91. 顔合わせをしましょう。(前)
翌朝、改めて挨拶をした後学校を出て教会に向かう。
「ああ、そういえば」
適当な雑談をしていて、これから会う人為さんに善一やロティアがあまり良い印象を抱いていないっぽいのを思い出した。
「ハルカから見て人為さんはどんな人なんだ?」
「そりゃあ当然最高の王子様よ!」
俺たち全員を真っ直ぐ見つめてそう断言するハルカの目は輝いていて、その不思議な魅力につい吸い込まれそうに――
「ちょっとあんたたち聞いてんの!?」
「え?」
あれ? 俺いつの間にぼーっとしてたんだ?
周りを見れば小夜とヴラーデは俺と同じく戸惑っていて、ロティアは変わらず疑わしそう、ヨルトスはいつも通りのポーカーフェイスだ。
「まあエルフであるあたしの美貌に見とれちゃうのも無理はないけど――」
「いや、それはない」
「ひどっ!?」
俺だってこの世界に来てもう一年経った。今更この世界の美人率に驚くことなんてない。
「で、王子様がなんだって?」
「そこから!? ……王子様は半分冗談だけど、あたしからすれば二次元にしかいなさそうなイケメンね」
「え? どういうこと?」
「え~と……作り話とか物語みたいに良い人ってこと」
ヴラーデに『二次元』が通じるわけもなく困ったように言い直すハルカ。
ていうか半分本気で王子様だと思ってるのかよ。
「猫被ってるだけじゃないの?」
「むっ。結構一緒にいて、時には陰から覗いたりもしたけど、一人の時ですら全然そんな様子はなかったわ」
ハルカの話を聞いても一切態度を変えないロティアが口を出せば、ハルカが不満そうに返す。
「もし万が一……いえ億が一、兆が一そんなことがあったとしたら、流石にボロが出るわよ」
「へぇ~」
「何言っても全然信じないじゃないあんた!」
「はいはいそこまで」
そろそろ喧嘩になりそうなので止めることにする。
陰から覗いてる件にツッコむタイミングを失ってしまった。
「何? ヨータはその娘の肩を持つの?」
「少しくらいちゃんと聞いてやれって言ってるんだ」
「同じじゃない。色眼鏡で見た話なんて聞くに値しないわ」
「はぁっ!? 喧嘩売ってんなら買うわよ!!」
「ちょっ、落ち着け!」
杖を取り出したハルカの体と口を押さえる。
「む~~!!」
「ジタバタすんな! ロティアもどうした? ちょっと変だぞお前」
「……変なのはあなたたちよ」
「は?」
小さく呟くロティアの姿に驚くと、ロティアが慌てて口を両手で隠す。
「なんでもないわ。それより良いの? ハルカちゃん苦しそうよ?」
「え? ……あ! すまん!」
息ができなかったせいか、ハルカは目を回して気絶してしまっていた。
「あれ……なんだろ、既視感が……」
小夜さんその節は大変失礼致しました。
「妄信もほどほどにしないと、いつか痛い目見るわよ?」
「ふん、そんなこと言って後であの人に惚れたって分けてあげないんだから!」
「要らないわよあんなの」
「何をぉっ!?」
すぐにハルカは目を覚ましたが、結局ロティアとのいがみ合いは止まらなかった。
もう手を出す気がなさそうなのが救いだが、止めるのは完全に諦めたので話題を変えることにする。
「そういえばさ、ハルカのユニークスキルってどんなのなんだ?」
「あ~ユニークスキルね……あたしにはないってさ」
「え?」
ハルカが俺たちから目を逸らし、遠いところを見つめて答えた。
でも、確か先代勇者である正志さんは全員持ってるって言ってたような……
「人為様と一緒に確認したけど、魔導具に何の反応もなかったのよ。後でニルルさんに聞いたら初めてだって言われたわ」
そんなこともあるのか……
「可哀想に……」
「口に出てるわよ。まあ、あたしは気にしてないわ。それに初めてってことは逆に凄いことじゃない?」
「え?」
「漫画のヒロインみたいに、あたしにも実は秘められた力とかあったりして、人為様がピンチな時に覚醒するのとか期待できない!?」
「……それは流石に夢見過ぎだろ」
「う……」
自覚ありかよ。なかったらないでやばいけど。
「……そーよ悔しいわよなんか文句あんの?」
「何も言ってねえだろうが。ほら、教会着くぞ」
「う~……」
正直俺からすれば何種類も魔法が使えるのが羨ましいくらいなんだよな。【空間魔法】も貰い物だし。
「たっだいま~!」
「おや、おかえり……おっと」
入ってすぐのところで律儀に待ってくれていたらしい人為さんにハルカが抱き付く。
「ちゃんと連れてきてくれたんですね。ありがとうございます、ハルカ」
「ふへ~」
頭を優しく撫でられてとろけている図は子供扱いされているようにしか見えないが……本人が幸せそうだからいっか。
「陽太君、小夜さん、お久し振りです」
「「お久し振りです」」
「そちらの方々は初めましてですね。不破人為と申します」
「ヴラーデです」
「……ヨルトスだ」
「……ロティアよ」
軽い挨拶を交わす俺たちだが、案の定ロティアが不機嫌である。
「え~と、どうかしましたか?」
初対面の人に嫌なオーラを当てられては勇者もそう尋ねるしかなかったようだ。
「それがちょっと聞いてよ! あいつ人為様のこと悪く言うのよ!?」
するといつの間にか復活したハルカが文句を言い始めた。
「あたしがどれだけ説明しても『猫被ってるだけ』とか言って信じてくれないし! ホント頭に来るわ!」
「そう、ですか……」
その言葉に何を思ったか、人為さんは微笑んでロティアを見つめる。
当然ロティアのイライラゲージが上がるんだが、八つ当たりとかがこっちに来かねないのでやめていただきたい。
「……何?」
「いえ、失礼しました」
「ね!? 感じ悪いでしょあいつ!」
「ハルカは一度落ち着きましょうか」
「……はい」
軽く注意されただけなのに長い耳を垂れ下げて落ち込んでいるあたり、ハルカは相当人為さんに惚れ込んでいるようだ。
「ハルカも分かると思いますが、この世界の人全てが同じ考えを持つわけではありません。必ず一定数は異なる考えの人が出てきます」
ハルカの頭を撫でながら、人為さんが優しく諭す。
「そういう人に対して僕たちがすべきことは、受け入れることです。異なるから排するのではなく、何故異なるのかを理解し、自らの新たな糧とするのです」
一理あるとは思うが、簡単にそうできないのが人間だよな。
「それに、少しは反対してくれる人がいないと……僕のいうことばかり聞く集団では、僕の間違いを正せる人がいなくなってしまいますからね。いざという時、それでは困るでしょう?」
「はい……」
「仲直りしろとまでは言いませんが、無用な争いは控えましょう? これから一緒に旅をするのですから」
「はい……」
繰り返し頷くしかできないハルカが可哀想に思えてきたが、こうなった一因でもあるので特に口は挟まない。
「ロティアさんも、ハルカが失礼しました」
「ふん、良い人ぶっちゃって……いつかその化けの皮を剥がしてやるわ」
「……これは手厳しい」
「おい、ロティア!」
折角丸く収まりそうだったのに何でこいつはまた……!
「そのようなものはないのですがね……」
「悪人は皆そう言うのよ」
暴論だ。そりゃ誤魔化すことはあるだろうが、冤罪の人だって普通言うだろ。
「ロティア、言い過ぎだ。人為さんが気に入らないのは分かったから、口を開けば悪口が出てくるのはやめてくれ」
「……そうね。多少煽るくらいじゃ本性を現さないみたいだし、ハルカちゃんの様子から周りをいくら焚きつけても恐らく無駄でしょうから、言葉で攻めるのはやめることにするわ」
「……はぁ」
どうしてそういう言い方するかな。
「良い? 私たちは常にあなたを疑っているわ。何時如何なる時も見張られていると思いなさい」
「肝に銘じておきましょう」
「って堂々とストーカー宣言するのやめろ」
あと『たち』ってなんだ。俺たちもストーカーの仲間入りしてたりしねえだろうな。
「さて、他の仲間を紹介しないといけないのですが、まだ到着されてないようですので少々お待ちください。ニルル」
「はい」
……待て、今どこからニルルさん出てきた。気が付いたらそこにいたぞ。
「この度は招集に応じていただきありがとうございます。私は聖女を務めておりますニルルと申します。魔王封印の旅にも同行致しますので、何卒よろしくお願い致します」
丁寧な挨拶に初対面の三人が自己紹介を返すと、ニルルさんの案内で別室に通された。
「私の勘じゃあいつは絶対信用できないはずなのに……なかなか確証が得られないわね。ニルルちゃんは本当に良い人っぽかったけど」
「まだ言うか……」
普段ならこういう時のロティアの言うことは信じるに値するんだが、今回ばかりは相手が勇者ということもあって流石に無理だ。
「何度も言うが、俺からすれば良い人にしか見えん。ハルカを助けたという実例もあるし」
「私も、同意見です」
「そうね、それが嘘だとは信じたくないわね」
「何よ、三人揃って。洗脳でもされた?」
「……何が何でも悪者に仕立てようとしてないか?」
洗脳されようものなら俺のユニークスキル【繋がる魂】で状態を確認できるからすぐに分かる。
今思えば以前ヴラーデたちが操られたと勘違いした時にちゃんと確認していなかったのは我ながらバカだったが、それ以来はこまめに確認しているからな。
更にキュエレがスマホに入ってからは、俺が確認を怠ってもちゃんと見張ってくれているので安心だ。
「問題ない、俺たち五人全員正常だ」
「……そういえば分かるんだったわね。チッ」
とうとう舌打ちしやがったこいつ。
「ついでに契約しちゃいなさいよ」
「それは全員揃ってからな。どうせ実力とか見せ合うだろうし」
あと、俺が日本人であることを勇者の仲間が知っているかどうかは定かではないが、一緒に旅をする以上隠せるものでもなさそうなので予め明かそうと思っている。
それよりも、さっき俺たちの状態を確認するついでに一つ気付いたことがあるのだが……
「でも、どんな人が、来るんでしょうか? ……正直、私は、『三人目』にさえ、ならなければ、なんでも、いいのですが」
「あ~確かに……」
これからやってくる勇者の仲間について、小夜とヴラーデがこちらをチラチラ見ながらそう話している。
前にも出たが『三人目』ってなんだ。
俺が気付いたことを話す機会を逃してしまったが……別にしなきゃいけない話でもないし、その内分かることだからいいか。
「前はどういう人がこの旅に行ったんだっけ?」
「色々なパターンがあるな。冒険者オンリーの時もあれば兵士や騎士から募る時もあるし、王族が紛れる時もある。流石に次期王様とかはないっぽいが」
「……詳しいのね」
「質問しといて驚くなよ」
ルナのことを調べるうえで勇者パーティは必須だと思ったからな。詳細は既に忘却の彼方に行こうとしてるが。
「まあ実際に会うまで見当は付かないってことだな」
「どうしたの? 自分は分かってるって顔してるわよ?」
うぐっ。例によってロティアが鋭い。
「ああ、それなら――」
隠すことでもないのに取り繕ったように話そうとした瞬間……
ドオオオオオオォォォォォォォン……
教会を丸ごと震わせる轟音が響き渡った。
……あの人、また何かやりやがったな?
次回予告
?「何故マスターが転んだだけでこのような音が出るのでしょうか?」
?「なんでだろうね……ってそんなこと考えてる場合じゃない!」
?「了解です。マスターを起こしましょう」
?「え? いやちょっと待って! 君は――」




