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墨染の君影草  作者: 庭庭
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近況報告

最近物騒なことがすごく多くて、現在この世では泥棒から人さらいまでたくさん事件が起こる。特に厄介なのは人さらい。その名の通り人をさらっては物のように売りさばいて儲けてるんだけれど、買い手が非常に厄介なんだ。

「ヤナはさ、科学の進歩に犠牲は付き物だと思う?」

医者であり私の友達のギンが、新聞紙を握りながらコーヒーを飲んだ。

犠牲...犠牲はあってはいけない。そう思うのが普通なんだろうけど、進歩には失敗もとい犠牲が必要なのが現実。失敗は成功のもととか言うしね。

「グレーなところかな。」

正直無くなって欲しいけど無ければ今はない。そう考えると当たり障りのないような返事しかできなかった。


まあ、この会話から分かるかもしれないけど、買い手は物好きなお金持ちだけならまだしも、"科学の進歩に貢献しようとする研究者"が年々増加してきている。しかもみんな、コソコソと見つからないように姿を隠してしまってる研究者ね。

さて、なぜ研究者が人を買っているのか。それはネズミなんかよりも人を使ったほうが遥かに仕事が早いから。

新薬だとかをはじめとして、怪しいものをラットを使って調べるよりも人を使ったほうが、感想も聞けるし便利ってとこかな。だけど人道的に反するから人を実験に使わない、それは暗黙のルールになっていたはずなのに。"人さらい""人身売買"。この二つが生まれてしまって、金に目の眩んだ輩のせいで、人間としての倫理が歪み始めてしまった。


まあこんな風に新薬開発云々とかならまだしも、やっぱりその中には死者も出るわけで...悪者の手に渡ってしまった人たちは、残念ながらほとんど生きているという望みは無い。

だけど今回私は、その0に近い希望の中から一人の少女を救うことに成功した。いろいろあったけどなんとか連れて帰ってきたその子は少し違和感のある少女で、なのにその違和感がなんなのか分からないんだよね。


「ねえ、もう一度その子のいた場所の特徴を言ってくれる?」

「うん。施設の中はまあ綺麗ではあったよ。無機質に真っ白だったけど。

それで、いろんな部屋があったけれどこの子が一番奥の部屋にいただけで、後は何もなかったよ。」

今も鮮明に覚えてる。この子は一人ぼっちで寂しい部屋にて、仰向けに縛られて固く目を閉ざしていた。こんなまだ10歳くらいの小さな女の子相手に、あいつらは一体何を警戒してたのか分からないほど厳重に縛られて...そして少女は自分の白い肌、白い髪を自身の血で汚していた。

「やっぱりおかしい。本当にその子以外いなかったのね?」

「うん。この子以外いる様子もなかったよ。」

そう、この子だけ。本来ならもっと何人かいるはずなんだけど、不思議なほど誰もいなかった。

だけど今現在、そこに何があって何をしていたか知る由がない。なぜなら相手は全員もれなく逃げていったからだ。


ところでさっきからこの子その子と言ってる子だけど、少女は救出した日から3日が経つ今もまだずっと眠り続けている。

ちなみに現在、研究所絡みの問題だから普通の病院ではこの子を取り返しに来た奴らが来るかもしれない。そういう理由で、田舎のとある施設に少女も私も身を置いていた。田舎てだけあって空気は澄んでいて、静かだし心地がいい。

その中で少女の様子を見に時々部屋に顔を出すのだけれど、いつ見ても死んでしまってるんじゃないかって心配になる程静かに眠っているだけだった。

...うん、この子の中で、やっぱり一番に特徴的なのは髪と肌が真っ白で、部屋の明かりを受けて淡く光を反射していることかな。顔に血の気はなく、青白いというか本当に白い。

「ところでヤナ、肩の傷はまだ痛む?」

ギンが私の肩を指差す。確か、この子を抱えて走ってる最中に受けた傷なんだけれど、なぜどうして怪我をしたのかがまるで分からない。不思議な怪我で、しかも診断結果が"獣の咬み傷"。あの場に獣なんていなかったのに、きっとカマイタチとかそういうのだろう。私はそうやって無理やりに合理化させて、勝手に一人で納得していた。

「少しだけね。力入れると痛いけど、全然ヘーキ。」

「ならいいんだけど。午後包帯代えるから忘れないでね。」

「はーい。」

まだお昼までは時間がある、外では日が昇っている最中の時間。間延びした返事をして、なんとなくベッドの中で夢に沈む少女の頭を撫でた。綺麗な髪だから思わず触りたくなるんだよね。手触りは良くて、できればしばらくこうやって撫でていたい。

「あまり刺激しちゃダメよ。」

あと少しだけ、あと少しだけ触ってたいと思いながら少女の髪を手ですいていると、さすがにギンにたしなめられてしまって私はタジタジ手を引っ込める。こうやって怒られるくらいだから結構な時間少女に触れていたわけだけど、一向に目が覚める気配がしない。


...あれ、そういえば今日中に書かなきゃいけない資料があったはず。

ふと、野暮ではないけど野暮用を思い出してしまった。あーあ、怪我をしてても文字を書けなんて、なかなかひどいと思わない?

「用事あるからそろそろ行くね。報告書出さなきゃ怒られちゃう。」

「大変ねえ、でもどうせ書くところなんてそんなにないでしょ。さっさと終わらせちゃいな。

私もそろそろ仕事に戻らないといけないから途中まで見送るわ。」

ギンは今、この田舎街の病院の医者をやっている。昔といっても2年ほど前だけど、私と同じ街で活動していたギンは、医者が2人しかいなかったこの街で大歓迎されているらしい。街を出歩けばいろんな人に挨拶されるとかされないとか。少し、羨ましいよね。

...この子、まだまだきっと寝てるよね。早く起きて欲しい期待ともう少し眠りに包まれていてほしい、不穏でも穏やかでもない気持ちを残して私たちは部屋を出た。


その後、少女が目を覚ましたのは知る由もない。

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