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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短篇

命のある日

作者: 不知火 初子
掲載日:2016/04/04



 それは、運命の日だったんだと思う。


 まさしく決まる日。

 決まってしまう日。

 決められている日。


 そんな決まってしまった日に、決められない日を上書きした。



 ブォーーーン。

 ピッピー。

 パァーーーン。


 数多の車の音が雑多に響き渡る。


 ブルルルフンブルルウ。ブウーーン。


 バイクの音もそこに混ざって不協和音。


 チリチリン。チリリン。


 歩行者専用横断帯でスマホから顔を上げた、マナーの悪い自転車がベルを鳴らす先には、スマホの画面を見つめるマナーの悪い歩行者がいる。


 ああ、ぶつかる。……と思った瞬間、自転車が急停車し、その音でやっと歩行者も自転車に気付く。


 互いを見るその目は嫌悪だけだった。

 どちらも、自分が正義でお前が悪いと言っている様だった。


 僕は、それを遠目に見ていた。

 同じ道路上にいた訳では無く、その全体を見渡せる視界の広いビル内の飲食店の窓側に座り、そこから人の有り様を見下ろしていた。


 人間観察なんて趣味はないが、仕事柄の所為でどうしても人を観察してしまう。


 くだらないな。ため息を吐いて、僕は最後の一口を飲み干し、その店を後にした。


 優柔不断な僕は、その瞬間決めた。


《仕事を辞めよう》


 ーーーー僕は仕事人間だった為、たくさんの貯金があった。それでもやはり、消費物なので限りはあるのだが。


 とりあえず旅に出るか。女遊びも良いが、あれは金の消費が速いから止めておこう。


 行くなら何処にしようか。どうせなら喧騒とは縁のないところがいい。

 青森、北海道、岡山、熊本、いっそ沖縄でもいい。


 そうだ。

 駅に行って偶然目に入った目的地を目指そうか。


 今まで時間や場所に関係なく、呼ばれたら絶対行く。そんな仕事に縛られて生きてきたんだ。それぐらいの自由は赦されるだろう。


 僕はこの街に蔓延る喧騒を、耳を塞ぐ様な心持ちでイヤホンを耳に入れた。

 流れる音楽は、唯一好きになれたブラックな世界をPOPミュージック調に歌った曲。


 そして、ニヤける僕は煩いこの街を捨てたのだ。



 ーーーー駅に着いたら更に喧騒は増した。


 まあ、それもそうかと納得して、さっさと目的地を探そうと周りを見渡す。

 真っ先に目に入ったのは、関西に向かう為の新幹線が後20分程で到着するという電子掲示板の案内だった。


 ひと時だけ大阪の喧騒を味わってみるのも、興が変わって良いかも知れない。もしかすると、そちらの喧騒の方は好きになれるかも知れない。


 大阪の街は暖かく東京の街は冷たいと、転属してきた関西出身の同僚が良く口にしていたのを思い出す。


 僕はさっそく大阪行きの新幹線の乗車券を買って、ホームに向かった。



 ーーーー大阪は暑かった。さすが南方だ。


 暖かいとか冷たいと言うのは、人の比喩では無く気温のことだったのだろうかと錯覚してしまう程に、こちらは気温は高かった。

 勿論ちゃんと、人の比喩だと確認はしているが。


 新幹線の中で見た風景からは地表の移動という認識しか無かったが、やはりそこは関西と関東の違いがあった。

 だが抱いた感想はそれだけだった。


 こんな雰囲気なのか、と確認したところで、次はどうしようかと考える。

 一先ず駅近くのビル内にある飲食店で、人の流れでも見て考えるか。


 ーーーーちょうど行き交う人々を見渡せる席が空いていた。


 あそこの女の子は待ち合わせでもしているのか。そこの男の子は道に迷ったのか、スマホを片手に辺りを見回している。


 そばにいたご婦人が声を掛けようか迷っているようだ。青年くらいの歳の男がスマホを見つめていて、前を歩く親子連れにぶつかりそうだ。


 なんだ、ここでも大して変わらないのか。ああ、でもあの辺にいる子は、肌がきめ細やかで白いから東北の出身か。

 反対側に居るのは浅黒い肌に活発な雰囲気だから、もっと南方の出身なのだろう。


 肌の色や雰囲気から出身地を割り出して行く程には、この時間にも退屈してきたので店を出ることにした。


 ゴミを捨て終わり、さあ外に、というところで、小学生くらいの子が数人集まって、どこに遊びに行こうかと計画を練っている声が聞こえてきた。


 あれぐらいの歳の頃は独創性が豊かだから、もしかすると良いヒントを得られるかも知れない。

 僕はしばらく話を聞くことにする。


 何やら、何処そこに行くなら快速が良いとか、いやシンカイが良いとか、遊園地に行きたいとか言って話が纏まってないようだ。


 遊園地か。聞いたことはある。

 絶叫系や癒し系等の遊具が集合してる、総合遊楽園。


 少し遊んでいくのも良いな。


 僕は夢の国とかいうものは好きじゃないから行かなかったが、遊園地には一度足を運んでみたかった。


 良し。そうと決まれば早速、某有名な遊園地へと向かおう。



 ーーーーふう。まあまあ楽しかった。


 これといって好きになれた訳ではないが、あの雰囲気は好きだ。

 僕にも少し遊楽感覚が残っていたようだ。


 さあ、次はどこに行こうか。とりあえず、と僕はまた目についた地名に向かう《シンカイ》というモノに乗った。


 わあ、こりゃ凄い。新幹線には劣るが、駅を跳ばしスピードも飛ばしで、これは速い。


 だから、これでもし……万が一にも事故なんてものが起これば、そりゃあ大惨事になるだろうね。


 なんてふと過る考えに、自分の元いた仕事現場を思い出す。

 あの時も確か電車の走行中の事故で、負傷者が多数居た。


 そして、少数でも死者が出てしまった。その日初めて僕は、死んでいく命を看取った。そして、その日から、僕には命の基準が見えなくなった。



 ーーーーそういえば、その日もこんな晴天日和見だったと思う。


 確かあの時、事故を起こした運転手は太陽が眩しくて目を瞑った、たまたまカーブの前だった。

 なんて供述したってニュースでやってたな。


 場所は違えど、こっちの空も十分に眩しかろう。



 ーーーーガタンガタタタタタダダダダダッゴトッ。


 大き過ぎる音に意識が返る。何かを思案する暇も無く、僕が乗っていた1編成まるごとひっくり返った。


 視界が回る。脳みそが揺れ錯乱しているのが分かり、吐き気がした。

 周りの人を見やる余裕なんて、ある筈もなく。


 ただ回る車両に吊られ、僕も遅れて車内を回る。これは異常事態だ、としか認識出来ず、そこで意識が途切れた。



 ーーーー数多の人々が泣き叫ぶ声で、僕は意識が戻った。一先ず自分の身体の状態を診る。大丈夫だ。


 膝から下は機材が乗っているので骨折はしているようだが、大した怪我では無さそうだ。


 他に小さな切り傷やすり傷があるくらいだし、頭も表面が切れているだけの様だから、応急処置だけでどうにかなりそうだった。


 そうと分かれば次は周りに目を向けた。


 酷い有様だ。

 泣き叫んでるのは、この周辺だけじゃないのだろう。本当にあちらこちらから聞こえる。


 大人も子供も叫んでいる。子の名を呼ぶ声、親の名を呼ぶ声。他にも痛くて泣き叫んでる者もいる。


 大した怪我もしてない人は皆して自分の親や身内と連絡を取っているし、おそらく腕を骨折してるだろうサラリーマンは反対側の手で携帯を持ち、ひたすら頭を下げている様子だ。


 本当にくだらない。

 いま自分のすぐそばにもがき苦しんでいる命があって、今なら間に合うかも知れない命があるのに。

 みんなして自分のことばかり。


 連絡を取る暇があるなら、緊急車両でも呼んでみせろ。それが通じたのか、救急隊員を乗せたヘリのプロペラ音が聞こえてくる。

 僕が意識を失ってる間に、連絡がついていたのか。


 さあ、僕も動こう。もう辞めたとはいえ、仮にも僕は医療機関で働いていたのだから。


 とりあえず、足の上の機材を退ける。火事場の馬鹿力が働いたのか、案外容易く退けることが出来た。


 この足では動ける範囲は広くないが、出来ることはあるはずだ。一先ず外に出る。その時何か聞こえてきた。


 この周りではない、車両の中からだ。それは救助を求める声。

 こんな状況だから当たり前なのだが、何せ外に放り出された人が大怪我をしているくらいだ。


 今にも崩れてしまいそうな程に破損した車体の中に居るのだから、大怪我どころではないかも知れない。


 その辺にある衝撃で細くなった機材を副え木代わりに、骨折した足に縛り付ける。痛みさえ我慢すれば、だいぶ動けるだろう。


 僕は早速、車体の中へ入れそうなところを探した。


 ーーーー中はやはりというべきか、酷い状態だった。


 見たくもない光景ばかり広がっている。

 座席に挟まれ胴体が潰れて死んでいる人や、破損し飛んできた窓ガラスが体を貫いていて死んでいる人もいる。


 僕は目を瞑り悲しさを一旦見ないふりして、声がしたであろう場所を目指した。

 足を進めていくと、微かに声が聞こえた気がした。


 足を止め、良く聞き取れるよう耳を澄ます。小さな声だが、しっかりとした意志を感じられる。

 まだちゃんと生きているんだろう。


 早く向かわないと……。気持ちは焦りそうになるが、崩れた機材が縦横無尽に入り乱れていて1メートル進むのもやっとだ。


 それでも何とか中を進むことが出来、声の主含め瓦礫に埋もれて動けない人に向け、普段の声のトーンで呼びかける。


 あまりにも大きな声を出すと、その振動でどうにか形を保っている瓦礫が崩れかねないからだ。

 僕の声に反応したのか、助けを求める声が身近で挙がった。


 どうやら、この周辺では彼女1人のようだ。彼女もまた、機材が重く体にのし掛かっていた。


 この足では力が入り切らないが、腕の力だけで浮かせていき、体を支点に少し休むという過程を繰り返していたので、思ったより時間が掛かってしまった。


 体は自由になったが、動けるような状態では無さそうだ。身体中からの出血も酷かった。


 僕だけでは運び出せそうにないと思い、少し先にあるヒビの入った窓ガラスを割って、外に呼びかけようとした。ツッと体が突っ張る。


 足下を見れば、彼女に足を掴まれていた。何だろうと思い彼女に視線を移せば、その目にはもう生命力が無かった。


「私は……良い、から……、男の…子を、助けて…あげて……」


 肺も危ういのか掠れた声で、彼女は少し進んだ先の一点を指差し言う。


 そこに見えるのは瓦礫の山だ。あそこに本当に人が居るとすれば、助かる確率は大いに低いが。


 一先ず彼女を連れ出すため抱えようとすれば、手を振り払われ、さっきの瓦礫の山を指差すばかり。


 こうなれば言われた通りにしないと、言うことを聞いてくれなさそうだな。


 彼女は一旦置いておいて、僕は瓦礫の山に挑んだ。

 さっきと同様に、腕で持ち上げては体で支え少し休むことを繰り返し、少しずつだがやっと山を崩す事が出来た。


 すると中で埋もれていたのは、まだ小学生くらいの男の子だ。


 どうしよう……。


 彼も早く処置しなければ、という危ない状態にあった。だが先程の彼女もご高齢な為に、体力があまり無い。


 あのままでは命は保たないだろう。

 しかし、この男の子も小さい身に瓦礫の山を受けたので、体の外どころか中までボロボロの筈。



 ーーーー先述したあの日、僕の中で命の基準が無くなり、数多くの命の中からどういった命を優先すべきかを決められなくなった現象。それは今も変わっていないのだーーーー。


 どうすれば良い。人を呼んでも、こちらへの到着まで時間がかかる。


 さっき窓枠から人を呼ぼうとした時、見えたのは3車両先で僕の意識が戻った場所だ。


 1車両だいたい30人くらい。それが5車両で1編成になってる。僕が居たのは2車両目で、ここは最後車両。


 比較的酷い前方は大混乱中だった。待ってる暇はない。僕がどうにかしなければ。しかし、でも。どちらから処置すれば。


「私は後で良いから、男の子をお願い!」

「僕は大丈夫だから、おばあちゃんを先に!」


 どちらも相手を助けたいと言う。僕は2人とも助けたいと思う。ダメだ。選べない。


 ーーーー僕が病院に就職して2年が経過したある日のこと。ある2種類の患者の親族が言っていた。


 子どもが亡くなった親族は「まだ若かったのに。これからなのに」と。


 もう一方のご老人が亡くなった親族は、「十分生きたのでしょうね。もう休んでいいのよ」と。


 それを耳にした僕は不思議に思って考えた。



【若すぎる芽の死に対しては、人は哀しみを示す】


【古い芽の死に対しては、人は安らぎを願う】


【どちらも同じ"命"なのに】



 ーーーー僕は今、2つの命を握っている。


 片方には若い芽を、もう片方には古い芽を。


 僕はどちらにも同じ重さを感じているのに、どちらかしか選べない。

 どちらを選ぶのが正解なんだ。


 時間は刻一刻と迫ってきている。2つの命の期限が近付いている。

 僕は冷や汗が体中を伝うのを感じた。息も少しだが荒くなっていく。だんだん視界が暗くなり始める。混乱している場合ではないのに……。


 でも、どうするのが正解なのか。命はみな平等な筈なのに。決められない責任で、更に息があがる。


 喉を締め付けられる感覚から、視界が白く濁り始めていたーーーー。




一昨日くらいに衝動的に思い付き、衝動的に書き進めていました。たまにこういう、脈略のない話を書きます。(誰か頭を叩いて下さい←)

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