に汗握る戦いを期待して、今度はタルトが身を乗り出した。

「いえ、吸血鬼は昼には休んでいますから……」

「そのうちに忍び込んだ?」

 クッキーが聞くが、なおもプリンは首を横に振る。


「昼のうちに屋敷に火をつけて……」

「ええー」

「でも、吸血鬼はたいがい地下に隠れてるものでしょ?」

「はい、ですから、火をつけると同時に屋敷の周りに聖水を撒いて逃げ道をなくし、昼のうちに少しずつがれきを取り除いていったそうです」

 かの冒険者は町中の神殿に協力を要請したといわれている。それほど被害が大きくなっていたという証拠である。


「そして、弱った吸血鬼が地下室から這い出てきたところに、銀の盾を押し付けて倒したとか……」

「盛り上がりがないなあ」

 がっかりした様子のタルト。


「プリンはどこでそれを知ったの?」

「神殿に残されていた記録です。その冒険者は結局、聖水のための寄付金を払わずに行方をくらませたそうで、その恨みつらみが……」

「ろくな歴史じゃないね」

 吸血鬼を焼き討ちした街、では聞こえもよくない。子供を脅すときにしか使われなくなってしまったのだろう。


 一方、ショコラは安心したように息をついた。

「それじゃあ、吸血鬼は倒されてしまったのね。まだいるのなら、私が実験材料にしてあげようと思ったのに」

「強がるなよ」

「強がってなんかないんですけど! 吸血鬼ぐらい私の魔法でヨユーよ、ヨユー!」

「嘘をつくのはよくありませんよ」

 きっぱりあっさり、ショコラの言葉を切り捨てるプリン。さすがのショコラも、むぐう、と押し黙る。


「……と、とりあえず、ボクは暗くなる前に帰るね」

 時計の針はさっきよりもさらに進んでいる(当たり前だ)。

「ショコラもそうしたら?」

 軽く首をかしげて見せるクッキー。黒髪の魔法使いは数秒押し黙ってから、傍らの杖をつかんだ。


「そうね。別に、吸血鬼の話とは関係ないけど」

 そうして、クッキーよりも先に、すたすたと出口に向かっていく。その足元はちょっぴり震えていた。

 タルトとプリンは軽く顔を見合わせ、ともに肩をすくめたのだった。

悲惨な扱いをされていますが、作者は吸血鬼が大好きです。スイートメイツに扱える相手ではないので、こんな形の登場ということで……。

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