地続き
特にやることもなくて、一人でいるのも嫌だしギンの部屋にお邪魔していた。仕事部屋の空気...ピリッとしてるはずなのだけど、ギンはコーヒーが好きだからふんわり苦くていい匂いがする。この部屋は居心地がいい。私達がこうして少しブレイクしている間も、あの子は眠ってしまって再び閉じた目を開けてくれなかった。
いろんなことがいきなり、ドッと一斉にあったせいで頭がだいぶ混乱してるみたい。隣でまたコーヒーを飲んでいる専門の先生がそう言ってるなら、きっとそうなんだろう。きっと容量というか頭のキャパシティがパンクしちゃって、それとやっぱり今までの疲労とかもあったんだと思うけれど、少し眠りすぎじゃない?そう思うのは私だけかな。
オルトロス、部屋を出た後でギンが言ってたけれど、どうやらそれはとある伝説に出てくる化け犬の名前らしい。そんな物騒な名前があの子の本当の名前じゃないことは明確だ。それに加えて家族を始め、本当に何もわからない様子を考えると...
「あの子もしかして、生まれて間もない頃から外と隔離されてたのかしら。」
ギンがそんな仮説をたてた。まだそうと決まったわけじゃないからね、これはあくまでも仮説。でも本当のような気がしてならない。...それじゃあ生まれてから今まで、ずっと気を休められるわけでもなく、張り詰めて張り詰めて、息を止め続けるように彼女の心は苦しかっただろうな。正直想像したくないと思うほどに私の胸が痛んだ。
さて、そんな何もわからない本人の情報が今日、外部からやっと手に入ったと本拠地から連絡が来た。それでその話をしにどうやらこのシャルマの一番偉い人、私の恩師のサヤさんが明日直々にここにくるという。久しぶりに会えるのは嬉しいけれど、私事じゃないんだしそんなにはしゃいでられない。だけど嬉しいものはやっぱり嬉しいよね...心が真夏の海のような波模様をうっすら浮かべていた。
その反対にギンは曇った顔をしていて、ずっと机に向かって座ったまま、時折唸って見せては首をひねった。一体何か不安でもあるのかな。何杯目か数えてないコップが机に置かれる。
「どうしたの?」
「うん?いやあ、そんな大したことじゃないんだけど、少し気になることがあってね。」
そう言いながら小さな試験管を一本、私に見せてくれた。
ゆらゆら揺らすと少し遅れて一緒に揺れる、よく見かけるけど本当は見えないのが普通のこの液体...真っ赤という言葉がよく似合うこの液体が、一体どうしたのだろう?裏側に隠れて見えないラベルに書かれた文字を見ても、ギンが覚えた違和感について私は気付けなかった。
「誰の血?」
「あの子のものよ。ここに来た日に取ったものなのだけど、4日経つ今日になっても固まるどころか、何一つ全てが変わらないのよ。」
何も変わらない?それの何がおかしいのかな。少し考えてみて、ちょっと昔の記憶を探る。
血は確か、時間が経つと固まるはず。なのにオルの血はとてもじゃないけど固形になりかけてすらいない。
もしかしてこれがギンのいう違和感かな?
「なんていうか、不謹慎かもしれないけど綺麗な色だね。」
「そうね、調べても本当に凝固すらしないし、劣化とかそういうのもなんkも見当たらないの。不思議よね...」
うーん、うーんと首をひねって、ギンは空になったマグカップを口元へ持っていく。そして中に何もないことに気づいて、残念そうな苦笑いをして試験官を戻し、またコーヒーを入れなおそうとポットにお湯を入れに部屋を出て行った。
まだおやつの時間まで1時間ほどある穏やかな午後、でも少し不穏な午後。暖かい陽気と落ち着く部屋の匂いに、私はのんびりとくつろいでいた。




