カフェイン中毒
「おはよ〜...」
大きなあくびまじりに一言。寝癖で爆発した頭を、ギンに指をさされながら笑われた。
「昨日のこと覚えてる?」
「んー...」
食堂にて、優雅に朝のコーヒーを飲むギンと朝ごはんを食べながら昨日の夜を思い出す。たしかオルと...ああ、一緒に寝ちゃってたらしい。
「覚えてる...」
「あんたねえ、私があの後部屋に行かなきゃ、ずっとあのまま寝てたの?」
クスクスと、まだまだ笑い止まないギンは今日一番のハイライトね、なんて言って嬉しそうにからかう。
「それで、今日は来るんでしょう?サヤが。」
「うん、だから準備しなきゃ。」
「サヤが来るくらいだからよっぽどなんでしょうね、一体あの子は何者なのかしら。とりあえずヤナ、一番初めに寝癖をどうにかしなさい。」
もともと癖っ毛なのにあちこち収集つかなくなっているこの頭は、羊みたいって言えばよくわかるかもしれない。とりあえずシャワーでも浴びて、スッキリしよう。今日の朝ごはんは、私の好物のコーンフレーク。あのザクザクした感じが好きで、今日はおかわりをした。
今日サヤさんが来るのはお昼過ぎ。まだ時間はあるし、ちょっとゆっくりできるかなー、なんて思いながらシャワーを浴びた。朝に浴びるシャワーは少し冷たい方が目がさめるし、もともと暑いのが好きじゃない私は冷水をかぶって、体をひんやりさせていた。...そういえばオルはどうしてあんなに体温が低いのかな、そんな疑問も少し感じてみたり。
よくよく考えたら、ギンの言う通りあの子は確かに疑問だらけだ。それが今日、何かわかるのかな...
「だーれだっ、」
「わぁっ!?」
考え事をしながら歩いていると、聞き覚えのある声の主が私の目を手で隠した。意識がここに向いてない分、一層変な声が出てしまって恥ずかしさと混乱が私を乱す。今日はお昼過ぎに来るって言ってたはずなのに。
「びっくりした?久々だね、元気してた?」
「もう、毎度毎度普通に来れないんですかっ。あと今日は午後に来るんじゃなかったんですか?」
「まあね、ヤナのその反応が見たくて今日も早く来ちゃったよ。相変わらず面白いね、いい悲鳴だったよ。ふふっ」
サヤさんはこんな人。偉い人とは言って見たものの、なんというか少年のようなあどけない精神を持ち続けた大人というか。私の恩師で憧れてる人。
「まあ本当のことを言うと、早めに伝えたいことがあってさ。例のあの子のこと、知ってる人は今どれくらいいる?」
「えっと...」
存在を知ってるのは、私を含めてギンとショウと...それからフウの4人。
「4人です。でも直接話をしたのは私とギンだけで、あとの2人は一緒にあの子を連れ帰ってきただけで、直接会ったことはないです。」
「うん、分かった。じゃあまずはギンと君に話をしよう。どうせギンはまたコーヒーに精を出してる頃だろうしね、ついでに美味しいコーヒーをもらおうか。」
サヤさんにまで言われてる...でもギンは喫茶店でも開けるんじゃないかってくらいにはコーヒーに命かけてるし、実際美味しい。用がないけどいろんな人がギンの部屋にお邪魔する理由第一位が、タダで極上のコーヒーを飲めるから、らしい。(月間私調べ)
「さっきあの子と話をしたのは君とギンだけって言ってたね。どんな話をしたんだい?」
部屋に向かう途中の廊下にて。どんな話を...名前を聞いたり、そういえばそれくらいしかしてないな。
「何を聞いても分からないの一点張りなんです。でも名前、と言っていいのかわからないけど、名前はききだせましたよ。」
「ふうん?なんて名前なんだい?」
「オルトロス、って言ってました。」
瞬間、サヤさんの足が止まる。やっぱりギンが言っていたように、オルトロスというバケモノの名前の露骨な違和感を覚えてるんだろう。だけど切り替えが早いのがサヤさんで、またすぐに歩き始める。
「なるほど、ね。あとは何か分かったかい?」
「うーん、すごく臆病というか、一応私が触るのは大丈夫なんですけど、ギンが近寄るとすっごく警戒し始めるんですよ。」
昨晩、様子を見に来たギンに起こされた時、オルは異様にギンを嫌がって私に隠れたのを覚えている。そしてやっぱり、動物のように唸っていて近づけさせようとしなかったっけ。
「ふんふん。まあ、仕方のないことというか、そんな感じだね。
さあ、続きはギンと一緒に話そう。」
気づけばもうギンの部屋の前にいて、廊下でサヤさんと二人で居られる時間が終わると思うと少し寂しい気もした。だけど前にも言ったけど私事じゃなくてこれは仕事。わがままは言ってられない。
軽いノックを叩き、コーヒー色のした扉を開けて、ほろ苦くて穏やかな香りの中へと私たちは足を踏み入れた。