いきなりフードファイト!(前)
「優勝すれば、旅行券だぜ」
ただでさえ分厚い胸を張って、タルトがチラシを取り出した。
「闘技場のトーナメントに参加するのですか?」
さすがのプリンも、興味を引かれたらしい。
この『十字路の街』には集客のための闘技場がある。遊興目的の拳闘から、モンスターとの命がけの戦いまで、観客を喜ばせるために腕利きの戦士たちが集まるのである。
……が、タルトの話は闘技場とは何の関係もなかった。
「そんな危ないことして、冒険に行けなくなったらどうするんだよ。これだよ、これ」
冒険も十分に危ないのだが、それはいったんおいておく。
一同が覗きこんだチラシには……
「大食い大会?」
「今年は豊作だったみたいだからな。農業ギルドがアピールも兼ねて主催するらしい」
「それに、タルトが出るつもりなの?」
「そう! これでも、食いっぷりには自信があるんだ。前日は飯を抜いて全力で挑むぜ」
何が『これでも』なのかはよくわからないが、タルトの食が太いのは確かだ。テーブルの上のスイーツも、だいたいは彼女が一番多く食べている。
「それじゃ、がんばってね」
「つれないこと言うなよ、ショコラ。旅行券が当たったら、一緒に旅行に行けるんだぜ。船でも温泉でもさ」
「まあ、素敵です。それなら、ぜひ応援に行かないと♪」
ゲンキンにも手をたたいて、協力を取り付けるプリン。さっそく、旅行券の恩恵に授かるつもりだ。
……ちなみに、商品券や金券は流通が盛んで経済が安定していれば、貨幣の代替物として成立しうる。だから、ギルドが登場するほど安定した都市部が舞台のファンタジーに旅行券が出てきても不思議ではない!(たぶん)
「そういうことなら、私も応援くらい、しないでもないけど」
「場所は、農業ギルド会館?」
ショコラやクッキーも乗り気のようだ。
「見てろよ。ぜったいに勝って、みんなにいい思いをさせてやるからな!」
気合を入れるタルト。この女戦士が気合十分のときは、だいたいあまりよくないことが起きるものである。
当日。
ギルド会館前の広場は旗や幕で飾られて、それなりの盛り上がりを見せていた。
さすがに剣闘士が戦うコロシアムほどとはいかないが、にぎわい方はちょっとした祭りのようだ。
「大会は全3回戦。1回戦は集団での早食い対決。2回戦からは1対1で食べる量を競ってもらいます」
司会の宣言に、観客からは「おー」と声が上がった。
「意外と、賑やかだね」
周りを見回し、クッキーが感心したように言う。
「みんなヒマなのね」
「ちょっとした息抜きですよ」
「それでは、選手入場!」
司会の声に合わせて、檀上にぞくぞくと選手たちがやってくる。大柄な農夫、屈強な傭兵、美食家の職人……女性は二人だけだ。
「いえーい! あたしを応援してくれよー!」
いろいろな意味で目立つタルトは、両腕を広げてアピールしている。
「タルトさんは勝てそうでしょうか?」
「うーん……厳しいんじゃないかな」
こういう大会には、盗賊ギルドが賭けの対象にするのがだいたいの相場だ。クッキーも構成員から賭けの倍率を聞いたが、残念ながらタルトの倍率は下から数えたほうが早そうだった。
「それより、あれは?」
と、ショコラがゆびさしたのは、檀上でひときわ小柄な女性だ。身長120センチほど、派手な茶髪を編み込んだ髪。
「小人族だ」
「あの体格で大食い?」
「賑やかな種族ですから、花を添えているのでは?」
「タルトだけじゃね……」
一同が納得している間に、檀上では着々と準備が進められている。
さっそく運ばれてきたのは、一抱えもありそうな大皿に盛られたパスタだ。
「準決勝に進む6名を選抜する、パスタ早食い対決! 最初に食べきった6名が準決勝へ進みます!」
ステージ上から香ってくるオリーブオイルの香りが、観客が集まっている方まで漂ってくる。
「う……ボク、あんなの食べたら1日もう何にも要らないよ」
「わたくしは食べきれる自信がありません」
「私なら一口でいいわ」
ショコラの顔はうっすら青くなるほどだ。だが、タルトはむしろ嬉しそうに腕まくりをしている(まくる袖はないが)。
「これぐらい、ヨユーだぜ」
「お嬢ちゃん、ずいぶん自信ありそうだな」
傍らの、いかにも恰幅のいい職人が話しかけてくる。見くびっているのだろう。
「まぁーな。覚悟しといた方がいいぞ」
「ははっ、言ってくれるわ」
「それでは……スタート!」
司会の掛け声とともに、選手たちが猛烈な勢いでパスタを口にかきこんでいく。
「これはスピード勝負ですから、いかに早く食べきることができるかが課題ですね、解説のショコラさん」
「誰が解説よ。でも、まだ一回戦よ。あと2回戦い抜くために余力を残しておくのも重要だわ」
「意外とノリノリだね、ショコラ」
……などと言っているうちに、大食い自慢たちはとてつもないスピードで皿を軽くしていく。
そして最初に手を挙げたのは……
「んんっ! 食べきった!」
身長120センチの小人族だ。べっ、と舌を出して口の中も空になったことをアピールしている。
「なんと! 1着はリトルフィートのヒッパ選手だ!」
「あ、あたしだって!」
「2着は冒険者のタルト選手! これは番狂わせかー!?」
赤毛にソースを飛ばしながら平らげたタルトは、小人族……ヒッパと比べると、急いで食べ過ぎたせいか苦しそうだ。
続けて、4人の男たちがそれぞれ手を上げる。決着はついたようだ。
「勝ちあがった6名の選手に拍手を! 残念ながら勝ち残れなかったみなさんは、参加賞の挽いてない麦でも持ち帰ってください」
麻袋を持ち帰っていく男らを尻目に、檀上では小人族、ヒッパがタルトの腿を小突いた。
「なかなかやるね。でも……うぷ、あたいには勝てないよ」
「はん。もう苦しそうじゃないか。賞品はあたしがもらったよ」
クッキーよりも小さな相手と話すのは久しぶりだから、少し距離感を測り損ねているタルトに、ヒッパはにやりと笑って見せた。
「あたいには秘策があるからね」
果たして、タルトは大食い大会に優勝し、旅行券を手に入れることができるのか!
つづく!




