真冬の必然2
「がはははははっ!!」
「痛てっ、ちょ、浜田さん痛いっ・・・」
週末の飲み屋。
乾杯を始めてから既に2時間が経過していた。
やはり、開口一番聞かれたのは今週の始めに痴漢被害に遭った少女更科ユキの事についてだった。
最初から浴びるようにビールを飲んでいた浜田さんを、始めこそなんと交わしていたものの隣の席に座らされれば最早逃げ場がない。
ネチネチと聞かれ自身もいつもよりハイペースで酒を煽っていた為か、いつの間にかあの日にあった事を洗いざらい暴露していた。
「米村ぁ!そりゃあ、あかんわ!初対面の女の子口説いた挙句名刺の渡し逃げはあかん!」
「はぁ、ですから浜田さんさっきから言っているように口説いたんじゃ無く、色々お節介をしてしまっただけで・・・」
「ダメダメ!女の子は真綿でくるむように扱わな!家の嫁さんももういい年なのにまたにデート連れてけって煩いくらいやしな!!」
いつも以上に絡みの強い上司に話し始めて5分、米村は既に頭が痛くなって来た。
「んで、その後その子とはどないなってん?謝りにでも行ったか?」
「だから!一警察官の自分がそんな初対面、しかも痴漢の被害者の女の子に対して何かあったらダメでしょうが!」
「なぁに硬いこと言ってんよ!警察官言うたて所詮は人間なんやから恋愛は自由なんねんぞ?男なら攻めな!」
「ですから!そもそも自分が好きかどうかも分からない相手に何もしょうがないでしょう!!」
浜田さんのノリにつられて米村の語気もだんだんとヒートアップしていく。
シラフであれば浜田のこういうノリにも長年の慣れと持ち前の冷静さでさらりとかわせるのだが、酒が入るとそうもいかないらしい。
そんな米村の様子に一緒に来ていた同僚達も驚きつつ、興味津々と言ったように耳を傾けていた。
もともと酒にあまり強くない米村は、昇進祝いで泥酔させられて以来こういった場に行くこと自体避けていた。
行ったとしても後々キツい日本酒などはさけ、焼酎などの蒸留酒をちびちび口にする程度に抑えていた。
そんな彼にしてみれば、今日は既にビール中ジョッキ3杯分は呑んでいる時点でハイペースと言わざるを得ない。
「相手の方から何かねえんか?」
「ある訳ないでしょう!話したのだって世間話程度だし、特に仲良くなった訳でもないのに、こんな怪しい奴に連絡なんか来るわけないじゃないですか!」
「やんなぁ!確かにその様子じゃあ無理そうだな!現時点じゃあ、お前ただのヘタレお巡りやし!がははははは!!」
このおっさん煽るのか落とすのかどっちかにしろよ!
空回っている自分を見て心底面白そうにする浜田さんへのイラつきと、何も言い返せない悔しさもあいまって米村は更に酒を煽る。
横にいる同僚が「もう止めとけ」と声を掛けるものの、米村にしてみれば「飲まなきゃやってられん!」と半ば自棄になるしかなかった。
浜田は米村で散々遊んだ後、満足したのかターゲットを変え既に違う席へと奇襲を掛けに行っていた。
一人残された米村は食台にうつ伏せになり自らの格好の悪さを痛感していた。
今日の自分はどこまでもらしくない。
こんなにも醜態を晒した挙句、たかが一時の感情の昂りに翻弄されて己を見失うなど・・・
「中坊の餓鬼じゃあるまいし・・・」
もの凄く惨めだ。
だが、何故こんならしくない姿を晒しているのかと言われれば、そんなもの思い当たる節は一つしかなかった。
あの時から頭の中をちらつくあの少女の存在。
それが同情なのか恋情なのかすら、この曖昧な感情では分からなかった。
だが、自分のタイプの容姿であった事については否定のしようがない。
少しタレ目の大きな瞳や肩の細い華奢な体付きもモロ米村好みであった。
それにあの少しオドオドした様ないじらしい態度もツボだった。
学生時代にも何人かと付き合って来たが、気の強い相手だと案外S気の強い米村は馬が合わず結局長くは続かなかった。
更に警察学校の同期の女性陣は皆一様にして気が強く、学生時代の経験から男女の関係になる事は無かった。
卒業してからも特にパッとした話は無かった。
何度か合コンに誘われて行ってみたりもしたが、告白されてもピンとくる相手がいなかったため断っていた。
女の子が気になること自体久しぶり過ぎて、戸惑いと動揺を隠せない。
にしても、
「17か・・・」
26の自分とは9歳もの差があり、米村が高校生の時彼女は小学生だったという計算になる。
そこまで考えた時米村は自分の性癖に絶望しかけた。
まさかロリコンの気質があったとは・・・
「小学生は流石に犯罪だろうが・・・」
それは歳の差のことを言っているのであって、決して彼女が今現在小学生である訳では無いのだが、酔いの回った彼にそれを言ったところで無意味だろう。
13歳未満ではない為、交際する事自体が犯罪になることは無い。
だが、9歳の壁は結構大きなもので嫌でも理性が働いた。
「こんな事考えてる時点でもう色々手遅れだな・・・」
自覚しつつある恋心を酒と一緒に飲み込み、米村は何だかやるせない気持ちを抱えたまま耐えきれない眠気に目を閉じた。