戦闘開始
「ああああ! 最悪だねもう! おばちゃんの店でお腹一杯ご飯食べようと思ってたのに、なんで緊急依頼とか受けなくちゃならないかなぁ。騎士共めぶっ殺してやる。しかもしかも、帰ってきたら多分ギルドマスターからお仕置き食らうだろうしなぁ」
「ヒヒッ、ヴィヴィの言うおばちゃんの店って『月兎の餅つき亭』? あそこの団子汁美味しいよねェ」
「うるさいぞヴィヴィアン、ヴェナム。口を慎め、今回の依頼は俺の指示に従ってもらうからな」
「了解。民衆の眼前で脱げっていう命令も、ナニを銜えろって言う命令だって、なぁんだんて私は聞くから」
「お前は俺の事をなんだと思っているんだブリュンヒルデ」
「変態さん」
「殺されたいか?」
「変態……! ヒッヒッヒッ! 笑い死にしちゃうよ!」
腹を抱えて地面を転げまわるヴェナム。菓子パンを口一杯に詰め込みながらお腹空いたなどと妄言を吐くヴィヴィアン。頬を赤く染めくねくね動くブリュンヒルデ。
三者三様の馬鹿騒ぎをヴァイオレントに騎乗して見ていたグレイヴは、額に青筋を立てながらもう駄目かもしれないと半ば諦めの境地に立っていた。
「ちょっとグレイヴ君、そんな哀れみの表情でボクらを見ないでよ。流石に戦闘ではしっかりやるからさ」
「……はぁ。もういい。それより、ヴェナム。お前はどれだけ依頼を受けていない?」
ヴェナムは丁度ヴィヴィアンと同じ時期にS級に昇格した。ヴィヴィアンのように幼獣の世話を放棄した訳ではなく、しっかり勤めを果たしていたヴェナムは、当然依頼を暫くの間受けていない筈である。ヴェナムはふむ、と顎に手をあて、
「大体十日ぐらいかなァ」
「そうか。お前は戦闘勘が戻るまで無謀な特攻は控えろよ」
「それは勘が戻れば無謀な特攻をしろって遠まわしに言ってるのかな?」
「そうだ」
「ヒヒッ、中々面白いジョークだね! ……あれ、ジョークだよね? ねぇ何とか言ってよグレイヴ君!!」
ガタガタと震え出すヴェナムから視線を逸らし、未だに頬を膨らませているヴィヴィアンとくねくね動くブリュンヒルデへと向ける。
「ヴィヴィアン、お前は俺の後ろに乗れ。ブリュンヒルデ、お前はヴェナムに捕まれ」
「ええー、私がグレイヴの後ろに乗りたいな」
「駄目だ、グレイヴの後ろは私が乗る。ヴェナムの捕まるとか、落ち着いてお菓子が食べれないじゃないか!」
うー、と不満そうに唸るブリュンヒルデが強行手段に移る前に、ヴィヴィアンが大きく跳躍しグレイヴの後ろに収まった。渋々ヴェナムの方へと足を向けるブリュンヒルデは、未だに震えるヴェナムに蹴りをいれ、四本ある手の内、下の左右の手を握り締める。
「早く飛べ蟲」
「酷いなもう」
無風だというのにヴェナムのマントが怪しく蠢く。ぐにゃぐにゃと動いたマントは、四対の蟲の翅へと変貌した。黒と紫と言うそのままの色彩の翅を羽ばたかせヴェナムは飛んだ。ヴェナムの下両手を掴みぶら下がっているブリュンヒルデは、頬を膨らませもっきゅもっきゅと口に果物を詰める作業に忙しいヴィヴィアンを睨む。
「さあ、急ぐぞ」
言葉と共に、四人と一頭はペレ火山噴火口へと向かう。
◆ ◆ ◆
標高二千メートル、噴火口にソイツは居た。今だ腰から下は成形完成していないらしく、溶岩に浸かったままだ。だが腰から上、それだけで凡そ二〇メートル近い巨躯を誇っていた。真っ黒な火山岩で出来た身体の隙間を縫うように走る灼熱の溶岩。ギザギザの口から見える体内は赤一色、額から左右に突き出すように生えている角の先端から溶岩が垂れていた。
幾つもの棘を背負ったような身体のゴーレム。件の化け物を上空に浮かぶヴァイオレントの背から見下ろしていたグレイヴは、舌打ちと共に確信する。
(アレは新種だな。データベースに乗ってない、新たな『秘獣』。まぁそれも仕方がないか。そもそも溶岩の中に『秘結晶』が落ちたこと事態が初だろうからな)
上空のグレイヴたちに気付いていないのか、はたまた小さな存在を脅威と見なさず意図的に無視しているのか。それは不明だが、ゴーレムは事実グレイヴたちを意に介さず両手を地面に付き、ゆっくりと身体を持ち上げようとする。そんな簡単な動きに圧倒的な威圧感を受けたヴィヴィアンたちは、息を呑み動きを止めてしまう。じわじわと表情に浮かび上がる、恐怖の感情。
唯一平常時と変わらないグレイヴは、恐怖に飲まれそうなヴィヴィアンたちを見ていた。
このままでは戦えない、死ぬだけだ。そう即座に理解した彼は再び舌打ちをして、冷たい言葉を吐き捨てる。
「逃げたきゃ逃げろ。俺は止めん」
言葉が終わると同時だった。標高二千メートル、頂点に君臨する体躯二十メートルの化け物、さらにその上に停滞するヴァイオレントの背から、グレイヴは躊躇せずに飛び降りた。
「なっ!?」
驚きの声は誰の物だったか。背を向け落下するグレイヴには確かめようもない。銀に輝く鋭利な刃物を連想させる眼で巨大なゴーレムを射抜くグレイヴは、背負った鞘から白の刃を抜き放つ。
真っ白な紙に赤ペンで一本線を引くかのように、素早く無造作に白の刃に紅の線を引いた。
「《我ガ血ヲ吸イテ。古キ力ヲ目覚メサセヨ》」
血は染み渡り、白から紅へと変貌する刃。僅かな瞬間瞼を閉じたグレイヴは、開眼すると同時にビキビキと音が出るほどの力で大剣を握り締め、
「こっち見やがれ化け物」
声に反応して漸くグレイヴを視界に納めるゴーレム。
途端、一線。
「――《牙蛇血流・剣術》《紅月夜》」
垂直に落下し、擦れ違う瞬間刃を縦に振り抜いた。
【ゴ轟ゥガァァアアアアアア!】
ゴーレム系に痛覚はない。この咆哮は、怒りの咆哮。
地面へと両足を付けたグレイヴの背後で、轟音を立てゴーレムの右腕が落下した。
「へぇ……真っ二つにしてやるつもりだったんだがなぁ」
【ゴォォォォ――】
その場を飛び退き、一定の距離を取ったグレイヴは大剣を構える。切っ先を向けるのは灼熱のゴーレム。怒りの炎を燃やすゴーレムを見据え、一拍の緊張の瞬間。
地面を蹴り飛ばし駆け出す。瞬く間に最高速度へと到達したグレイヴは、噴火口を飛び越え再び擦れ違いざまに刃を振り抜く。
「《牙蛇血流・剣術・剛》《紅極夜》」
バゥッ! と衝撃波を撒き散らし振るわれる剛剣。ギュルリと回転し横薙ぎに振るわれた刃は、狙い通りゴーレムの横腹を切り裂いた。血のように灼熱の溶岩が噴出す。しかしグレイヴは下唇を噛みしめ苦い表情が顔に広がる。
どうやら狙い通りに言ったのはゴーレムもまた同じらしい。
(野郎、知性があるのか……? いや、これは知性や理性といったものより……本能か)
ゴーレム系に痛覚は存在しない。またその場の物で作られたゴーレムは、同じ材質の物を取り込むことで身体を再生できる。核である『秘結晶』を封じない限り半永久的に動き続ける不死身の化け物。だからこそ、高速で動くグレイヴの動きが一瞬停止する攻撃の瞬間を、自身のダメージはゼロ、その上で正確に狙い打つ事が可能。
【――ォォォォガァァァアアアアアアアアアアアア!!】
全開まで開かれた大口。奥で煮え立つ灼熱のマグマは不気味な鼓動を発している。グレイヴは現在空中。飛ぶ術を持たないグレイヴが溶岩の中心に存在するゴーレムに攻撃するには無防備な宙へと跳躍するしかなかったのだ。足を伸ばし早く早くと地面に付くのを念じる。
だが、グレイヴの足裏が足場を捉える前に、ソレは放たれた。
轟ッ!! と空気を焼き焦がし、虚空を貫き放たれる圧縮されたマグマの光線。
食らえば一溜まりもない。一瞬で骨まで消滅するのは目に見えている。グレイヴは体を捻り足を伸ばしながら、同時に大剣の柄から離した右の手の平を向かってくる光線へと向けた。
「《牙蛇血流・魔術・上級》《大蛇滅却砲》ッ!」
手の平が紅の光を宿し、血の大蛇が飛び出した。牙を剥き出しにして灼熱の光線に喰らいつく紅の大蛇。圧倒的な力の波動を感じさせる大蛇と、灼熱の光線が空中で衝突し拮抗したのは刹那の瞬間だけだった。
真正面からぶつかり合った光線と大蛇は、拮抗、そして一方が一方の技を貫いた。
貫かれたのは――――紅の大蛇。
「くそったれがッ」
僅かに目を見開いて思わず悪態を吐き捨てる。ゴーレムの危険性を理解しているつもりだった。だがグレイヴが想定した遥か上の威力を持つ灼熱の光線。対抗策として撃った自分の技があまりに呆気なく敗れ去るのを目にし、己の想定が余りに甘い事を知る。
死闘に置いて、これ以上無い致命的な隙。
ただでさえ空中という動きが制限された状態で、打てる手段は限りなく少ない。既に絶望的なまでに灼熱の光線の接近を許していた。
視界の全てが命を奪うために向かい来る光線に覆い尽くされる。
限界まで研ぎ澄まされた意識。強引に引き伸ばしたかのように緩やかに流れる時の中で、しかしグレイヴの目に絶望はない。
迫り来る灼熱にその身を貫かれる寸前で、彼の身体をまず初めに衝撃が襲った。
グレイヴの腰にロープのような細いものが巻きつき、強引に灼熱の光線の斜線上からずらす。
「ぐぅっ!」
ガクン、と恐ろしい速度で右後ろに引っ張られたグレイヴの口から肺の中の空気が勢い良く飛び出す。目の前の景色が歪む。あまりに唐突な事な不意打ち気味の救出に、一瞬意識が飛びかけるも、確かにグレイヴの命は助かった。
「ゲッホ……、良くやったヴァイオレント」
「キュルルルーッ!」
己の主を尻尾を操り救い出したヴァイオレントは、嬉しそうに高らかに鳴き声を上げた。
器用に尾を使い、空中でグレイヴを跨らせたヴァイオレントは、そのまま翼を広げゴーレムの攻撃が届かない場所へと飛び立つ。
当然それを見過ごすゴーレムではない。背を向け逃げるヴァイオレント目掛けて、再び灼熱の光線を放とうと口を開け直後に。
爆音と共に飛来する、下からの衝撃に顎を跳ね上げた。
「《金剛蟲流・拳術・連》《舞踏闘王》ッ!」
四つの腕にそれぞれ一切の穢れ無き白亜の外装の腕甲を嵌めたヴェナムが、スキル発動と共に力任せに拳を振るう。一撃一撃が鋼を粉砕する威力を秘めた拳が、際限なく、圧倒的な速度で放たれていく。不死に近い耐久性を持つゴーレムでさえも、その猛攻に上半身を後方に大きく仰け反らせた。
【ガッァぁああアア! ゴオォぉぉアアアアアアアア!】
目の前を自在に、恰も舞うように飛翔するヴェナムを捉えようと伸ばしたゴーレムの腕、人間で言う肘から先が唐突に圧倒的な切れ味で持って斬り飛ばされる。飛沫を上げて沈み行くゴーレムの腕を足場に漆黒のドレスをはためかせ跳躍し、片手で大鎌を振り切ったブリュンヒルデ。彼女はゴーレムに認識される前に、腕一つを奪ったスキルの名前を囁く。
「――《戦乙女流・鎌術》《大鎌狂い》」
反撃に移る前に、またしても痛撃を受けたゴーレムは怒号を上げる暇すら惜しいようで、口を力強く閉じきった。溶岩が膨れ上がり腕の切断面へと付着する。一分も経たないうちに再生するであろうが、それを待つという選択をゴーレムは取らない。取れば、さらに手痛い一撃を受けると敏感に感じ取ったためだ。
ビギビギビギビギイギギギギギッ!! と。
不吉な音がゴーレムの全身から鳴り響く。腕での大きく凪ぐ攻撃も無駄。一点を狙った集中光線も避けられるであろう。ならばそれ以外の、決して避ける事のできない攻撃を撃てば良い。
ゴーレムの選んだ攻撃法。それは、半径五〇メートルの空間をドーム状に破壊の力が蹂躙する、自爆に近い不可避の全方位爆撃。ゴーレムの体に皹が、亀裂が走る。奥に見える灼熱の溶岩は、圧縮され収束され解き放たれるのを今か今かと待ち望んでいる。
最早蟲の男にも、鎌の女にも自分の攻撃を止める、または防ぐ術はない。唯一止める事ができるであろう技量を持った剣の男は今から何をしようが間に合わない場所に居る。後は力を解き放つ、それだけで煩い羽虫を消し飛ばせる筈だ。
化け物は本能で笑う。
ただ、ゴーレムは知らなかった。
もう一人、自分の傍らに潜むように降り立った人物が居た事を。
「《湖乙女流・詠唱術・起》。我望ムハ水ノ刃。古ノ因果ヲ断チ切リ目覚メヨ」
水を強引に刃の形に押しとどめたような、歪でそれでいて素晴らしく幻想的な、一つの刃を構えるヴィヴィアン。彼女は挑戦的に獰猛な笑みを口元に浮かべ、
「喰うが良いさ。《湖乙女流・剣術・剛》《焔氷河》――ッ!」
大剣を胸の部分で上下に両断するかのように、大きく振り抜く。
水の刃は形を変え、放たれる氷の焔。二つの相反する属性を持つ一撃は、攻撃に気を取られ一瞬反応が遅れたゴーレムの胸を切り裂く。傷口から一直線に浸透する氷の焔が、内部で圧縮されたエネルギーとぶつかり相殺した。
血飛沫の変わりに溶岩が降り注ぐ。
そんな中、ゆるりとヴィヴィアンの隣にヴァイオレットを付けたグレイヴは、口元に笑みを浮かべる。
「なんだ、逃げなかったのか?」
「ふっふっふ、依頼を達成した後に食べるご飯が一番美味しいという事を私は理解しているからね! 反対に、仲間を見捨てた後に食べるご飯は残飯よりも酷いものさ。ちなみに私は実際に残飯を食べた事があるから」
「お前がどういった経緯で残飯を頬張る事になったのかはさて置き、さっさとあのデカブツを葬るとするか」
四人の戦士は化け物へと己の武器の切っ先を向ける。
突きつけた切っ先は決してぶれる事はない。