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怪物達は弔鐘を鳴らす  作者: わたくしです
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帰還

 ガタゴト、と音を立てて一行は進む。【カース・タランチュラ】の加工出来る部位全てを(ほぼ丸ごと)大きな木の板に車輪を取り付けただけの簡単な作りの――リアカーをそのまま大きくしただけのような物の上にロープで縛りつけ、それを騎獣を使って動かしていた。


 引っ張っている騎獣は全身がもっさりとした毛で覆われており、目すら見えない。唯一見えているのは頭部の恐らく耳があるであろう辺りから飛び出しぐるぐると渦巻いている二本の角だけだ。太い四本足で地面を踏みしめ歩む騎獣の名前はカーム。力が強く見た目に反して速度も中々ある。


 そんなカームに【カース・タランチュラ】を運ばせ、『死蟲洞窟』入り口にて待機していた回収班と救護班は周囲を警戒しながら徒歩で帰路を歩いている。では【カース・タランチュラ】を討伐したグレイヴは何処にいるかと言うと。


「グレイヴさん、オレも乗せてほしいっス」

「駄目だ。コイツは俺専用。なぁ、ヴァイオレント」

「キュルルルル~」


 うつ伏せで抱きつくように乗っていたグレイヴがぽふぽふと自身を運んでくれている騎獣の体を優しく叩くと、ヴァイオレントと呼ばれた騎獣は嬉しそうな鳴き声を上げた。グレイヴが乗っているのは真っ白な毛に覆われた二対の翼を持つ騎獣だ。主翼に比べ副翼は小さく、付け根に足を入れることで安定する。イタチに翼が生えたのような体をしたヴァイオレントは、グレイヴの言うように彼専用の騎獣だ。


「良いなぁ専用騎獣。オレも欲しいっス」

「S級になったらギルマスがくれる。頑張れよ。卵から育てなきゃならんのだが、その分稀少獣で頼りになる」

「うう、欲しいっス。頑張るっス。でもオレはまだB級だから道のりは長いっスよ」


 やる気に溢れたり項垂れたりと色々忙しく表情を変えているのは、グレイヴに良く懐いているB級冒険者、ロア=ウルフ。彼の民族の仕来りで、独り立ちする時に与えられる狼の顔の形をした帽子を被っている。両頬に走る青の線が特徴的な、背丈は一七〇センチほどで声からしてまだ一五歳程度だろう。背負った弓は立派なもので、楽しげに会話を続けながらも周囲の気配に気を配り、空気に溶け込む姿は熟練の狩人を連想させる。

 二人は何気ない会話を続けながら、舗装された道を進む。今一行が向かっているのは都市国家『ガンマ』。既にガンマの領土には入国している。程なくして、ガンマが肉眼で確認できるところまで来た。


 と、その途中。

 ガンマの街並みが確認できるようになったといっても、今だここらは農地が広がっているだけで人の気配は殆ど無いと言っていい。そんな道半ばになにやら人が倒れていた。


 どうも倒れているのは少女のようで、恐らく足首まで届くであろう真っ白な長い髪が体を覆い隠している。傍に落ちている二メートルに迫る、刀身が透き通る水晶で出来た大剣に手を伸ばしながら、顔面を地面に押し当てた状態でなにやら少女はブツブツ呟いていた。


「お腹すいたお腹すいたお腹すいた。まさかこんな後ちょっとの距離で倒れる事になるなんて思いもしなかったよ。冷静に分析した結果私がここで餓死する可能性は限りなく高いようだね。うん、もう良いや。私は最後の瞬間をご馳走に囲まれた夢を見ながら過ごすって決めてるんだぶつぶつ」


 近くまで来たグレイヴは無言で倒れた少女を見下ろす。

 面倒臭そうに、気だるげに彼は言った。


「ヴァイオレント、排除」

「キュルルーっ」

「ぐへぇ!」


 ヴァイオレントの長い尾が掬い上げるように少女の体を宙に放った。ぐるんぐるんと豪快に宙を縦に回転しながら舞った少女は、顔面から地面に落下。年頃の乙女が出してはいけない系の声を出して力なく地面に横たわった。


 欠伸と共に変わらず前進しようとしたぐれイヴは、背後の音が止まった事に振り向く。そこにはぽかんと突然の行動について行けず動きを止めたロアが居て。


「何してる。さっさと行くぞ」

「えと、グレイヴさん? ほっといていいんスか?」

「気にするな。俺は寝たい」

「で、でも。確かその人は……ヴィヴィアンさんスよね? S級の」


 ヴィヴィアン。苗字は不明。膝まである黒いブーツにぴっちりとした黒の防具を着ており、その上から真っ白なカーデガンのような、しかし見た目に反して防御力が異様に高い服を纏い、胸にワンポイントとして碧のブローチを付けた彼女。服装だけ見れば男の劣情を一身に集めそうなリリスだが、残念な事に完璧完全なお子様体型。メリハリの無いボディーラインに劣情を抱く男は残念ながらガンマには居ない。


 そんなヴィヴィアンだが、見た目に反して圧倒的な強者である。接近戦、遠距離戦共に苦手はなく、スキルと魔剣という二つの武器を操るヴィヴィアンは高レベルな次元で完成している。

 故にS級。ただ、まあ。体型のせいでお子様扱いされるのだが。


「その声は……グレイヴとロアかな? 助かった、私に食料を恵んで欲しいんだ。今の一撃はなかった事にするから、な? 早く私の口まで食べ物を運んでくれ。出来れば最高級ステーキが良いが、まぁ贅沢は言わないよ。竜のステーキ(最高峰)で勘弁してやる。さぁ、何をしているんだい? 早く、食べさせてくれ」

「行くぞロア」

「了解っス」

「あ、待ってくれ! どうやら怒らせてしまったようだね。謝る、謝るから! ごめんなさい残飯でも何でも良いから食べさてぇぇぇぇ!」


 どうやらプライドのようなものを捨てたようである。相変わらず顔面を地べたにくっ付けたまま、『食べ物を恵んでください』とそこらの物乞いよりも遥かに図々しく声を張り上げている。暫しその無様な姿を無表情に見つめていたグレイヴは、漸く何かを決めたような顔で。


「……ロア。ソイツの口に何か捻じ込んでやれ」

「はいっス」


 腰に付けていたポーチから一切れのパンを取り出したロアは、ヴィヴィアンの口元へと持って行く。


「どうぞ、パンっス」

「ありがとうありがとうありがとう……っ! うう、ぐすん。美味しいよぉ、ぐすんぐすん」

「ホントお前は……ギルマスに言われてるだろ。常に三人分の食料を持って依頼に行けってよ」


 呆れたような顔で言うグレイヴ。ヴィヴィアンが腹を空かせて道半ばで倒れ伏せたのは、何も今回が初めてでは無い。ヴィヴィアンが依頼を成功させ帰って来るであろう日程を予想し、ギルドマスターが食料を持たせたギルドメンバーをガンマに続く街道に派遣させるぐらいには、ヴィヴィアンは何度もこうして地べたに這い蹲って食料を強請っていた。


 それもこれもヴィヴィアンの異常なまでの食欲が原因。当の本人もその事は分かっているようで、ごろりと仰向けになりつつ、


「いやーそれが。今回は余裕を持って五人分持ってったんだけどね? つい、『これだけあるんだから少し多めに食べても構わないな』って思ってしまってね。気付いた時には全部食べてたんだよ。びっくりしたね」

「俺もビックリだよ、お前の馬鹿さ加減には」


 馬鹿馬鹿しいと嘆息するグレイヴは、背後で立ち止まり道端の草をもそもそ食べていたカームに口笛で『進め』という命令を下す。別に急ぎの用は無いので急かす様な真似はせず、のろのろと動き出すカームのペースに合わせてヴァイオレントはゆっくりと空を飛翔する。


 一先ず胃に食料を入れたことで体力が回復したのか、のっそりとゾンビを連想させる動きで立ち上がったヴィヴィアンは、大剣を拾い背の鞘に収めつつ、千鳥足でカームの傍まで接近。そのままバタン、と乗りかかった。カームは温厚な正確なため、特に嫌がる素振りを見せず、何事も無かった様に歩を進める。


 怒ったのはグレイヴだ。

 口元をひくひくさせながら。


「歩け屑が」

「暴言を吐くんじゃなーい。別に構わないじゃないか、カームは嫌がって無いんだし」

「そういう問題じゃねーよ。つーかお前この前S級になったよな? 専用騎獣はどうした」


 怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)において、ギルドマスターから専用騎獣を与えられるのは特例を除き、S級以上の資格を持つ『冒険者』のみである。つい一ヶ月ほど前、S級に昇格したヴィヴィアンも専用騎獣を与えられ、それはもう喜んで居たのだが。


 グレイヴは辺りを見渡す。専用騎獣は、影も形も見当たらなかった。というかそもそも、専用騎獣は幼獣から与えられるのだ。成長速度は速いものの、流石に一ヶ月そこらで外に連れ出せるようにはならない。

 ふと、最悪の想像が脳裏を掠める。


「お前まさか……食ったんじゃあるまいな?」

「ひぃ! なんて罰当たりなんスか!」

「待ちたまえ! 私は食べてなどいない! 私の専用騎獣はまだ幼獣で私が乗れるほど成長していないので、家にお留守番させてるだけだ!」

「ばっか、付きっ切りで一緒に居てやれ! ギルマスから専用騎獣が成獣になるまで、毎月小遣い貰えんだろ? それはつまり、幼獣の間は仕事を休んで専用騎獣の世話しろって言う事なんだよ! つーか説明受けた筈だろうが。これじゃ成獣になっても言う事気かねーぞ」

「うう、でもだな。今月のお小遣いは既に食費に消えてしまって……。仕方なくだな……」

「節約って言葉知ってるか?」

 

 カームの背で顔を手で隠し言い訳を続けるヴィヴィアンを、容赦なくグレイヴが追い詰めていく。次第に押されていくヴィヴィアンの声に、本気の涙声が混ざり始めたところで、ロアがこれ以上は見てられないと止めに入った。


「グレイヴさん、勘弁してやるっスよ。反省してるみたいっスし」

「ううう、反省しました。ずず、ぐずん」

「全く……」

「ちなみにヴァイオレントが成獣になるまでどれぐらい掛かったんスか?」

「半年だ。その間一切仕事は行かなかった。それが普通なんだ。まぁお陰で一ヶ月ほど勘を取り戻す為に簡単な依頼を受ける事になったな」

「へぇ。専用騎獣を手に入れたら、メリットだけじゃなくてデメリットも少なからずあるんスね」

「ああ、そうだな。だがデメリットと比べ物にならないほどメリットの方がデカイ」

「それは分かるっス」


 そんな話をしながら街道をゆっくりと進む。ロアが専用騎獣を手に入れてやるとさらに気合を入れた頃、一つの建物が見えてきた。ここはガンマの領地だが、人が暮らす城下町はもう少し先の壁に囲まれたその内部であり、壁の外であるここはもっぱら畜舎や果樹園、畑などが広がるだけだ。


 そんな中ぽつんと立つ、もくもくと煙を吐き出す大きな工房のような建物は、それはもうとても目立つ。建物は怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)の武具工房兼騎獣小屋。依頼受託や成功報酬を貰い受ける怪物達は弔鐘を鳴らす(ラスト・モンスターズ)本部はガンマ内に存在するが、討伐した『秘獣』の素材や騎獣をガンマ内に入れる事は危険だと判断され、こうしてガンマの外に立ててある。ただ例外はあり、専用騎獣の幼獣だけはガンマ内で育てる事を許可されていた。


 カームから器具を外し、ヴァイオレントと共に小屋へと入れる。その後【カース・タランチュラ】を、グレイヴ、ロア、ヴィヴィアン、他回収班救護班合計五名で抱え上げ、十五メートルの高さはありそうな巨大な工房の扉を潜った。


 工房内は熱気で溢れている。ここを使うのは身内だけなので、カウンターなど、売り買いする場所は存在しない。まるまる工房だ。忙しく動き回る職人たちは、入ってきたグレイヴたちに目も向けない。何時も通りだ。


「ジジィッ! これ頼む!」


 一言、工房最奥で作業を進めているであろう親方に声を掛け、入ってすぐ右に存在する素材置き場に【カース・タランチュラ】の素材を適当に積み上げる。そして素材置き場の少し手前にある縦長の台の上にポツンと乗っかってある手帳に、自身の名前と素材名を記入した。


 後は手が空いた時に親方からどんな武器を作って欲しいかと連絡が来るだろう。それを待てば良い。素材を売り払うという手もあるのだが、S級、SS級ともなると一度の依頼で一ヶ月暮らせる程度の収入が入る。贅沢をしないグレイヴは、既にそれこそ一生遊んで暮らせるほどの大金があるので、金は二の次だ。


 そんなこんなで、【カース・タランチュラ】という大荷物を運び終えた一行は、足取り軽く街道を進み、漸くガンマの生活区域へと辿り着いた。一行を待ち受けるのは民衆を守る高さ一〇メートルの壁と門。そして門兵の任に付く一人の青年。


「身分証明書を見せろ」


 軍服を着た青年が壮大な態度でグレイヴ一行に命令する。

 グレイヴは明らかに見下されている事に気付き、目を僅かに細めたが特に行動を起こす事無く黙ってギルドカードを差し出した。

 差し出されたギルドカードに目を通した青年は、舌打ちと共にこんな言葉を吐き捨てた。


「……ちっ、人外共か」


 瞬間、殺意が膨れ上がる。それを敏感に察知したのだろう、青年は僅かに重心を落とし、腰に下げているレイピアへと手を伸ばす。


「人外とは……言ってくれるな。税金で豪遊している豚の言葉はやはり違う」

「貴様……ッ! 私を、騎士を愚弄する気か……!」

「おいおい、お前の耳は節穴か? ――――その通りだ。一々聞き返すな馬鹿が」

「ッ!!」


 今にも抜刀し飛び掛からんと両足に力を込める軍服の青年。一触即発の空気の中、行動に移る前に慌ててロアがにらみ合っている青年とグレイヴの間に躍り出た。


「ちょっと待ってくださいっス! ここで殺し合い演じたってどちらも得は無いでしょう? オレたちはしっかりギルドカードを提示したんスし、入国許可を出して欲しいっス」

「……覚えていろ」


 ロアの言葉を聞き、いくらか冷静になったのか青年は姿勢を正し大門を開く。音を立て左右に開かれた大門を潜り抜けるグレイヴ一行。青年は殺気を込めた双眸で、じっと見えなくなるまで睨みつけていた。


 暫し無言で歩き続け、唐突にヴィヴィアンがわざとらしく声を出し嘆息した。


「はぁぁぁぁぁ、グレイヴもあんな挑発しなくても良いだろうに」

「向こうが先だ」

「全く、『化け物』という単語がタブーだという事は知ってるし、『怪物達は弔鐘を鳴らす(ウチ)』と『騎士ども(アイツラ)』との不仲は根強いのは分かるが、少しは大人になりたまえ」

「……ふ、そういうお前が一番殺気を出していたろう。俺が挑発し、アイツの注意を俺に向けさせなかったら、お前は斬りかかっていたという確信が俺にはあるが?」

「はて、なんの事やらさっぱりだね」


 にこやかに話すヴィヴィアンだが、残念ながら誤魔化しきれていない。

 表情の所々に殺意が見え隠れしている。ロアはそれに気付き、心の中で大きく安堵の溜息を漏らす。オレが間に入ったタイミングはばっちりだったのだと。それと同時に、少しだけ疑問が浮かび上がる。


 何故、彼はあんなにもピリピリしていたのだろうか?


 残念ながら答えは出るはずも無く、暫くしてロアは考える事を止めた。

 もし彼らが人通りの少ない道では無く、大通りを通っていたならば、異変に気付いたかもしれない。

 ある方角を指差し、声を上げる集団に。

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