いきなりフードファイト!(後)
お食事中には読まないようにしてください。
「それでは、決勝戦です!」
ギルド会館の広場では、大食い大会の決勝戦が開かれようとしていた。
二つ並んだテーブルには、それぞれタルトと小人族のヒッパが座っている。
テーブルの上には、薄切りのバゲット・サンドイッチ。厚切りハムと野菜が一緒に挟まれている。
「う……」
さすがに、ここまで2食平らげているタルトはさらにこれから食べなければならないと思うと苦しげだ。
一方、ヒッパは余裕の笑みを浮かべている。
「さっさとギブアップしたほうがいいんじゃないかい?」
「だ、誰が。あたしが負けるわけねえだろ」
「決勝戦は、より多い本数のサンドイッチを食べた方が勝利です! なお、食べ残しがあったり、一度口に入れたものを吐き出した場合はギブアップとみなし、失格になります!」
「一発勝負ってわけだ。いいじゃないか」
不敵に笑うタルト。こうして、自分を鼓舞しているのだ。
「レディ……スタート!」
司会のかけ声とともに、タルトは一つ目のサンドイッチを引っ掴んだ。
「むぐっ!」
強引に口に押し込んで、何とか飲み込んでいく。すでにきつい胃へと流し込むような食べ方だ。
(く、苦しいのは相手も同じ。我慢強さであたしが負けるわけねえ……!)
2本、3本。できるだけ噛まずに喉へ押し込むのがコツだ。噛むと苦しくなる。顎が疲れて食欲がなくなる。タルトはこれまでの経験から、戦い方を学んでいた。
「おおっと、ヒッパ選手はすでに5本めだー! 驚異のペース! あの小さな体のどこに入っていくのかー!?」
「なにっ!?」
タルトはようやく4本めに手を付けたところだ。目を丸くしながら横を見ると、ヒッパは小さな口で軽々とサンドイッチにかぶりついている。しかも、もう一方の手にももう一本構えている!
「はぐっ。……ずいぶん苦しそうだね。素直に負けを認めたら?」
「誰が負けるか! んぐっ……!」
挑発にきわめて乗せられやすいタルトは、その言葉で火がついたようにペースを上げた。
5本。6本。7本。プリンの魔法が効いているのか、いつもならすでに音を上げている量を詰め込んでいく。
(そうだ、あたしは負けられねえ……!)
ぎゅうぎゅうに圧縮したサンドイッチを、喉の力で強引に胃に落としていく。
(応援してくれる仲間が……)
観客席に目を向ける。自分の勝利を信じてくれている仲間たちがそこに……
(居ねえ!)
いなかった。
左から右までなんども確かめたがいなかった。
魔法使い然としたショコラの格好では、下町では目立つ。でもいなかった。
プリンのよく手入れされた金髪を見逃すはずがない。でもいなかった。
クッキーは小柄だから見つからなくてもしかたない。でもこの状況で身を隠さなくたっていいだろう。
(ま、まさかあいつら、あたしに見切りをつけて……!?)
「口が止まってるよ。もうあきらめがついたかい?」
ヒッパの食べたサンドイッチはすでに10本を超えている。タルトとの差は開く一方だ。
「くっ……!」
「タルト選手、手が止まっています! ギブアップですか!?」
「う、く……ぎ、ぎぶ……」
仲間の応援を失って、タルトの心が折れかけた時……
「ちょっと待ったー!」
叫び。
クッキーの声だ。
ざわつく観客の中をかきわけて、盗賊娘が進みだしてくる。
「ほら、キリキリ歩きなさい」
その後ろにはショコラ。さらにその後ろには……
「あ、あれは!?」
観客が大きくどよめいた。ショコラとプリンの間には、茶髪の小人族が二人、並んでいた。
どちらも、同じ服、同じ髪型……檀上のヒッパと同じ姿だ。
「こ、これは! ヒッパ選手が3人……!?」
「そう! あやしいと思って、2回戦のあと尾行してみたんだ。そしたら、近くの小屋の中にこいつらが隠れてたんだ」
「クッキーさんは尾行に気づかれて捕まってたんですけど」
「満腹の小人族ふたりに負ける?」
「ここはカッコよく告発するところだから!」
いつもの調子で騒ぐ3人。きょとんとするタルトと……その隣で、ヒッパは思い切り動揺していた。
「フッパ、ミッパ! 油断したな!」
「まさか仲間が来るとは思わなくてー」
「ごめんよ、姉ちゃん!」
ざわつく観客たちはさらにざわついて、檀上のヒッパ(?)と同じ姿のふたりを見比べていた。
「つまり、どういうことだ?」
ようやくタルトは自分を取り戻した(でも事情は呑み込めてなかった)
「見ての通りだよ。こいつら、一回戦ごとに入れ替わってたんだ。自分たちが三つ子であることを利用してね!」
「くそー、人間には見分けがつかないから大丈夫って姉貴が言ったのに」
「あんたたちが間抜けだからだろ!」
「つまり……ヒッパはルール違反で失格ってことか?」
「その通り! タルトの勝ちだよ!」
道理で、まるで何も食べていないかのようなペースで食べられたわけだ。実際に、今ステージの上にいるヒッパは一回戦や二回戦の間、小屋の中に隠れていたのである。
「ち、ちくしょー! フッパ、ミッパ! 逃げるよ!」
これ以上ここにいるとまずい、と考えたのだろう。ヒッパは風のように駆け出していく。
「ああ、待って姉ちゃん!」
「姉貴、置いてかないで!」
「あっこら、逃げるなー!」
一同は捕まえようとするが、すばしっこい小人族はまだ事態を飲み込み切れていない観客の股の下をくぐって、あっという間に姿を消してしまった。
「ヒッパ選手が失格ということは……」
全員の視線が、ステージに残されたタルトに注がれる。もはや、おかしな格好には誰もツッコんでいる場合ではなかった。
「よく頑張りましたね、タルトさん」
「やるじゃない。見直したわよ」
意外な真実と、美しい友情。観客たちの間から、大きな拍手が起こった。
「あ、ありがとな、みんな……」
その時だ。
プリンの魔法の効力が伐れたらしい。猛烈な苦しさがおなかから沸き起こる。
「うぷ……!」
タルトは反射的に口を抑えた。
『一度口に入れたものを吐き出した場合はギブアップとみなし、失格になります!』
頭の中に声が響いた。あまりの苦しさに、意識が遠のき始めている。
「決勝に残ったのはタルト選手だけ、ということで……」
こんな時にかぎって、はきはきとしていた司会がタメを作っている。
(あ、あと数秒持ちこたえれば、優勝……)
「南方から来た戦士! 勇気ある服装の……」
(いま異名とかいいから!)
わくわくした表情のクッキーと目があった。クッキーは心から喜んでくれているらしく、はじけるような笑顔を向けてくれた。危険を冒して忍び込んでくれた彼女のためにも……
(あっ、無理だ)
タルトは失格した。
詳しい描写は、ここでは省略する。
翌々朝。
「惜しかったね」
ほとんど身動きが取れなくなっていたタルトがなんとか置きだしていつもの店にたってくると、クッキーがそう声をかけた。
「お、怒ってないのか?」
決勝進出者が二人とも失格になったことで、優勝者はナシとなっていた。
もう少しで手に入った旅行券が、泡と消えたのである。
「ルールはルールだもの、仕方ないわ」
「タルトさんの努力は、よくわかっています」
ふたりがかける声もやさしい。
あまりに悲惨なことになってしまったので、タルトに同情しているのだ。
「あ、ありがとな。あたしのために……」
タイミングを逃して言えなかった感謝の言葉を口にする。
三人はそれを心よく受け止めてから……
「……でも、片づけを手伝った件に関してはチャラにはなってないから」
「今日はタルトの奢りね」
「禊だと思ってください」
「はい……」
こうして、タルトはしばらく肩身の狭い思いをしたのだった。
「スタンド・バイ・ミー」という映画にオマージュを捧げています。




