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怪物達は弔鐘を鳴らす  作者: わたくしです
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天からの望まぬ贈り物

 ここで『騎士』について少し説明しておこう。騎士が所属する騎士団はガンマが抱える戦闘部隊だと考えれば良い。ただ戦闘といっても『冒険者』が『秘獣』と戦うのに対し、『騎士団』が戦う相手は他の国の『騎士団』。つまり同じ人間である。一昔前までは大きな戦争が幾つも起こり、『騎士団』はその使命を全うするべく戦場を駆けたのだが、『秘獣』の脅威が大きくなった今では戦争などはまず起きない。


 故に現在は『騎士団』の存在意義が疑われているものの、ガンマの上層部はどうやら『騎士団』を自分達の身を守る為の切り札にしたいようで『騎士団』を解体する気配は無い。『秘獣』討伐は『冒険者』たち『ギルド』の仕事として『騎士団』は手を出さず、結果今の『騎士』は遠出する事もなく、専ら安全地帯での治安維持に勤しんでいる。


 命を掛けて『秘獣』と戦う『冒険者』たちが『騎士』を腰抜け呼ばわりし見下し始めたのは仕方がないことなのかもしれない。しかし『騎士』も治安維持に手を抜いている訳ではなく、街中で頼りになるのは『冒険者』ではなく『騎士』である。彼らにも誇りはあり、馬鹿にされてはいそうですかと言える訳がなかった。これはここ最近、一、二年の話ではない。何十年も前から続く根強い対立のためにこの関係が修復される事はなく、試みようとする者も最早居なかった。


 そんな状況で、ガンマで最も『騎士団』と仲の悪いギルドこそ怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)だ。理由は甚く簡単で、ギルドマスターが『騎士』嫌いで有名なのだ。

 ギルドマスターに大恩があるメンバーは、同調するように『騎士』を軽蔑し『騎士団』も怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)を敵対視している。


 それはともかく。

 暫く歩いた一行は、一つの建物の中へと入った。大きな三階建ての建物。鐘のような紋章が刻まれた看板を掲げているここが、グレイヴたち怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)のホームだ。

 一階は酷く静かで、見渡しても受付嬢含めて数人しかおらず、随分と数が少ないようだ。


 グレイヴは全員の顔を見渡し、


「それじゃ、俺はギルマスに挨拶に行って来るよ。お前らは成功報酬を貰って均等に分けとけ」

「いいんスか? オレら解体ぐらいしかやってないっスよ?」

「いいさ。ただ【カース・タランチュラ】の素材は全て貰うがな」

「当然っスよ」

「やたーっ! 気前が良いじゃないかグレイヴ。これでなんとか今月は凌げそうだよ!」

「おいそこの当然のように自分も分け前貰えると勘違いしてる馬鹿。しばかれたいか?」

「じょ、冗談だんだよグレイヴ」


 元気良く感謝の言葉と共に頭を下げるロアや回収班、救護班の面々と、対照的に項垂れ四肢を付くヴィヴィアンに背を向け、グレイヴは奥の階段のほうへ歩いて行く。


「あ、グレイヴさん! お帰りなさい」

「エマか。ただいま」


 途中、声を掛けてきたのは茶色の髪をボブカットにした少女。

 受付嬢の一人、エマ=リーンだ。

 エマはグレイヴを見て、顔色をぱぁと輝かせ、


「ちょうど良かった! ホントのホントにナイスタイミングですよグレイヴさん! ギルドマスターの部屋まで案内しますから付いて来て下さい!」

「? ああ、分かった」


 ギルドマスターに会いに行くつもりだったグレイヴは、面倒事か、と内心溜息を付きながら素早く頷いた。






 常日頃から飲めや歌えやのドンちゃん騒ぎが繰り広げられる二階の酒場では、しかし驚く事にメンバー達が真面目くさった表情で武器の手入れをしていたり、地図を広げて怒鳴りあったりとなにやら緊迫した空気を漂わせている。これはなにかあると確信したグレイヴは、嫌そうに顔を顰めつつエマの案内に従い三階のギルドマスターの下へと足を進めた。


 一つの部扉の前で止まったエマは、二度のノックの後口を開く。


「失礼しますギルドマスター。SS級グレイヴ=ディシースを連れて来ました」

「入りなさいエマ、グレイヴ」


 扉の向こう側から声が投げ掛けられるや否や、すぐさま扉を開け放ったエマはその遠慮のない動作に驚いて目を見開いているグレイヴを中へと引き摺りこんだ。まるで逃がさないとでも言うように、がっちりと腕を握り締めながら。


「随分と早い帰りで、グレイヴ。その様子では、今回も見つからなかったようですね」

「はい。見つけることは出来ませんでした」


 グレイヴは静かに頭を下げ、丁寧な口調で話す。

 グレイヴから前方に少し行った所、部屋の奥にある革椅子に深々と腰掛ける長髪の男性。その人こそがギルド『怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)』のマスター。彼の今の名はケイオス。今の、というのは一年になんどもコロコロと名前を変える事を趣味だといって憚らないからだ。本名は当然不明。


 そんな彼は、白銀に煌く長髪の下から覗く、金の双眸でグレイヴの姿をじっと見つめていた。ローブのような、着物のような、はたまたその中間のような奇妙な服装の彼は、組んだ手を組みなおし静かに口を開く。


「君が来てくれて助かった。本当の本当に」


 一旦口を閉じ、目を細めるケイオスにグレイヴは無言で話を促す。


「つい数時間前の事です。一つの隕石が『ペレ火山』噴火口に落下するのを確認しました。それだけなら良かったのですが、どうやら落下した隕石というのは……『秘結晶』のようです」

「な……っ! ば、馬鹿な! 『秘結晶』が、なんで空から降ってくるんですか!?」


 ケイオスの口から飛び出した驚きの内容に、グレイヴは大きく目を見開く。

 グレイヴがここまでの驚きを示したのは勿論理由がある。


 『秘結晶』は何故出現するのか、それは不明だ。故にその秘密を暴く事こそ人類の悲願とされている。そんな中、ある国が一つの説を発表をした。『秘結晶』の出現原因には魔力が関係していると述べたのだ。場に魔力が堪りすぎ魔力濃度が一定以上を記した時、魔力は結晶として姿を変え現れると発表した。


 事実、これまで『秘結晶』が出現したのは、戦争跡地、魔武器開発に失敗し大爆発を起こした工房、密室や地下室、洞窟など。確かに魔力が堪りやすい場所や魔力が多いに使用された場所。人類はその説が正しいとし、半世紀以上の間確信は無いものの信じてきた。だと言うのに、予想外の空からの来襲。空では当然魔力は堪らない。半世紀以上信じられてきた常識が、根本から覆された。


「驚くのも無理はない、全く持って前代未聞、異常事態。今まで信じてきた常識が崩れたのですから」

「――――」

「そこでガンマ上層部が、ガンマに居を構えるギルド全てに緊急依頼を発表しました。ガンマ全ての市民が逃亡を完了するまで、『ペレ火山』噴火口へ赴き、生まれるであろう『秘獣』を相手に時間を稼ぐ、または討伐。それが緊急依頼の内容です」

「……『騎士団』は」

「市民の避難及び護衛に付くと通達してきました。討伐には手を貸さないつもりらしいですね」

「くそったれが」


 思わず悪態を吐く。『ペレ火山』はけして低くないし近くはない。だというのにその噴火口に落ちていく隕石を肉眼で確認できた。それほど巨大な『秘結晶』の影響を受け生まれる『秘獣』は、恐らく準国家滅亡級(カース・タランチュラ)を大きく上回る。それこそ、もしかすると大陸崩壊級にすら届くかもしれない。


 それほどの化け物。まず相手にして生き残る事は不可能。緊急依頼を蹴ればガンマに留まる事は出来ないだろうし、さらに言えばガンマの同盟国にも入国する事すら出来なくなるだろう。ガンマ上層部はガンマ全てのギルドを自身の身を守るために捨石にしたのだ。


「ああ、全く腐ったれだねェ」


 その時、不意にケイオス、グレイヴ、エマの三人しか居なかった部屋の中に、四人目の声が響き渡った。左側の壁に取り付けられた、縦長の窓。その窓枠に腰掛ける異形の青年。一見同じ人のようだが、彼の腕は合計で四本ある。毒々しい黒と紫のチェック柄の燕尾服、同じ柄のシルクハットを弄りつつ先の尖った紫の革靴を履いた足を組みながら、黒の手袋を嵌めた左下の手に顎を乗せニヤニヤと口角を上げている。


 前髪の一房だけ真っ白で他全て黒髪の青年の名はヴェナム=インセクト。ヴィヴィアンと同じS級の彼は、背広やシルクハットと同じチェック柄のマントを風ではためかせながら、片眼鏡(モノクル)を通してグレイヴを見つめ、笑みを崩す事無く言葉を続けた。


「全く、最悪の事態さ」

「ヴェナム。どうでした?」

「ヒヒッ、最悪さ! 件の『秘獣』はゴーレム系だったよ。溶岩のね」

「それはまた、面倒な……」


 ヴェナムはグレイヴの一足先にケイオスから話を聞き、『ペレ火山』まで偵察しに飛んでいた。そのヴェナムの報告を受けたケイオスは言葉と共に首を振り、同じく報告を聞いたグレイヴもまた、表情をより一層顰める。


 なにも『秘結晶』の影響を受けるのは生物だけではない。非生物もまた、『秘結晶』の影響を受け『秘獣』と化す。非生物が『秘獣』となった場合、それは殆どの確率でゴーレム系に分類される。だがこのゴーレム系の『秘獣』はとんでもなく厄介だ。ゴーレム系を殺す手段はただ一つ、体内にあるであろう『秘結晶』を封印する事。


 非生物が『秘獣』になった場合、生きては居ない為にに身体にどれだけの攻撃を銜えようが意味がない。同時に『秘結晶』の破壊は不可能。よってゴーレム系は圧倒的な耐久力を誇る。それだけでも厄介だと言うのに、今回のゴーレムは溶岩。封印するには『秘結晶』に触れなければならない。つまり溶岩の中に手を突っ込まなければならないと言う事と同意。


「あー……、逃げていいですか?」

「ヒッヒッヒッヒッ! なーに言っちゃってんのさグレイヴ君、だーめに決まってるじゃん!」

「立場を弁えろヴェナム。お前は俺より下だぞ?」

「分かってるさそんな事。だーけーど、誰に対してもフレンドリーな態度で応じるのが僕なのさ!」

「はぁ……勝手にしろ」


 四つの腕を様々な方向に動かし調子よく笑うヴェナムから溜息を吐きつつ目を逸らし、グレイヴは覚悟を決めたように、


「分かりました。ですが、その依頼はA級以上の資格を持つ『冒険者』に限定しましょう。無駄に死者を出す事はない」

「ヒヒッ、さーんせーい」

「ええ、私も同じ意見です。ですがその条件にした場合……この緊急依頼に参加資格を持つ『冒険者』は貴方達二人だけになりますが――」

「ちょっと待て!」


 ケイオスの口から飛び出した驚きの最新情報に、グレイヴは敬語も忘れて突っ込みを入れる。


「待て、待ってください! ガンマにあるギルドは四つ、その中でA級以上の『冒険者』が居るのはうちを含めて三つでしたよね?」

「そうです。しかし、『竜の虎落笛(モウメント・フルート)』の『S級冒険者』はつい先日の依頼で重症を負いとても戦える状態ではないようです。他にも『天空を旅する者(スカイ・トラベラー)』がそろそろガンマに到着する予定でしたが、どうやら道中運転を誤り、【乱気龍タービュレンス・ドラゴン】の巣に突っ込んでしまったとかで間に合わないと」

「『奇怪な音楽団ストレンジ・ミュージックルーム』は!? あそこのアルコール依存症の奴はどうなんですかっ!? アイツは『SS』でしょうっ」

「ああ、あの貴方にちょくちょく絡んでくる赤髪の方ですね? 彼は三日前に【焔獄不死鳥(ヘル・フェニックス)】討伐にソロで向かったようで。慌てた『奇怪な音楽団ストレンジ・ミュージックルーム』のギルドマスターが援護として残った『S級冒険者』を向かわせたせいで、今は一人も残っていないようです」


 【ヘル・フェニックス】といえば【カース・タランチュラ】の一つ上の危険度、国家滅亡級の『秘獣』だ。そんなのにソロで向かうとは、それは慌てもするだろう。貴重なSS級冒険者を失わないために、動かせる最強戦力を向かわせるのも理解できる。だからこそ、グレイヴは心中で毒づくのだ。


(あんの飲んだくれがッ! タイミングが悪すぎる!)

「……話は分かりました。ただ、俺とヴェナムだけでなく、今ヴィヴィアンも帰還したのでアイツも依頼に参加させます」

「ヴィヴィアンですか……幼獣を置いて依頼へ向かったあの馬鹿娘。お仕置きしなくてはいけませんねぇ」

「おー怖っ! にしてもSS級一人に、新米S級二人かー。……ヒハッ、シンドイねェ」

「言うな、ヴェナム」


 はぁ、と嘆息したグレイヴ。今から死にに行くようなものだ。頭を抑え、逃げたいと口の中で呟く。そこへ、トントンと肩を叩く者が居た。


「私も行こうかな。安心した?」


 隠そうとしても隠し切れない喜びの声。それは今この場において、あまりに場違いな声色。ゾ……、と背筋を這い上がる悪寒に、顔を青くさせたグレイヴが振り返ると、そこには。


「ブリュンヒルデ……、何してんだよ」


 ツインテールにしても足首まである長い髪は、夜の闇に染めたような一切の曇りなき漆黒。十二歳程度の幼い外見の少女が身に纏っている衣服は、どこぞの貴族のお嬢様が着ている様な細部まで繊細な装飾の施された高そうなドレス。やはり装飾も全て黒一色のドレスの腰から下、スカート部分はまるで傘でも入れているかのように大きく膨らんでいる。とても戦闘に適した服装とは口が裂けても言えない。


 そんな彼女が背負っている武器もまた、戦闘には適していない得物。

 鎌。漆黒の大鎌こそが、少女の得物。漆黒の蔦が絡み合ったような柄は凡そ一メートル近くも有り、先端には薔薇のような装飾が施され、その花弁の中からカーブを描く黒き刃が飛び出している。鏡のように反射する磨き上げられた刃は、その圧倒的な切れ味を誇るように煌く。


 少女の名前はブリュンヒルデ。口元に僅かな笑みを携え囁くように言葉を紡ぐ彼女は、大食いと言う暗黒面を持つヴィヴィアンより遥かにギルド内での人気は高い。そんなお姫様のような外見をした少女のことが、グレイヴは苦手だった。


 理由はたった一つ。

 黒曜石のような双眸に下から見上げるように見つめられ、グレイヴはブリュンヒルデが苦手な理由を脳裏に思い浮かべながら口元を引くつかせる。


「ヒルデって呼んで。私も話し聞いてたの」

「だからってお前は駄目だ。お前まだB級だろ」

「今A級になった。凄いでしょ、褒めて」

「い、今?」

「うん、丁度昇格試験から帰って来たトコ」


 バッ! とグレイヴはまるで否定を求めるようにケイオスへと視線を向ける。ケイオスは微笑みながら首を横に振った。


「確かに、ブリュンヒルデはたった今を持ってA級葬儀者の資格を取りました。今回の依頼に参加する資格はあります」

「うぅ……」

「やったじゃん、これでボクらが生き残れる可能性上がったって訳っしょ? なーに嫌がってんのー?」

「べ、別に俺は……」

「ともかく、私も行くから。直ぐに準備済ませる。三十分後ガンマ西門に集合にしよう」

「けってーい。ヒッヒッヒッ、それじゃボクは幼獣(ベイビー)ちゃんにお別れを済ませてくるよ」


 ヴェナムの言葉を最後に、解散の空気になったのを敏感に感じ取ったグレイヴは、大きく息を吐き出す。ブリュンヒルデの事が嫌いな訳ではない。ただ苦手なのだ。


「ふふふふ、グレイヴと初めての合同依頼かぁ。楽しみだなぁ、ふふふ♪」


 この、ストーカーすら裸足で逃げ出すような、ドロドロの粘つくような女の執念と言う奴が。

 ぼそり、と呟かれたブリュンヒルデの言葉を耳にしていたグレイヴが溜息を吐くその背後で、


「厄介な女性に惚れられましたねぇ。気を付けて下さいねグレイヴ、あれは選択を間違えれば後ろから刺すタイプですよ」


 くすくすと、ケイオスは楽しそうに笑うのだ。

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