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墨染の君影草  作者: 庭庭
9/9

輝血色の花の便り

机の上にはお気に入りのマグカップが3つ綺麗に並べられていた。味だけじゃない、見た目にもこだわりたいカフェイン中毒者は茶渋なんか許さない。常に綺麗なコップには、綺麗な唐草の模様がついているものが2つ、大きな赤い花の模様が一つ付いてるものが1つある。花の模様のが私のコップだ。

「相変わらず早いわね、早めに準備してて良かったわ。」

「君も相変わらずだ。時々君の職業がなんだったか忘れてしまうよ。」

仲がいい2人は、久々の再会を堪能する。話を聞く限りでは幼馴染に近い存在らしくて、そんな関係が少し羨ましくも見えてしまう。私にも、幼馴染が欲しかったなあ。

ちょっとだけ思い出すものがあってメランコリーな気持ちになりながら、いつもの通り部屋の戸棚から...本当にギンは医者なのだろうか、実は医者が副業なんじゃないかと思うほどコーヒー豆を始め、お菓子やらいろんなものが詰め込まれている戸棚から、クッキーの入った缶を取り出した。あ、入れ物が随分綺麗に舗装されてるから今日のは少しいいクッキーだ。やっぱりギンもサヤさんが来るのを楽しみにしてたんじゃない。


さて、ソファに座って、サヤさんは懐から一通の手紙を出した。赤い色...いや、濃い橙かな?少し物哀しさを覚える、ノスタルジックな色の封筒には宛先すら書かれていない。持ってくるときについたのか、それとも元々なのか、少しクシャとなっていて封筒にはシワが入っていた。なんだか初夏の花みたい。

「さて、来て早々と思うかもしれないが、さっそくヤナが連れ帰った子の話をしよう。外から一通の手紙が来てね。これだ。」

手渡されたその輝血色の封筒を開けると2枚折にされた手紙が3枚入っていた。そっと破いたりしないように大事に開けると、ほのかにただよう寂しい香りと共に綺麗な文字が見える。私は誰に何も言われずとも無意識に便箋に目を通し始める。


...........

........

...


『とある人の意思を尊重して、El-915について、私の知ってる限りを綴る。

私はエリクサーを作り出すためのプロジェクトに参加していた。El-915は生後間もないと思われる頃から施術を施し、15年かけてエリクサーを作り出せる可能性がある唯一の生き物として作り上げたプロジェクトの最重要被験体だった。

その際のストレスでEl-915の体毛の色素はなくなり、12歳になる頃には元の黒髪は見る影もなく完全な白髪になっていた。おそらく二度と戻ることはないだろう。

El-915の人生を始め、多くの犠牲の結果としてエリクサーはできたが、2年前に外部から襲撃を受けたその際にEl-915にはエリクサーが投与されたようだ。今もEl-915が生きているのが何よりの証拠だ。しかし詳細は当時その場にいなかった私にはよく分からない。その後El-915は別のグループに奪われ、2年の歳月の間にEl-915で何をしていたかも分からない。』


そして最後にこう締めくくられてあった。


『El-915には、"私たちのような"生き物にとっては喉から手が出るほど欲しい存在であることに間違いない。だからお願いだ、彼女をどうか守ってほしい。』


こんな風に身勝手でわがままな手紙は、無記名で終わっていた。...なにが守って欲しいだ。私はなんとも言えない揺らぎを覚える。

読み終わった感想としてはなんだか現実味がなくて、なにかファンタジーものの小説を読み終えたような、そんなフワフワした心地がすることかな。あまり穏やかになれないモヤモヤした心地ともいうかもしれない。


でもなるほど、何も知らなかったオルのことが少し分かった。少し、いやかなり特異な子だということ。だけど多分、この手紙の中で一番大事なことが私にはわからない。

「このエリクサーってなんですか?何度か手紙に出てくるけれど、なんのことか分からなくて。」

私の隣にいるギンもエリクサーは分からないらしくて分かりやすく肩を軽くあげた。一方で、座ったまま腕を組み、深刻そうな顔をしているサヤさんは猫みたいに視線を、まばたきもせず一点をただ見つめている。

「...サヤさん?」

その後少しの沈黙と躊躇をみせて、サヤさんはのっそりと身を前に乗り出してなんとなく重そうな口を開いた。言わなきゃならないことだけど言いたくなさそうな。奥歯にものが挟まったというか、そんなふう。

「...エリクサーはね。不老不死の秘薬、とでも言おうか。 まああまり良いものではないよ。」

「不老不死って...あの死なないし年もとらないっていうあれですか?」

「そう。君は...ヤナは不老不死になりたいかい?」

一度は誰しも夢見るだろう不老不死。永遠に生き続けられるなんて夢のまた夢だろうし、もしなれるならなりたいとは思う。

だけどそんなおいしい話は安易に考えてはいけない。永遠に生き続ける、それがどれほど苦痛なことか一度足を止めると分かることだろう。

「なりたいっては少し思うけど、だって死ぬって怖いし...でも実際にはなりたくないです。」

もしも不老不死になったら。変わりゆく周りに置いてけぼり、それは嫌だなあ。孤独に耐えられる自信がこれっぽちもない。

「多分、普通の人はそう思うだろうね。きっとヤナは友達もみんながいなくなった世界を考えたんだろう。独りが嫌って思ったんだろう?

だけど世の中には孤独に慣れすぎた人がいてね。」

哀愁漂う表情で、深く大きいため息をサヤさんはつく。孤独に慣れすぎた人?ああ、きっと狂科学者たちのことだろう。

...彼らはどうしてそんなに寂しいものなってしまったんだろう。何がそうさせているのかは私にはまるで分からないし、多分これから先もずっと分からないままだと思う。そういう意味でも、誰にも理解されない彼らは寂しい生き物という言葉がよく似合う。


気づけば冷めてしまった甘いコーヒーを飲んで、ギンが今日の日のために準備したクッキーをかじる。それから一度肺の中の淀んだ空気を全部吐き出した。ただそれだけなのに体はなんだか軽くなったような気がした。

「思ったより厄介な事案かもしれないね。ところでそのオルトロスは今どうしているんだい?」

「多分寝てるんじゃないかしら。時々様子を見に行ってもずっと眠ってて、目を覚ましてる時間はほとんど無いわ。」

ギンの言葉を聞いて反射的に私は時計に目をやる。お昼の少し前のこの時間は多分まだ寝てる頃かな。やっぱり眠りすぎじゃないかなとは思うけど、その眠りが今最もオルを救ってるんだろう。

「そうかい。どんな子か見てみたいんだけど、彼女に会ってもいいかな?」

尋ねるサヤさんに対し、ううん、どうかしら。と腕を組んで、ギンは小さく声を漏らした。

「体自体は傷も何も無いけど...だけどまだ少し混乱してるみたいなの。だからあまり刺激しないようにね。」

「そうかい。分かった。」

最後のひとかけらのクッキーを食べて、サヤさんはゆっくり頷いた。

その一方で、サヤさんはオルを見て、何を思うんだろう。私のように、かわいそうとかそんな事を思うのだろうかと、私はそんな少し幼稚じみたような事を考えていた。

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